第14話 助手席はつむぎ専用です
【最新ニュース】老人ホームの入居者たちがピックアップトラックで夏の冒険に出発!?
―健康保険証と蚊帳を携え、危険な冒険が始まる!!―
老人ホームの駐車場。
茜は今にも壊れそうな古いピックアップトラックを運転してきた。
出発前に―
茜は全員に健康保険証を配る。
その理由は?
「万が一、死体が見つかった時のために」
そして―
高齢者たちはピックアップトラックの荷台にぎゅうぎゅう詰めにされ、地図が読めないつむぎは助手席に座らされる!
これは夏の旅行なのか?
それとも、老人ホーム全員参加のサバイバル遠征なのか!?
信じられない一日が始まろうとしている!!
駐車場。
老人ホームの横。
つむぎ。
ぴたっ。
止まる。
目の前。
車。
いっぱい。
赤。
白。
青。
黒。
一台ずつ。
全部違う。
「……」
じーっ。
初めてだった。
こんなにたくさんの車を見るのは。
知っている世界の中に、
また知らない世界があった。
そんな顔。
完全に見入っていた。
「どうして老人ホームの駐車場なんですか?」
中瀬。
佐伯を支えたまま聞く。
「車を取りに!」
茜。
即答。
「家に置いてあるんじゃ?」
「……」
少しだけ。
沈黙。
中瀬。
待つ。
なんとなく。
嫌な予感はしていた。
でも。
本人の口から聞きたかった。
「マンションの駐車場代、高いから。」
「うん。」
「老人ホームに置いてる!」
「……」
ものすごく。
堂々としていた。
「よぉぉぉし!」
茜。
びしっ。
「みんなここで待ってて!」
「取ってくるね!!」
ぱたぱたぱたっ。
走る。
元気いっぱい。
世界の問題を全部解決した人みたいな背中だった。
五分後。
つむぎ。
じっと立っている。
夏の日差し。
容赦なし。
老人たち。
慣れていた。
待つことにも。
時間にも。
佐伯。
今日も静か。
存在していた。
「もちすき。」
「ん?」
「まだ?」
「うーん……」
茜を待っていた。
その時。
ぶるるるる……
音。
駐車場の奥。
エンジン。
古い。
かなり古い。
今も動いていること自体が、
奇跡みたいな音だった。
角を曲がってきた。
小さな軽トラック。
運転席。
茜。
窓を開けて。
肘を乗せて。
ものすごく得意そう。
「いゃっほぉぉぉぉーーーっ!!」
理由はない。
たぶん。
楽しいから。
中瀬。
軽トラックを見る。
茜を見る。
また軽トラックを見る。
「……」
何も言えなかった。
「すごい!!」
つむぎ。
目。
きらきら。
髪。
先に反応。
本人より先に。
「かっこいい!!」
世界で一番すごい乗り物を見つけた。
そんな顔だった。
「いゃっほぉぉぉぉーーーっ!!」
茜。
もう一回。
「……」
高橋。
小声。
「茜ちゃん。」
「なんで独楽みたいになってるの?」
宮本。
首を傾げる。
「さっきまで落ち込んでなかった?」
「もちすき!」
つむぎ。
胸を張る。
「騒ぐの大好き!」
ものすごく。
誇らしそうだった。
「……」
中瀬。
やっぱり。
何も言えなかった。
「あぁ。」
田中。
軽トラックを見る。
懐かしそうに。
「この軽トラ。」
「久しぶりだなぁ。」
「元気だったかぁ。」
まるで。
昔からの友達に会ったみたいだった。
中瀬。
軽トラック。
茜。
老人たち。
佐伯。
順番に見る。
「……」
「八百屋さんの車みたいですね。」
ぽつり。
佐伯。
こくっ。
小さく頷く。
少しだけ。
心配そうだった。
茜。
ガコン。
バックする。
「よぉぉぉし!」
「乗って乗ってー!」
老人たち。
慣れた動き。
荷物。
杖。
リュック。
ロープ。
網。
どんどん運ぶ。
その時。
「ストーーーップ!!」
茜。
勢いよく降りる。
両手。
ぴしっ。
制止。
全員。
ぴたり。
止まる。
高橋。
ストックを持ったまま。
藤原。
ロープを握ったまま。
田中。
スイカの袋を抱えたまま。
つむぎ。
旗。
ぴんっ。
掲げたまま。
静止。
茜。
軽トラの後ろへ。
ごそごそ。
ごそごそ。
小さな収納箱。
もう車の一部みたいになっていた。
何か探す。
みんな。
待つ。
静かに。
「よぉぉぉし!」
戻ってきた。
両腕いっぱい。
何か持っている。
「はい!」
高橋へ。
保険証。
「はい!」
宮本へ。
保険証。
「はい!」
田中へ。
保険証。
「はい!」
藤原へ。
「はい!」
佐伯へ。
一人ずつ。
真面目な顔で。
配る。
ものすごく真剣。
藤原。
首を傾げる。
「茜ちゃん?」
「これ何?」
茜。
真顔。
「もし途中で何かあって。」
「遺体が見つかった時のため。」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
高橋。
全力で叫ぶ。
「縁起でもない!!」
「まだ終わってないよ!」
茜。
びしっ。
チューブを突き出す。
「高橋さん!」
「日焼け止め!!」
高橋。
じーっ。
チューブを見る。
数秒。
「やだぁぁぁ!!」
「塗ってください!」
「塗らない!」
「塗ります!」
「塗らないもん!」
「焼けますよ!」
「私は色黒だから平気!」
「真っ白です!!」
「白くない!」
「白いです!!」
「顔にそんなの塗りたくない!」
「ほとんど肌色です!!」
「塗ってくださーーーい!!」
住宅街。
今日も平和だった。
……たぶん。
茜。
じりっ。
近づく。
高橋。
じりっ。
下がる。
「塗りません。」
「塗ります。」
「塗らない。」
「塗る。」
「塗らない。」
「塗ります。」
終わらなかった。
田中。
ため息。
「宮本さん。」
「うん。」
二人。
左右から。
がしっ。
高橋を捕まえる。
「ちょっと!?」
「裏切ったわね!?」
「ごめんねぇ。」
「今日は茜ちゃんの味方。」
「よぉぉぉし。」
茜。
にやっ。
勝利の笑顔。
「いきます!」
ぬりぬり。
ぬりぬり。
「いやぁぁぁぁ!」
「もっと優しく!」
「ちゃんと塗らないと意味ないです!」
数十秒後。
高橋。
真っ白。
ものすごく。
「……」
「白くなった。」
本人。
少しだけ。
ショックだった。
「だから最初から白いって言ったじゃないですか。」
茜。
満足そう。
「次!」
びしっ。
「虫よけです!!」
老人たち。
もう逆らわない。
しゅっ。
しゅっ。
しゅっ。
全員。
素直だった。
兵士みたいに。
命令を待ち。
命令通りに動く。
中瀬。
佐伯へ。
虫よけ。
手際がいい。
佐伯。
静かに頷く。
少しだけ。
嬉しそうだった。
その時。
「佐伯さん!」
茜。
呼ぶ。
佐伯。
ぴくっ。
少し驚く。
「ちょっと待ってくださいね!」
また収納箱。
ごそごそ。
ごそごそ。
「あった!!」
取り出した。
ベレー帽。
佐伯。
帽子を見る。
茜を見る。
また帽子を見る。
断っても。
たぶん無駄だった。
だから。
受け取る。
「はい!」
かぶる。
……。
似合った。
驚くほど。
自然だった。
「わぁ!」
つむぎ。
目。
きらきら。
「さえき!」
「かっこいい!」
佐伯。
少し照れる。
ほんの少しだけ。
「日焼けしないようにです!」
茜。
満足そうに頷く。
これで。
完璧。
……のはずだった。
暑い。
ものすごく。
でも。
茜。
まだ動かない。
腕を組む。
じーっ。
何か考えている。
十秒。
そのまま。
誰も話しかけない。
老人たち。
慣れていた。
「……」
茜。
急に顔を上げる。
「よぉぉぉし!!」
「出発ぅぅぅぅ!!」
「おーーっ!!」
「やっとだぁ!」
「待ってました!」
「出発ー!」
「えへへ!」
つむぎ。
ぴょん。
ぴょん。
飛び跳ねる。
背中の虫取り網も。
ぴょん。
ぴょん。
一緒に跳ねた。
似合わない。
でも。
なぜか。
ものすごく似合っていた。
――しばらくして。
軽トラック。
がたん。
ごとん。
道を進む。
舗装。
だいぶ前に。
諦められた道だった。
荷台。
ぎゅうぎゅう。
老人たち。
中瀬。
なんとか座っている。
佐伯。
ベレー帽。
今日も静か。
景色を眺めていた。
藤原。
いつの間にか。
ロープ。
荷台に結んでいた。
「念のため。」
一言だけ。
中瀬。
聞かなかったことにした。
一方。
運転席。
茜。
ハンドル。
ぎゅっ。
古い軽トラックを運転する姿。
妙に。
様になっていた。
その隣。
助手席。
つむぎ。
地図。
両手で。
ぎゅっ。
持っていた。
読めない。
もちろん。
線も。
記号も。
何一つ分からない。
でも。
真剣。
ものすごく。
前を見る。
茜を見る。
また前を見る。
肩。
同じ角度。
顎。
少し上げる。
視線。
まっすぐ。
完全に。
茜の真似だった。
本人は。
大事な仕事を任されていると。
本気で思っていた。
がたん。
ごとん。
軽トラック。
揺れる。
荷台。
中瀬。
小さな窓を開ける。
かららっ。
運転席へ続く窓。
開いた。
茜。
前を見たまま。
運転。
「望月さん。」
「んー?」
「これ。」
「違法ですよ。」
天気の話みたいだった。
ものすごく普通に。
茜。
振り向かない。
代わりに。
ぽつり。
「つむぎ。」
つむぎ。
ぴくっ。
呼ばれた瞬間。
全部分かった。
「つむぎちゃん。」
「窓。」
「閉めて。」
「はい!」
元気よく返事。
両手。
窓へ。
すっ。
ぴしゃっ。
閉めた。
ちょうど。
中瀬の目の前で。
かららっ。
鍵まで掛けた。
完璧だった。
中瀬。
閉じた窓を見る。
数秒。
「……」
何も言わない。
静かに。
元の場所へ戻る。
佐伯の隣。
座る。
何事もなかったように。
煙草。
ポケットから出す。
まだ吸わない。
その様子を見ていた。
高橋。
ふふっ。
少し笑う。
「うちの主人もねぇ。」
「何でも口を出す人だったの。」
中瀬。
顔を上げる。
なんとなく。
嫌な予感がした。
高橋。
少し遠くを見る。
懐かしそうに。
「主人もねぇ。」
「何にでも口を出す人だったの。」
中瀬。
黙って聞く。
「私もよく。」
「玄関。」
「ばたんって閉めてたわ。」
くすっ。
笑う。
思い出話だった。
優しくて。
少しだけ。
懐かしい。
中瀬。
なんとなく聞く。
「……それで。」
「旦那さんは?」
高橋。
にこっ。
笑う。
「死んじゃった。」
「……」
中瀬。
固まる。
藤原。
ぶふっ。
吹き出す。
そのまま。
「あはははははっ!!」
大笑い。
ものすごく楽しそう。
悪気は。
まったくない。
人生そのものが面白い人だった。
中瀬。
少しだけ。
空を見る。
「……そうですか。」
それ以上。
何も言わなかった。
煙草。
一本。
取り出す。
かちっ。
火をつける。
ふぅ。
煙。
夏の空へ。
ゆっくり流れていく。
軽トラック。
がたん。
ごとん。
揺れながら。
道を進む。
助手席。
つむぎ。
地図。
ぎゅっと抱えたまま。
前を見る。
ものすごく真剣。
窓の外。
虫取り網。
ぴょこっ。
少しだけ見えていた。
茜。
鼻歌。
ふんふんふーん♪
ラジオ。
かちっ。
音楽が流れ始める。
夏だった。
みんな揃って。
笑っていた。
まだ。
誰も知らない。
今日が。
とんでもない一日になることを。
読んでいただきありがとうございます!♡
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