第3話 説明書は付いていません
【緊急】マニュアルなしで子育て開始!?一週間しか生きていない少女が想像以上に規格外でした。
― 望月茜と中瀬駿介、政府から託された"最重要任務"が開始!!
ようやく姿を現した"特別な子ども"。
……のはずが。
人形になる。
一週間しか生きていないのに普通にしゃべる。
初対面で茜の顔に飛びつく。
さらには――
髪の色まで感情で変わる!?
完全に予想外。
完全に説明不足。
「マニュアルはありますよね?」
その当然すぎる質問に返ってきた答えは――
「ありません。」
終わった。
これは育児なのか。
それとも、誰も説明できない"超常現象"との共同生活なのか。
茜と中瀬の前途、多難すぎる新生活がついに始まる!!
「遅いですね」
二分が過ぎていた。
茜は腕を組み、膝を落ち着きなく揺らしていた。
頼んでもいない罰を受けている人のように。
「こ、この子は少し難しいところがありまして」
大臣は、話している以上のことを知っている人の笑顔を浮かべた。
「もう来るはずです」
「すみません、大臣」
茜は少し身を乗り出した。
目には、本人も完全には意図していない悲劇的な輝きがあった。
「でも、どうして……私なんですか?」
大臣が口を開いた。
叫び声が、空気を切り裂いた。
廊下のどこかからだった。
高い声。
痛みではなく、楽しさから出る種類の叫び声だった。
大臣がまばたきをした。
「その……」
ジャケットを整えた。
「正確に申し上げますと、望月さんをお呼びしたのは……手違いでした」
茜の世界が、真っ二つに割れた。
衝撃が足から上がってきた。
膝を通り、胸に届き、最後に顔へ到達した。
自分の存在そのものが間違いだったと告げられたような顔になった。
隣では、中瀬がその間を利用して、小さく笑った。
控えめに。
抑えて。
でも、本当に笑った。
茜は、さらに腹が立った。
「申し訳――」
「ちょっと待ってください、大臣」
茜の声が変わった。
中瀬が目を向けた。
――ああ。何か始まる。
「つまり、政府は」
茜は、煉瓦を一つずつ積むように、ゆっくりと言葉を並べた。
「使い捨てにできる一般市民を二人、脅して呼び出して、この子の世話をさせようとしたんですよね」
大臣が息を吸った。
「待ってください。私、そもそもここに来るはずじゃなかったんですか!?」
「望月さん。第一候補ではなかった、ということです」
大臣が変化に気づいたときには、遅かった。
茜は怒っていなかった。
悲しんでいた。
肩が落ちた。
目が床へ向いた。
「第二候補」と言われた人間の、独特の空気が部屋を満たした。
中瀬は観察した。
判断した。
そして、言った。
「やはり、こちらも子どもでしたね」
「ちょっと、あなた――!」
茜は即座に怒りへ戻った。
大臣は深呼吸した。
この会議がこうなることを、最初から知っていた人の疲れがあった。
背後の壁が、二度たたかれた。
茜がまばたきをした。
――……そこ、ドアだったの?
「失礼します、大臣」
何かを抱えた男性が入ってきた。
茜は見た。
眉を寄せた。
もう一度見た。
「人形!?」
中瀬まで顔を上げた。
「ああ、それなら最高です!」
茜のお尻が、椅子から半センチ浮いた。
「完璧! おむつも替えなくていい! ご飯も作らなくていい! 何も教えなくていい! もう一生、お年寄りのおむつを替えなくて済む!」
誰も、間に合わなかった。
止めることができなかった。
「あ……もしかして、泣く人形ですか?」
本気で心配になった。
首をかしげた。
目を細めた。
怪しい商品を検品するように、「人形」を近くから観察した。
人形が、小さく笑った。
「あっ!」
茜は驚いて、普通の人間にはない種類のポーズを取った。
「こ、この人形、電池が入ってるんですか!?」
――大丈夫。
心の中では、もう落ち着き始めていた。
――いざとなったら、電池を抜けばいい。へへへ。
大臣は深呼吸した。
中瀬はメモを取っていた。
「望月さん」
大臣は、修行僧のような忍耐で言った。
「人形ではありません」
茜の眉が、ゆっくり上がった。
大臣の目を、まっすぐ見た。
「……人形じゃない?」
「この子の能力の一つです。皆さんをからかって遊んでいるだけですよ」
「人形」が、もう一度笑った。
小さく。
満足そうに。
――初対面の望月さんに、笑った……。
大臣は茜を見た。
茜は、それが本当なのかを見極めることに、全神経を集中させていた。
大臣は、思わず考えた。
――……呼んだのは、間違いではなかったのかもしれない。
「さあ、自己紹介をしてごらん」
優しく言った。
女の子は、人形の姿のまま何かしようとした。
「本当の姿で」
大臣が、念を押した。
人形が姿を変えた。
「うわああ!」
茜は、本気で衝撃を受けていた。
中瀬は見た。
処理した。
そして、言った。
「ふむ。なるほど」
入ってきた男性の腕の中には、本物の赤ちゃんがいた。
小さくて、丸くて、目を閉じていた。
生後一週間という話は、見ていると信じられなかった。
体の発達は、少なくとも三か月の赤ちゃんのようだった。
「生まれて一週間ですが……」
大臣が言った。
「この子は、もう少し話せます」
「あ、ああ! あはは……」
茜の笑い方は、おかしかった。
適切な反応をするだけの心の余裕が、もう残っていない人の笑いだった。
長い沈黙が、部屋に降りた。
中瀬は、しばらく赤ちゃんを見ていた。
それから、尋ねた。
「抱いてもいいですか?」
大臣は驚いた。
茜は、はるかに驚いた。
「も、もちろんです、中瀬さん」
中瀬は、丁寧に女の子を受け取った。
女の子は目を閉じたまま、穏やかな顔をしていた。
世界はとても静かな場所で、自分はたまたま通りかかっただけだというように。
大臣は、何かを隠した笑顔でその光景を見た。
――さて……今度は何をするのかな?
「ばあっ!」
女の子が、一気に目を開けた。
大きく、輝く、桃色の目。
完全に、いたずらっ子の目だった。
笑った。
そして、跳んだ。
茜に向かって。
「こんにちは、きれいなお姉さん! お名前は!?」
茜の顔に着地した。
落ちないように髪をつかみ、毎週やっていることのような自然さで、小さな体のバランスを取った。
「何これ――中瀬くん、取って!」
女の子は笑っていた。
心からの、深くて、かわいらしい笑いだった。
ただ全部が面白くてたまらないだけの、子どもの笑いだった。
「ひ、引っ張れません」
中瀬は立ち止まっていた。
腕を少し広げて、その状況を見ていた。
何をしても悪化しそうだと気づいた人の顔だった。
「取って、中瀬くん!」
「引っ張ると、この子の髪を傷めるか――」
「引っ張られてるのは、私の髪です!」
女の子は、楽しそうに笑い続けた。
自分が引き起こしている崩壊には、まったく気づいていなかった。
それから、少しずつ静かになった。
髪が変わり始めた。
緑色だった髪。
とても緑色だった髪。
ほとんど光って見えるくらい、緑色だった髪が。
茶色に。
自然で、柔らかな色に。
女の子は茜の肩に座り、小さな足を軽く揺らしていた。
茜は、顔にかかった自分の髪の隙間から、何とか前を見ようとしていた。
大臣が小さく笑った。
「知っておいていただきたいことが、いくつかあります。この子の髪の色は、考えていることや、これからしようとしていることによって変わります」
中瀬は手帳を見た。
書くのをやめた。
ポケットにしまった。
女の子を見た。
メモは諦めた。
「例えば」
大臣が続けた。
「緑色は……興奮している、ということです」
「興奮」
茜が繰り返した。
ほんの数秒で完成した、敗北した母親の顔だった。
「悪魔が取り憑いてるように見えますけど」
今度は、大臣も本当に笑った。
「慣れますよ。きっと」
すでに、背を向けかけていた。
「お待ちください」
中瀬が呼び止めた。
「説明書は?」
茜は激しくうなずいた。
何か書類を。
手引きを。
小冊子を。
この人間への対処法が書かれたものなら、何でも。
たぶん、人間。
いや。
人間じゃない。
目で、その存在を懇願していた。
「あはは!」
大臣が笑った。
この状況には、まったく似合わない明るさだった。
「説明書はありません」
背を向けた。
「では、若いお二人、さようなら!」
ドアが閉まった。
部屋は静かになった。
三人。
そのうち一人は、もう一人の肩に座っていた。
茶色い髪で、世界の主のような顔をして。
すると、何かが中瀬の手に乗った。
カードだった。
見た。
裏返した。
いつもの無表情で、最初の数行を読んだ。
いくつかのルール。
手書きで、気軽に書きつけてあった。
植物の世話の仕方みたいに。
茜は首を伸ばした。
中瀬の肩越しに、読もうとした。
「何て書いてあるんですか?」
中瀬は、すぐには答えなかった。
茜の肩の上の女の子も、興味津々で身を乗り出した。
カードをのぞき込んだ。
何が書いてあるか、すでに全部知っているように。
知っているのかもしれなかった。
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それでは、また次のお話で!♡




