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第4話 暗号の先

 魔王軍四天王の一人、「策謀の」ホームズは上機嫌だった。

 報せによれば、人間界に派遣した部下が、なんと勇者クライドを仕留めたということだ。

 部下の名はジェスター。人間の道化師あそびにんに扮して勇者パーティに潜入し情報を集めるのが任務だったが、予想よりもはるかに上の結果を出してくれた。

 クライドがいないとなれば、魔王様復活の障害はもはや、なくなったも同然である。

 この大武勲を挙げた部下を、ホームズはぜひとも自ら迎え、労ってやる必要があると感じていた。


「人間界へ向かう。なに、ワシ一人で十分だ。なにせ、もう勇者はおらぬのだからな」


 異界門いかいもんの番人にかける声も弾んでいた。

 ジェスターの派遣には四天王内でも反対の意見があった。武人気質の「闘牙とうがの」ブンディなどは、この策を卑劣などと非難していたが、この功績の前にはぐうの音も出るまい。

 だいたい、ブンディは四天王の序列「Ⅱ」のくせに、「Ⅰ」のホームズに対して、生意気なのだ。ホームズは常々そう考えていた。

 だから、鼻を明かされたブンディの顔を想像するだけでも、ホームズは口角が上がってしまうのだった。


 異界門を抜けた先は、荒野だった。人気ひとけはないが、それでも人間の臭いがする、ような気がする。思わずホームズは顔をしかめた。しかし、この世界ももうすぐ魔王様のものになる。そう考えると、人間臭い空気もいとおしく思えた。

 隠密魔法を発動し、存在を希薄化していく。攻撃も防御もまともにできなくなるので戦闘には向かないが、短時間の情報収集には重宝する技術だ。

 そのままホームズは、風に乗って勇者殺害の現場を訪れた。


「……なんだこれは」


 宿屋の一室。すでに官憲によって調査がされ証拠品は回収されていたが、血痕や破壊の痕は残されている。それらが強烈な違和感となってホームズの目に飛び込んでくる。


「これは、"仕留めた"痕ではない。"壊した"痕だ」


 ジェスターの本領は潜伏・諜報・暗殺だ。奴の性格や戦闘スタイルから、現場の状況はかけ離れていた。

 壁や天井に飛び散った血しぶき。1つや2つではない。何度も、何度も、武器が振るわれた跡だ。

 床に貼られた白いテープは5つの図形を形作っている。大きなもの1つと、小さく細長いもの4つ。

 ……まるで、切り分けたように。

 ジェスターが勇者と直接戦闘になり、勝利したうえ、そんなことを?


「……無駄が多すぎる。ジェスターらしくない」


 しかし、現場にはジェスターの装束に編みこまれた魔法鍵まほうけん暗号の痕跡が残っている。ホームズにしか解き明かせない暗号。

 間違いない。ジェスターはここに居た。そう結論づけるほかない。

 魔法鍵暗号の痕跡を辿り、ホームズはジェスターを追う。

 ジェスターが「これ」をやったとすれば、通常の精神状態ではない。ジェスターを錯乱させた何かが、地上にあるというのか。

 ジェスターに接触し、場合によっては治療して、奴が地上で得た情報を回収しなければならない。魔族にとっての脅威は、ひとつひとつ確実に排除していく。

 それが四天王「策謀の」ホームズの役割だ。


 ホームズは再び、風に乗って暗号の痕跡を追った。その軌跡はやけに無軌道で、民家に屋根から侵入したり、建物の屋上から路地に下りたりしていたが、最終的には人里から離れた山中の川辺へたどり着いた。

 人影が、川で何かを洗っている。道化師に扮した衣装。衣装に編みこまれた魔法鍵暗号。

 間違いない。ジェスターだ。

 ホームズの口から、安堵の息が漏れる。


「……見事だったな。ジェスター」


 背後から、威厳たっぷりに話しかける。普段のジェスターなら、即座に振り向いて膝をつき、恭順の意を示すだろう。

 しかし、今日はそうならなかった。

 ざぶざぶと何かを洗っていた彼は、声をかけた瞬間にぴたりと動きを止めた。その後、ゆっくり、ゆっくりと振り向く。

 白塗りの顔は表情が読みにくいが、無言で、ホームズの顔を見つめている。かなりまずい状態に思えた。


「おお、ジェスター……地上での任務は、かくも過酷であったか。その中で仕事をやり遂げ、いや、任務以上の功績を挙げたお前の忠誠には舌を巻く。魔王様も必ずや、お前をお認めになるだろう」


 魔王様という言葉に、彼がぴくりと反応した。


「ジェスター。お前は仕事をやり遂げた。魔界に帰れるのだ。ワシと帰ろう。この魔王軍四天王『策謀の』ホームズと一緒に」


 四天王直々に地上まで出迎える。魔族にとってこれ以上の栄誉はない。彼はゆっくり、しずしずと川からあがり、ホームズの目の前まで歩いてきた。

 哀れなジェスター。勇者との戦闘で声を失ったのか。喉をやられたのか、それとも精神か。

 ホームズは策略家だが、非情ではない。敵に対しては冷徹でも、部下に対しては可能な限り温情を持って接する。有能な部下であればなおさらだ。

 ジェスターとその家族には、最大限の恩賞をもって報いよう。

 ホームズがそう決意し、彼の肩を抱こうとした、そのときである。


「キャハーッ」


「ヒュッ、かばっ、ガボ」


 ホームズの喉元が裂け、血が噴き出した。


「がぼっ、べぶだっ……な……ぜ」


 喉を押さえてうずくまるホームズ。それを見下ろす目は、爛々と輝いていた。

 右手には、いつの間にか振りぬかれた包丁。

 その包丁が再び天高く振り上げられ、ホームズのきっちりと整えられた白髪に影を落としていた。


 ホームズは、もっと注意深く、魔法鍵暗号の軌跡を過去に遡って探索すべきだったのだ。

 3カ月も遡れば、何者かによって殺害され、衣装を奪われた哀れな魔族の死体が、森の奥で野犬に食い散らかされていることに、気づくことができたかもしれなかった。

 だが、もう遅い。次に野犬に食われる者は、もう決まってしまったのだ。

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