27.最後の想い
大公家の兵に捕らえられたシェーンメアはその日のうちに王軍に引き渡され、すぐに貴族牢に入れられた。今までずっとシェーンメアを庇っていた王太子も、もうこれ以上は庇い切れないと断念し、今まであった王女の異常な行動と今回のアーガード伯爵令嬢、誘拐、殺人未遂についても全て国王と王妃に話した。
王と王妃も愛しい娘の愚行に言葉を失い心を痛めたが、法を曲げる事は出来ないと決断を下した。シェーンメアは王女の地位を剥奪し、身柄はローゼンバイン王国から遠く離れた属国であるビザンチン国に移し、その国の政治犯等が収容される堅固な牢城の塔の中に生涯幽閉される事が決まった。
流刑の前日、キース王太子は最後の面会をしにシェーンメアが居る牢を訪れた。ビザンチン国の牢城に行けば、もう二度と会う事はないだろう。貴族牢といえど、そこは薄暗く寝具が少し調っているだけで、一般牢と大差はなかった。その冷たい石の床に、以前とは比べものにならないほど様子の変わってしまった妹が膝を抱えて座っていた。豊かな銀色の髪は薄汚れ、くぼんだ目は光を失い、どこか分からない空を見つめている。
「シェーンメア」
声を掛けると、彼女は虚ろな目でキースを見た後、膝を突きながらにじり寄ってきて牢の鉄格子を両手で掴んだ。
「に、兄様、ここから出して。私、何も悪い事なんてしてないのよ。兄様はいつだって私の味方だったでしょう?ねえ、お父様とお母様にも言ってよ。私をここから出してって。兄様だったら出来るでしょう?」
まるで子供の頃に戻ったかのようにねだるシェーンメアを、キースはただ冷たく見下ろした。
「お前は自分が何をしたのかまだ分からないのか?もはやこの国にお前の味方は誰も居ない。一生涯、他国の幽閉先で己の罪と向き合うがよい。それがお前に課せられた償いの方法だ」
「い、嫌よ!私はローゼンバインの王女よ。どうして他の国へ行かなきゃならないの?ねえ、お父様とお母様を呼んでよ。2人ならきっと私の言う事を聞いてくれるわ。今までだってずっとそうだったもの!」
ああ、そうだ。私も含めて皆がお前を甘やかして、何をやっても目を瞑ってきたからお前がこんな風になってしまった。全ては我々のせいでもあるのだ。だからもう間違うわけにはいかない。全ての罪をお前だけでなく、私達も償わなければならないのだ。
「シェーンメア、お前はもう王女ではない。王と王妃が犯罪者のお前に会う事など有り得ない。せめてもの温情として国民の目にさらされる昼間ではなく、深夜にこの国を出立させよう。お前が己の罪を認め、心から反省する日が来る事を願っている」
その言葉の後、キースは背を向け牢を後にした。
「兄様、兄様、待ってよ!兄様ぁぁぁっ!!」
妹の死に物狂いの叫び声を聞きながら、キースは目に滲んだ涙を拭い取った。
シェーンメアに雇われていたならず者達も全て捕らえられ、それ相応の処分が下された。レオンハルトがトリニティを攫ったと勘違いして倒してしまった王都の2大組織だが、王都の警備兵や役人達が皆手を焼いていた悪党ばかりだったので、これ幸いと全員引っ捕らえ、法の下全員が裁かれる事になった。ただ余りにも人数が多いので、全員の刑が確定するまではかなり時間を要するだろうとの見解だったが・・・。
そして王家からも大公家に正式に謝罪があり、結婚祝いの品とは別に多くの賠償金や王家の所有する銀山の権利の一部などが大公家に引き渡された。
いよいよ明日挙式という日の夜、トリニティは何となく寝付けなくて大公家の中庭に散歩に出た。いつもなら侍女のロザリーも連れて行くのだが、夜中という事もあって彼女も呼ばれない限りはトリニティの隣の部屋で寝ているだろう。何よりここ3ヵ月間結婚の準備で忙しく、ロザリーも疲れているはずだ。庭の中なら危険もないし、あえて起こすのも悪いので独りで散歩する事にした。
庭の中央まで出て所々に置かれているベンチの一つに腰掛けると、丁度月が目の前で美しい金色の光を夜のとばりの中に広げていた。思えばあの婚約破棄のあったパーティの夜から、全ての運命が変わったと思う。まるで嵐の中落雷から逃げ惑っているような尋常ではない毎日だったが、こんな日々もレオン様と一緒ならいつか笑いながら話せるようになるだろう。
自分の肩にふわりと何かがかけられ、トリニティは驚いて後ろを振り返った。いつも無表情な彼がその表情を崩さず後ろに立っていて、トリニティの肩に上着を掛けたようだ。
「ジャン・・・」
トリニティは信頼する侍従に微笑みかけた。
「まだ夜は冷えます。明日は大切なお式なのですから、お体に気を付けないと」
そう言いつつ彼はトリニティの前までやって来てさっと膝掛けもかけた。さすが出来る侍従だ。準備は万端である。
「屋敷の庭とはいえ、お一人は危のうございます」
「ありがとう。でも大丈夫よ。出来る侍従がいつも控えていてくれるもの」
少し冗談交じりに言ったが、彼はいつもの表情を緩める事はなかった。そう言えばジャンとこんな風に話すのはシャメールの森で会ったあの時以来だ。あの日は本当に悲しくて彼に何を言ったのかさえ良く覚えてないが、何も言わずにただ抱きしめてくれたはずだ。
いつもレオンハルトの後ろに居て決して前へは出て来ないのに、何かあった時にはとても頼りになる人・・・。
「ジャン、いつも本当にありがとう。今回の件でも、私が捕らわれている場所をあなたがレオン様に伝えてくれたから助けに行けたのだとレオン様に聞いたわ」
あの時「シェーンメアはお前の事を完全に吹っ切った」という王太子の言葉を信じていたレオンハルトは、全く見当違いの場所を探していた。ジャンがすぐにシェーンメアの仕業だと気付いたおかげで、レオンハルトはセリア地区のあの店に駆けつける事が出来たのだ。
「あなたがすぐに私の居場所を特定してくれなかったら本当に危なかったの。それに以前婚約破棄のあった夜も、あなたが馬車で思い切り泣かせてくれたでしょう?そのおかげで私は10年間の思いを吹っ切る事が出来た。
あなたはいつも後ろに静かに控えているけれど、周りのあらゆる状況を把握して対策を講じてくれる。私が辛い時、いつもあなたは側に居て私を支えてくれた。本当にありがとう。あなたと出会えたのは私の人生の中で大きな幸運だわ」
目の前に立っている彼の顔は、月の光を背にしているせいで陰っていて良くは見えない。でもその目は先ほどまでの無表情とは違って、何か心の中にある想いを必死に閉じ込めている様な、そんな憂いを帯びた瞳だった。
「トリニティ様・・・」
彼は音もなくトリニティの前に跪くと、その瞳でトリニティを見つめ、彼女の右手を取った。
「今生の願いを、お聞き頂けますか?」
その言葉をトリニティは不思議に思った。なんだかもう会えなくなるような、そんな言葉に思えたのだ。
「どうかいつまでもお元気で、そして誰よりも幸せにお過ごし下さい。それが私の一番の願いです」
「ありがとう、ジャン。あなたのような人が側に居てくれるだけで、それは私の勇気になるわ。これからも幸せになれるように努力していくつもりよ。勿論健康にも気を付けるわ」
にっこり微笑んだトリニティの瞳を見つめ帰した後、プリンテュクスはその右手の薬指に口づけをして去って行った。
それはレオンハルトの指輪がはまった手とは逆の手。
屋敷に戻る道の途中で立ち止まると、プリンテュクスは庭の闇を明るく照らす月を見上げた。
だから許して下さい、レオンハルト様。ボクの想いの全てを、彼女の右手の薬指に残した事を・・・・。
いつもお読み頂きありがとうございます。
いよいよ次は最終回です。
どうか最後までお付き合い下さいね。




