第43話 何も覚えてなくてよかった!
【朗報】茜の青春時代、大切なものまで一緒に戻ってきました。中瀬には何も戻ってきませんでした。
――制服、思い出のキーホルダー、そしてお気に入りの鉛筆削り。青春との再会に大喜びする茜。一方、中瀬に必要だったものは何ひとつ戻ってこなかった。本人いわく、それでいいらしい。――
茜が中瀬を追い回す騒ぎは、終わった。
でも。
茜の恨みは、終わっていなかった。
パンをかじりながら、中瀬をにらむ。
紫色のオーラ。
根に持っている顔。
一方、中瀬は。
靴が、ありえないほどきついことに困っていた。
今の心配事は、それだった。
つむぎは、もう食卓を離れ、初めての登校に必要なものを全部準備していた。
洗面所の前の、小さな廊下へ現れる。
「じゃーーーん!!」
ポーズ。
制服を見せる。
一回転。
鞄も見せる。
「準備ばっちり!」
楽しそうで、自信たっぷりだった。
「やあああ!! すっごく似合う、つむぎちゃん!!」
制服姿のつむぎを見て、茜の機嫌は完全に変わった。
紫色のオーラ、消滅。
「ヨチ! 私たちも着替えよう!」
「ヨチ……」
中瀬も、二人の喜びに混ざろうとして繰り返した。
本当は。
思春期の生徒たちを想像するだけで、この計画を立てたことを後悔していた。
自分で。
立てた計画を。
ともかく。
中瀬は煙草を取り、火をつけた。
着替えるために、書斎へ向かう。
女の子たちは、寝室へ。
茜は制服を着た。
リボンを結ぶ。
スカートを整える。
完成。
「やあああ!!」
鏡の前で、嬉しそうにくるっと回った。
「制服だけで十歳若く見えるって、すごい!」
「十歳若くなってるんだよ」
つむぎが目を細めた。
当たり前だからこそ、言わなければならないことを言うように。
「服のおかげ」
茜も目を細めた。
理屈の方を説得して、考えを変えさせようとしながら。
「とにかく! 次はメイク――」
「化粧は禁止です」
別の部屋から、中瀬の声。
落ち着いていて。
自動的で。
先生そのものだった。
茜は、彼がいる方の壁を見た。
「つまんない」
「つまんない」
つむぎも繰り返した。
書斎では、中瀬が小さな鏡の前に立っていた。
「……」
何も言わない。
ただ、いろいろな角度から自分を見る。
――こんな姿で学校に行くとは、思っていなかったな。
もう一度見る。
――こんなに……普通の姿で。
深呼吸した。
扉へ向かう。
――悪くない。
開けた。
「やあああああ!!」
何より先に、茜の悲鳴が届いた。
中瀬が、驚いて目を見開く。
つむぎが、急いで寝室の扉を開けた。
「これ、見て!」
中瀬は、どう反応していいか分からなかった。
悲鳴。
そして、その悲鳴が来た部屋への招待。
「……やれやれ」
考えるのをやめた。
つむぎについて、中へ入る。
そして、見た。
「見て、これ!!」
茜は、中瀬のベッドに広がったものを見ていた。
全部、彼女の通学鞄から出てきたもの。
「当時の私の文房具!!」
「……」
中瀬は、無表情で眺めていた。
「どうしてこうなったのか、分からない……」
つむぎは、本気で仕組みを考えていた。
「やあああ!! お気に入りの鉛筆削り!!」
茜は、あれこれ探りながら、全部を思い出していた。
お気に入りの鉛筆削りを手に取る。
「鉛筆削りに、お気に入りなんてありますか?」
中瀬が、この話から理解できたのは、それだけだった。
つむぎは、顎に手を当てて考え続ける。
茜はその隣で、学校へ持っていっていた、さまざまなものの大切さを説明していた。
「このチャーム、覚えてる!! 初めて東京の中心部に行ったときに買ったの!!」
チャームを、胸へ抱く。
「ああ、二〇一七年だったなあ……やああ、懐かしい!!」
嬉しすぎて、チャームを持ったまま体を揺らしていた。
「……」
中瀬は、その姿を見て少し引いていた。
突然、つむぎが声を上げた。
「分かったかも!」
「……!?」
「つまりね。この……」
ベッドに散らばったものを見る。
適切な言葉を探す。
「……いろいろなものを出したのは、茜さんの記憶じゃないと思う」
「ひとまとめにしないで」
茜は、傷ついた。
「とにかく。過去の茜さんを取り出したから、そのとき無意識に持っていたものも、この『スキン』と一緒に来たのかもしれない。当時の茜さんの一部だったから」
「……」
「ばかばかしいですね」
中瀬。
「すごい!」
茜。
「でも、中瀬くんには起きなかったのが不思議……」
「そこは気にしなくていいですよ。当時のものに、無意識に必要としているものはありませんから」
「……」
「……」
静寂。
「……今の、冷たかった」
茜が言った。
つむぎは、凍えたような仕草をした。
中瀬は普通に鞄を取り、リビングへ向かった。
茜は、また傷ついた。
あとを追う。
「昔のものを無意識に必要としてる私が、子供っぽいって言いたいの!?」
「そう言ったのは、あなたです」
中瀬は、落ち着いて答えた。
煙草を始末し、車の鍵を取る。
「ちょっとぉぉ!!」
茜が、怒って追いかける。
つむぎも、ついていった。
自分の鞄を背負って。
茜が置き忘れた鞄も、持って。
そうして、三人は出発した。
初めての登校へ。
人生で初めて。
そして。
何年かぶりの。
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