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ヒミメグリ  作者: あじせ
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第10話 一週間で社会性を身につけよう!

【速報】親切のつもりが大事件!?電車でまさかの大騒動、全員まとめて途中下車!!


― 月曜日の昼。

いつも通りの電車。

……のはずだった。


席を譲った。


たった、それだけ。


しかし――


なぜか始まる大騒ぎ。


「え、なんでこうなるの!?」


気づけば――


・警察出動。

・悲鳴。

・謎の逃走劇。

・そして電車、発車。


ホームに残されたのは――


方向音痴。


トラブルメーカー。


子ども二人。


そして、なぜか韓国人。


……これ、本当に現実です。


笑ってる暇なんてない。


月曜日は、

まだ始まったばかり

つむぎが望月茜と中瀬俊介の生活に現れてから、数日がたっていた。


家族として迎える、初めての週末。


本当なら、マーガリンのCMみたいな朝になるはずだった。


食卓には朝ご飯。


窓から差し込む日差し。


特に理由もなく、笑っている家族。


実際にあったもの。


リビングの布団に、顔を押しつけている茜。


口には髪。


本人にも説明できない量の目やに。


顔の真ん中には、つむぎのお尻。


一方、ベランダでは。


中瀬が、コーヒーを片手に新聞を読んでいた。


パジャマ。

正しい姿勢。


朝から調子がよく、そのことを申し訳なく思ったりしない人間だった。


コーヒーができた。


あの独特の香りが、家中へ広がった。


つむぎが目を開ける。


コーヒーの匂いは、大嫌いだった。


予定のない土曜日を迎えた二歳児の勢いで、起き上がった。


厳密に言えば、自然界で最も制御不能な力である。


茜へ、文句を言おうとした。


「茜さーん! 茜さん!」


起こそうとして、揺さぶる。


茜は、よだれを垂らしていた。


日差しを顔に受け、さっきまで鼻の上に乗っていたお尻がどいたことにも気づかず、深く眠っていた。


つむぎはベランダへ行った。


中瀬が、新聞越しに見た。


「中瀬くん……」


隣へ来た。


あの顔で。


少し前へ出た下唇。

逆さまの笑顔。

大きな目。

上がった眉。


あの顔。


「いつになったら、何かするの!?」


泣き始めた。


中瀬は、落ち着いて新聞を畳んだ。


「つむぎちゃん。公園にも広場にも連れていきましたし、町も案内しましたよね……ほかに何がしたいんですか?」


「海」


ためらいなし。


交渉の余地なし。


海。


「ああ、またその話ですか。遠いので――」


「でも、海に行きたい!」


泣き声が大きくなった。


心の準備も間に合わない増え方で。


リビングでは、茜がまだ寝ていた。


顔には、日差し。


同じ部屋には、泣く子ども。


つむぎは戻り、膝をついて、両手で揺さぶり始めた。


「茜さん! 茜さん! 起きて!」


さらに、泣く。


茜が目を開けた。


ゆっくり。


視線が定まらない。


とてもいい夢から、まだ理解できない理由で引きずり出された顔。


「ん……?」


「海に行きたい!」


「……海?」


目が、一気に開いた。


望月茜の中で、何かも一緒に目を覚ました。


「海、行こう!」


中瀬が、独特の目で見た。


こちらの味方をしてくれると思っていたんですが。


そういう目。


茜は布団から跳ね起きた。


つむぎは、スイッチを切ったように、ぴたりと泣きやんだ。


「ヨチ!」


劇的なポーズ。


腕を伸ばし、水平線の方を指さす。


「バカンスしよう!」


「バカンス!?」


つむぎの目が輝いた。


髪が、緑になった。


鮮やかで。


濃くて。


今までにないほどの、緑。


そして――


ピキッ。


中瀬の眼鏡のレンズに、ひびが入った。


ベランダの金属製品が、一斉に床から二センチ浮いた。


コーヒーカップが、テーブルを滑る。


中瀬は眼鏡を見た。


つむぎを見た。


また、眼鏡を見る。


「今週、七回目ですね」


誰にともなく言った。


茜は、もうつむぎへ向かっていた。


大切なことを説明する勢いで。


「つむぎちゃん! 力のことで言ったこと、覚えて――」


止まった。


前を見る。


「……」


つむぎが、リビングの真ん中に立っていた。


背が、高くなっている。


長くなった脚。


少し変わった顔。


輪郭がはっきりして、目にはさっきまでなかった表情がある。


髪も、少し伸びていた。


新しい落ち方をしている。


大きくなった。


二人の目の前で。


「育った!? 中瀬くん、大きくなった!」


「大きく?」


彼が、ベランダから振り向いた。


つむぎは、科学者のような好奇心で、自分の体を見た。


「大きくなった!?」


「なった!」


「私、育った!」


「育った!」


二人は跳び始めた。


床が揺れる。


今度は、能力ではなかった。


ただ、うれしかったから。


幸せは、時々重い。


中瀬は、今や五歳ほどに見えるつむぎを見た。


それから、床を見た。


「下駄にしておけば、楽だったかもしれませんね」


つぶやいた。


茜は、着替えさせるためにつむぎを寝室へ連れていった。


中瀬はリビングで、音を聞いていた。


足音。


投げ出される服。


何かが落ちる。


つむぎの笑い声。


よく聞き取れない、茜の言葉。


また、何かが落ちる。


十秒の静寂。


そして。


「じゃーーーん!」


二人が現れた。


つむぎは、新しい装い。


なぜか、まだ着られる服。


変わった髪。


今の、五歳くらいの姿に似合う表情。


茜は、そのまま。


当然だった。


「本当ですね、つむぎちゃん。少し大きくなりましたね」


中瀬が、ゆっくりソファから立った。


茜はその動きに気づいた。


なぜか、自分でも説明できない理由で、少し緊張した。


彼が近づく。


「望月さん……」


「は、はい!? な、なな、何!?」


声を落とせるくらい、近くまで来た。


「本当に、この子を海へ連れていくつもりですか……夏に?」


茜が瞬きをした。


そこで、ようやく気づいた。


これは全部、秘密なのだ。


外へ連れていくことだって、危険を承知でしている。


夏の海。


人だらけの場所へ。


テレビで制服姿の子どもを見るたび、つむぎが聞いていたことを思い出した。


いつ、自分も着られるのか。


普通の子どもなら、見たことも、知っているはずのこと。


それを、世界を一から知っていく声で質問していた。


実際、そうしているのだから。


「私たちのせいだ……」


茜が、つぶやいた。


中瀬は黙った。


「私たちのせい。ちゃんと教えないと。外でも暮らせるようにしてあげなきゃ、中瀬くん」


守ろうとする、しっかりした声だった。


大げさなところは、なかった。


その言い方が、彼の中の何かに触れた。


顔には、出なかった。


「ええ……分かっています」


そのあとの沈黙は、重くなかった。


同じ結論へ同時にたどり着き、もう説明がいらなくなった時の静けさだった。


二人は、つむぎを見た。


ベランダの手すりに止まったトンボを見つけ、話しかけていた。


どうやら、お互いに通じる言葉で。


「今度は、動物とも話せるようになったんですね……」


「えっ!? 知らなかった。それ、新しい!」


顔を見合わせる。


同時に、小さく笑った。


笑うつもりなどなかったのに、思わず出てしまう、あの笑い。


「ヨチ! 中瀬くん、行動しよう!」


彼が、うなずいた。


茜は、つむぎへ向かった。


中瀬にも、もう分かる勢いで。


善意と混乱が始まる、その直前の勢い。


「つむぎちゃん!」


「はーい!」


「新しい任務!」


「任務!?」


目が輝いた。


髪が、緑になっていく。


トンボは驚いて飛び去った。


中瀬は、この速さにはついていけないと分かっている顔で見ていた。


「いい? 来週末、中瀬くんがみんなの電車代を出して、海に連れていってくれるんだけど……」


つむぎは、もうじっとしていられなかった。


「ただし!」


茜が、指を一本立てる。


「この任務を達成できたら!」


「ど、どんな任務、茜さん!?」


茜が、まったく必要のないポーズを取った。


RPGのレアアイテムでも見つけたように、つむぎを指さす。


「一週間で、あなたを社会性のある人間にします!」


中瀬は、いろいろなことを予想していた。


この子が現れてから、本当に、さまざまなことへの覚悟をしていた。


けれど。


あのポーズで、“社会性のある人間にします”と宣言される覚悟は、なかった。


後ろへ倒れた。


比喩ではない。


本当に、ソファへ体を投げ出した。


土曜日の午前八時半。


望月茜の闘志に、敗れたのだ。


一方、つむぎは。


「はい! はい、はい、はい! 社会性のある人間になりたい!」


「その意気!」


二人が、同じポーズをした。


伸ばした腕。


上げた顎。


決意は、十分。


違うのは、片方が二十五歳で、もう片方が五歳に見えることだけだった。


中瀬は、少し天井を見た。


呼吸する。


起き上がる。


ベランダのテーブルへ、眼鏡を取りに行った。


触れる。


ピキッ。


二枚のレンズが、同時に最後まで割れた。


しばらく、手に持ったまま立っていた。


「ああ……」


リビングで跳ねている、つむぎを見る。


髪は、記録を更新しそうなピンクだった。


「……私が何をしたんでしょうね」


こうして、土曜日の朝。


ベランダでは、コーヒーが冷めていた。


中瀬の眼鏡は、末期の状態だった。


その中で、いちばん大切な任務が始まった。


つむぎのスキル解放――社会性レベル。

ここまで読んでくださってありがとうございます!♡


少しでも楽しんでいただけたら、下の☆から評価していただけると嬉しいです!

ブックマークも、続きを書く励みになります~!


(´▽`)


キャラクターデザインやイラストは、Pixivにも投稿しています!

よかったら、ぜひのぞいてみてくださいね♡


Pixiv:

https://www.pixiv.net/en/users/121622272


それでは、また次のお話で!♡

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