第40話 お茶とチョコレート!
【悲報】茜、18,460円払っただけで人生について考え始める。
――深呼吸して、甘いものを食べて、友達の働きすぎに驚いて、最後はチョコまみれ。なお本人は「お茶とチョコですべて解決する」と信じています。――
ピッ。
レジから。
会計終了の音。
「合計、18,460円になります」
紬。
無傷だった。
完全に。
この金額を払う苦しみから。
なぜなら。
お金の価値。
よく分かっていない。
そして。
そもそも。
お金を持っていない。
一方。
茜。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
死んだ。
精神的に。
「か、か、か、カードで……お、お、お願いします……」
「かしこまりました!」
店員さん。
端末を差し出す。
ピッ!
「お支払い完了しました。お買い上げありがとうございます」
ぺこり。
店員さん。
きれいなお辞儀。
茜も。
大量の袋を抱えながら。
ぺこり。
「い、行こう……紬ちゃん……」
声。
弱い。
財布。
もっと弱い。
ようやく。
車に到着。
紬。
先に乗る。
茜。
荷台に大量の買い物袋を積む。
その間。
紬。
ぶらぶら。
足を揺らして待つ。
でも。
暇になった。
だから。
後ろの小窓。
開けた。
座席の上に膝立ち。
そして。
にょきっ。
頭だけ。
荷台側へ。
「茜さーん!」
「んー?」
「次、どこ行くんですかー!?」
元気。
とても。
茜。
袋を置きながら。
止まる。
そして。
深呼吸。
「つ、次はね……」
すぅぅぅ。
「一回深呼吸して……」
はぁぁぁ。
「全部うまくいくって信じる……」
自分に言っていた。
完全に。
18,460円。
買った量を考えれば。
別におかしくない。
むしろ。
妥当。
でも。
それと。
心が受け入れられるかは。
別問題だった。
かなり。
紬。
真剣に頷く。
「よーち……」
そして。
すぅぅぅ。
「吸って……」
はぁぁぁ。
「吐いて……」
茜。
運転席に乗る。
そして。
同じことをする。
「吸って……吐いて……」
「吸って……」
「吐いて……」
二人。
無言。
ただ。
呼吸。
二分間。
長かった。
かなり。
そして。
茜。
突然。
「よーち!!」
復活。
「甘いもの食べに行こう!!」
「!!」
「甘いものは!!」
拳。
ぎゅっ。
「すべての問題を解決します!!!」
「本当ですか!?」
「本当です!!」
茜。
紬を指差す。
「覚えておきなさい、紬ちゃん!!」
「はい!!」
「人生で困ったら――」
「困ったら!?」
「お茶とチョコレートです!!!!」
「よぉぉぉぉち!!」
「行くぞぉぉぉぉ!!」
紬。
正直。
お茶とチョコレート。
なぜ。
その組み合わせなのか。
よく分からなかった。
でも。
茜が楽しそう。
なら。
自分も楽しい。
それで十分だった。
到着。
駐車。
下車。
茜。
紬の手を握る。
そして。
るん。
るん。
鼻歌まで歌っている。
時々。
ぴょんっ。
小さく跳ねる。
紬。
隣から。
じーっ。
見ていた。
そして。
心の中。
『お茶とチョコ食べるだけなのに……』
『茜さん、すっごく嬉しそう……』
ふふっ。
こっそり笑った。
そして。
店の扉。
開けた瞬間。
二人。
止まった。
「……!」
目の前。
お菓子。
お菓子。
お菓子。
右も。
左も。
奥まで。
全部。
お菓子。
形。
いろいろ。
色。
いろいろ。
種類。
多すぎる。
紬。
小さい。
だから。
よく見えない。
「んん……」
背伸び。
まだ見えない。
茜。
気付く。
「紬ちゃん!」
「はい?」
ひょいっ。
「わっ!」
そのまま。
肩の上。
「見て見て、紬ちゃん!!」
紬。
視界。
一気に開けた。
目。
きらきら。
「すごい……!!」
少し間。
「どれでもいいんですか!?」
茜。
にこっ。
大きく頷いた。
「もちろん!」
「!!」
そして。
紬を下ろす。
「よーち!」
「まず座って、メニュー見ながら決めよう!」
「はい!!」
茜。
外を見る。
テラス席。
「あっ!」
「紬ちゃん、外と中、どっちがいい?」
「んー……」
紬。
少し考える。
「外!」
「よーち! じゃあ外!」
外の席。
花。
小さな飾り。
かわいいもの。
いっぱい。
テーブルの上には。
黄色。
青色。
ストライプのパラソル。
二人が選んだのは。
黄色。
紬。
椅子に座る。
周りを見る。
そして。
ぽつり。
「……魔法みたい」
茜。
嬉しそうに笑う。
「でしょー?」
「おとぎ話みたいだよね!」
「……あ、違います」
「ん?」
紬。
普通の顔。
「本当に魔法です」
「……?」
茜には。
見えていない。
でも。
紬には。
見えていた。
花の間。
テーブルの下。
道の向こう。
いろんなものが。
歩いている。
遊んでいる。
自分たちの世界で。
楽しそうに。
人には見えない。
不思議な存在たち。
そして。
その中に。
見覚えのある姿。
紬。
目を輝かせる。
「あっ!!」
親友。
ナメクジ。
名前。
ナメクジ。
本当に。
それだけ。
十センチくらいの。
文字通り。
ナメクジ。
背中。
濃い緑。
お腹。
少し薄い緑。
頭には。
黄色とオレンジの。
やたら高い帽子。
そして。
妙に目立つ。
大きな目。
ナメクジ。
紬を見る。
「よっ、紬ちゃん」
「ナメクジさーん!!」
紬。
ぱぁぁっ。
「久しぶりです!! どこにいたんですか!?」
「その辺」
「その辺?」
「その辺」
適当だった。
ものすごく。
「でも、楽しそうだな」
「はい!!」
紬。
胸を張る。
「私、学校に行くんです!」
「学校?」
「がっこう!!」
ものすごく嬉しそう。
ナメクジ。
嫌な予感。
「……その言葉、面倒事の匂いがするな」
「でも助けてくれるでしょ?」
「……試すなよ」
「試します!」
「試すな」
「たぶん何か壊します!」
「宣言するな」
「その時は助けてください!」
「た、助けないぞ」
「本当に?」
「本当だ」
「ふーん……」
「……何だ、その顔」
「別に~」
「……」
ナメクジ。
嫌な予感。
さらに強くなった。
「と、とにかく!」
「俺は忙しいんだ。もう行く」
「忙しいんですね!」
「ああ」
「何してるんですか?」
「……」
「……」
「忙しいんだ」
「なるほど!」
何も分かっていなかった。
「じゃあ、またな」
「はーい! またね、ナメクジさん!!」
そして。
ナメクジ。
去っていった。
一方。
現実世界。
「……」
「……」
茜。
メニューを読むふり。
しながら。
紬を。
じぃぃぃぃぃぃぃっ。
見ていた。
紬。
虚空。
見つめている。
口。
ぽかーん。
そして。
よだれ。
たらー。
時間。
結構経っていた。
茜。
『……大丈夫?』
とは。
まだ聞かなかった。
少し。
怖かったので。
そして。
突然。
紬。
戻ってきた。
ぱちっ。
ぱちぱち。
瞬き。
よだれ。
ふきふき。
そして。
「こんにちは、茜さん」
「……こんにちは」
少し間。
茜。
「精神的な問題とか起きてない?」
「たぶん大丈夫です」
「よかった……」
胸を撫で下ろす。
「もう手遅れかと思った」
「なんで誰も私を助けようとしてくれないんですかぁぁぁぁ!?」
「アハハハハハハハ!!」
茜。
爆笑。
止まらない。
そして。
目の前にずっと置いてあったメニューを。
紬へ渡した。
その時。
「ばぁっ!」
「……」
茜。
処理。
一秒。
そして。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガタン!!
椅子から。
落ちかけた。
振り返る。
そこには。
エプロン姿の。
雨宮。
「し、し、し、詩織ちゃぁぁぁん!?」
「こんにちは、茜ちゃん」
にこっ。
ひらひら。
小さく手を振る。
「紬ちゃんも、こんにちは」
「こんにちは!」
「それで」
雨宮。
何事もなかったように。
「ご注文、決まりました?」
「……」
茜。
固まる。
「な、なんで普通に進めようとしてるの!?」
「ん?」
「まず!!」
びしっ。
「なんでここにいるの!?」
「働いてるから」
「いつから!?」
「三日前から」
「ホテルで働いてなかった!?」
「今も働いてるよ。週末だけ」
「あの市場は!?」
「日曜日だけ」
「保育園は!?」
「午前のシフト」
「……」
「……」
茜。
震える。
そして。
「働きすぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「そうかな?」
「そうだよ!!」
「必要だから」
「なんで!?」
「一人暮らしなのに――」
茜。
止まる。
目。
見開く。
「……誰かと住んでる!?」
「住んでないよ」
「彼氏!?」
「いないよ」
「結婚したのに私に言ってないとか!?」
「してないよ」
「じゃあ何でぇぇぇぇ!?」
「茜ちゃん」
雨宮。
にこにこ。
「私、大丈夫だよ」
「働くの好きだし、人と話すのも好きだから」
「……」
茜。
理解不能。
顔に。
全部出ていた。
心の中。
『何、この生き物……』
少し考える。
『……人間?』
失礼だった。
かなり。
「趣味みたいなものだよ!」
「あぁ……」
分からない。
全然。
その時。
紬。
びしっ。
茜を指差した。
「茜さんは働くの嫌いです」
「つ、紬ちゃん!?」
「はっきり言わないで!」
「詩織ちゃんに社会不適合者だと思われるでしょ!?」
雨宮。
口を開く。
「でも茜ちゃん――」
「言わなくていいぃぃぃぃぃ!!」
雨宮。
くすくす。
笑った。
茜。
顔。
赤い。
「ご、ごめん詩織ちゃん!」
「注文する!!」
「ふふっ。大丈夫。今日は二人のお客さんだからね」
「ゆっくりでいいよ」
「よ、よーち!」
茜。
メニューへ。
「紬ちゃん、決まった?」
「はい」
「何にする?」
「プリン」
「プリン?」
「はい」
紬。
ちょっと嬉しそう。
「名前が面白いから」
「プリン……」
「ふふっ」
「……」
茜。
考えないことにした。
「じゃあプリン一つ」
「はい!」
「それから私は――」
メニュー。
じっ。
「チョコたっぷりのチョコレートケーキ!」
「はい」
「あとダークチョコのカップケーキ!」
「はい」
「それから……」
雨宮。
まだある。
知っていた。
「チョコレートバーある!?」
「あるよ。オリジナルで作れる」
「最高!! それも!!」
「はい」
雨宮。
メモ。
「以上で――」
「あっ!!」
やっぱり。
「お茶!!」
「お茶もお願いします!!」
「何にする?」
茜。
メニューを見る。
そして。
「ベリーティー!!」
目。
きらきら。
「あぁぁぁ、これ大好きぃぃぃぃ!!」
「美味しいよね」
「ね!!」
雨宮。
注文を確認。
「じゃあ、少し待っててね」
「ありがとう!」
「ありがとうございまーす!」
雨宮。
店内へ戻る。
その瞬間。
紬。
「茜さん」
小声。
「ん?」
ちょいちょい。
手招き。
「?」
茜。
顔を近づける。
紬。
さらに小声。
「詩織さん、大丈夫ですか?」
「え?」
「だって」
真顔。
「昨日、誘拐されましたよね」
「……」
茜。
停止。
昨日。
誘拐。
詩織。
「……」
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思い出した。
「つ、紬ちゃん!!」
「そ、そ、そうだったぁぁぁ!!」
ばっ!!
茜。
ものすごい勢いで振り返る。
店内。
詩織。
普通に働いている。
笑っている。
元気そう。
茜。
「だ、大丈夫……そうだよね?」
紬。
肩をすくめる。
知らない。
当然だった。
しばらくして。
甘いもの。
到着。
紬。
プリン。
一口。
ゆっくり。
もぐ。
「……」
味。
食感。
甘さ。
全部。
一口ずつ。
真剣に。
味わっていた。
一方。
茜。
「ん~~~~!!」
チョコ。
口の横。
ほっぺ。
ちょっと鼻。
完全に。
チョコまみれ。
紬。
じーっ。
「茜さん」
「ん?」
「すごい顔です」
「大丈夫!」
「もう味知ってるから!」
「ゆっくり味わわなくてもいいの!」
謎理論。
でも。
本人。
その言葉通り。
食べる。
食べる。
食べる。
その日の午後。
二人は。
ずっと。
そこにいた。
黄色いストライプの。
パラソルの下。
お茶。
チョコレート。
そして。
今日から。
プリンも追加。
紬。
足を。
ぶらぶら。
幸せそうに。
揺らしていた。
急ぐ理由なんて。
どこにもなかった。
だから。
午後は。
ゆっくり。
ゆっくり。
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