28.未来へ繋がる道
そしていよいよレオンハルトとトリニティの挙式が行われる日になった。
アーガード伯爵夫妻は朝から大忙しだった。シャメールの森に到着したたくさんの来賓が乗った馬車を出迎え、森の中の式場に案内する。勿論2人だけでは無理なので屋敷の使用人達も大勢かり出された。
「奥様!イルゲーレフ宰相と奥様が新郎に挨拶したいとお屋敷に来られてます!」
「大変だわ!すぐに屋敷に戻らないと!あなた、後は頼みましたわよ!」
「待ってくれ、セシル!私1人ではとても無理だ!」
「旦那様、パルデス内務大臣とそのご家族がご到着なさいました!」
「ああー!サムソン!執事は何処行ったぁ!」
「他の来賓のお相手をしてますぅ!」
とにかくてんやわんやだった。大公家からも人をよこして欲しかったが、あちらも今夜の祝宴の準備で大忙しだろう。
アーガード家の2階、新郎の控え室ではペリータの夫ハリスがレオンハルトの式服の着用を手伝っていた。
「おーっ、いい男っぷりだ。いつも黒だが、白の式服もよく似合うな」
嬉しそうに手を叩いているのは近衛騎士団の団長オーギュスト・ロッソ-だ。他の団員達も出席したがったが、さすがに1,500人も参加できないので、団長とレオンハルトの後任の副団長が代表で来ている。副団長は先に結婚式の行われるシャメールの森へ行き、親友のオーギュストだけが新郎の付き添いで来ていた。
「そうだ。どうせなら以前陛下から頂いた国家勲章を付けたらどうだ?」
「いらん。この派手な金色のサッシュだけで十分だ」
「恥ずかしがり屋さんだからなぁ。トリニティ嬢にすごーい、かっこいい!って言って貰いたくないのか?」
「うっ、じゃあ今度家でこっそり見せる」
「あはははーっ、こっそりかぁ。そりゃあいい」
「さあさ、お二人とも、そろそろ新婦の準備も出来ているでしょう。お会いになりませんか?」
2人の男達のおしゃべりを止めるようにハリスが手を叩いた。
「いいのか?式の前に花嫁に会うのはタブーでは?」
「少しくらいなら宜しいでしょう。美しい花嫁様の姿、見たくないですか?」
「「見たい!!」」
レオンハルトとオーギュストは同時に叫んだ。
「オーギュスト様は駄目です」
「やっぱ駄目かぁ」
オーギュストだけはしっかり止められた。
新婦の控え室では、ペリータが花嫁の頭に白を基調とした草花で作られた花冠を乗せ、準備が完了した。
「まあ、なんて可愛いらしいのかしら!妖精みたいよ。森の中の結婚式にぴったりだわ!」
親友の結婚式の為、久しぶりにこちらに戻って来たイリアナが興奮して叫んだ。婚約者のヒースグリードは控え室には入れないので、一人寂しく会場で婚約者が帰ってくるのを待っている。
頬を赤らめてトリニティは顔を上げ、目の前の姿見を見た。シフォンの花々がまるで妖精の羽の様にドレスを飾り、窓から入る光がその花に散りばめられた宝石をキラキラと輝かせている。
“ 本当に妖精みたい。レオン様、可愛いって思って下さるかな・・・ ”
その時右手の薬指がじわりと温かくなった気がしてふと手を見つめた。
ハリスやレオンハルトと共に花嫁の控え室へ向かったジャンはハッとしたように空を見上げた。今、自分の中にいつも感じていたプリンテュクスの気配が消えた。9年間共にあったもう一人の自分の様な感情。
彼は立ち止まってそのまま辺りを見回したが、当然何も見えなかった。
“ あいつ、行ったのか。9年間一緒に居た俺に何も言わずに。全くあいつは。トリニティ様の事しか考えてないんだから・・・ ”
一抹の寂しさを感じながら、それでも彼は微笑んでそっと瞳を閉じた。
“ そうか。もう居ないんだな・・・ ”
そのジャンの身体から抜け出たプリンテュクスは今、トリニティの頭の上辺りでじっと彼女を見ていた。
“ ああ、トリニティ。綺麗だよ。本当に綺麗だ。やっと掴んだんだね、君の幸せを・・・ ”
覚悟を決めたはずなのに、もう消滅してしまう寸前になって少し後悔する。本当はもっと一緒に居たかった。ずっと君の側で君を見守り続けたかった。でももうそれはボクの役目じゃないから・・・。
“ さよなら、トリニティ。君の未来がいつも光りで溢れている事を祈っているよ ”
トリニティの頬に口づけすると、そのまま彼は空気の中へ溶けるように消えていった。
鏡の前でトリニティは原因の分からない心の痛みに思わず胸を押さえた。どうしてだろう。何故こんなにも辛くて悲しいの?まるで大切な誰かを失ったみたいに・・・。
ノックして開けられたドアを入ったレオンハルトは、何故かトリニティが大粒の涙をぽろぽろ零しながら呆然と立っているのに驚いた。イリアナとペリータもびっくりしたように互いに顔を見合わせている。
「ど、どうしたんだ、トリニティ。どこか具合が悪いのか?」
慌てて駆け寄ると、彼女はぼうっとした目でレオンハルトを見上げ「レオン様・・・」と呟いた。
「わから・・・ないのです。何故か急に胸が痛くなって・・・・。何かとても大切な何かが・・・私をずっと優しく包んでいた全てが、突然消えてしまったような、心に穴が空いたみたいに苦しくなって・・・」
訳が分からないまま、レオンハルトはトリニティを抱きしめた。
「泣くな、トリニティ。大丈夫だ。何も変わらないよ。君の両親も弟もいつも君の事を思って居るし、俺がずっと側に居るから。だから怖がらなくていい。もう恐れるものは何もないから」
「はい、レオン様」
レオンハルトがトリニティを放すと、ロザリーが朝から手塩にかけて仕上げた化粧が崩れないよう、素早く涙を拭き取った。
改めてトリニティの全身を見て、レオンハルトは嬉しそうに微笑んだ。
「トリニティ、本当に綺麗だ。森の妖精かと思った」
相変わらずしまりのない顔で赤くなっているレオンハルトにジャンが釘を刺した。
「閣下。お願いですから誓いのキスの時、鼻血を出さないで下さいね。私は側にはおりませんから」
「む。分かっている。最近は自分を制御する術を身につけたのだ。もう簡単には出さんぞ」
レオンハルトが顎を上げて不遜に言い放つのを聞いて、ふとペリータはいたずら心が芽生えた。彼女はニヤリと笑うと、レオンハルトの耳元で囁いた。
「それよりもっと大事な役目がありますよ。なんたって今夜は初夜ですからね。しょ・や(ニヤッ)」
「しょ・・・ブフォッ!」
すんでの所で鼻血を防いだジャンがペリータを睨んだ。
「ペリータ様!」
「あははははっ、さすが出来る侍従ね。ウェディングドレスが汚れずに済んで良かったわ」
困った妻にため息を付くと、ハリスは手を叩いた。
「さあ、皆様。そろそろ参りましょう。ご来賓の方々がお待ちかねですよ」
トリニティはレオンハルトと見つめ合うと歩き始めた。ドアを出る時、ふと先ほど胸が痛くなった鏡の前を振り返った。
“ もしかしたらさっきのは精霊?ずっと私を守ってくれていた・・・。もうシャメールの森に帰ってしまったからあんなに寂しく感じたのかしら・・・ ”
後ろをじっと見ているトリニティを見て、ジャンも先ほどの心に隙間が空いたような感覚を思い出した。
プリンテュクスがトリニティに向けていた想いを愛と呼べるかどうかは分からない。それは彼の心であってジャンの感情ではないからだ。だからジャンにとってトリニティは主人の妻という認識しかなく、これからも侍従として仕えるだけの関係でしかない。それでもプリンテュクスが感じていた切ない痛みは、まだジャンの胸の奥にくすぶっている。
いずれその想いも消えるかも知れないが、それくらいは覚えてやってもいいと思う。これからも俺は主と主の大切な人を守っていくのだろうから・・・。
シャメールの森の周りには王族も参加する為、アリの子一匹入れない程の厳重な警備が敷かれ、森の周りを兵が取り囲んでいる。それでも一目、大公とその妻の姿が見れないものかとたくさんの民が森の入り口付近に詰めかけていた。
大公家の馬車が森の入り口に止まり、新郎新婦が降りてくると、ひときわ大きな歓声が沸き上がった。
「見て、花嫁はまるで妖精ね!なんて美しいの!」
「大公様、麗しすぎですー!」
トリニティとレオンハルトは互いに微笑みながら見つめ合うと、森の中へ歩を進めた。やがてたくさんの人々が両側の席に着き、真っ白な花々と緑の草木が見事に飾り付けられた式場が見えてきた。
新郎新婦が到着した事に気付いた人々が、後ろを振り返りながら大きな拍手を送る。トリニティが幸せそうに微笑みながら隣に居るレオンハルトを見上げた。彼が自分の腕に添えられたトリニティの手を優しく握り返す。地面に敷かれた白い絨毯の上を歩きながらトリニティは思った。
これからも私達には色々な困難が降りかかるかも知れない。それでもこの人と歩いて行こう。私は一人じゃない。両親や弟、今まで出会ったたくさんの人達、そして何よりもレオン様がいる。
だからどんな道でも恐れずに進んで行こう。未来に繋がる目の前の道を、あなたと2人で・・・。
長い間お読み頂きありがとうございました。本当はもっと短くまとめるつもりでしたが、色々書いている内にこんなに長くなってしまいました。
次は以前から構想だけ練っていて、全く手を付けていなかった物を色々手を加え編集して出したいと思っております。
作品名は『ファゼンダの嵐』です。
今までの作品とはちょっと違う感じですが、お読み頂けたら幸いです。
又作品の中で皆様とお会いできるのを楽しみにしております。




