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23.親友との別れ

 執事達もペリータと共に部屋を出て行って、やっと静かになったとレオンハルトはため息を付いた。それにしてもあいつは一体何をしにやって来たんだ?意味が分からないままトリニティに目をやると、彼女は何故か茫然自失で立ちすくんでいる。


「トリニティ?」

 呼びかけるとトリニティはじっとレオンハルトを見上げ、口に手をやって急にわなわなと震えだした。


「ど、どうしましよう。私ったらとんでもない勘違いを・・・」

 レオンハルトへの申し訳なさに思わず涙が溢れてくる。


「ごめんなさい、レオン様。私・・・私は自分が許せません」

「トリニティ?どうしたんだ。何を泣いている?」

「申し訳ありません。私はレオン様に優しくして頂く価値などない、愚か者でございます!」

「はい?」


 泣き崩れてしまったトリニティを何とかなだめながらソファーに座らせる。ふと気付くとジャンが後ろに立ってじっと頭を下げていた。


「何だ、そろそろどういう事なのか話す気になったか」

「はい。申し訳ありません」


 ジャンから全てを聞いたレオンハルトは、呆れて頭が痛くなりそうだった。


「愛人だと?ペリータが?何処をどこをどう取ったらそんな考えになるんだ!」

 怒りの声にビクッとなってトリニティは又泣き出した。


「ごめんなさい。ごめんなさいレオン様!」

「ああ、いや、トリニティ。大丈夫。怒ってない。怒ってないよ」

 トリニティの肩に腕を回して慰めるように優しく叩いた後、前に立っているジャンを睨んだ。


「申し訳ありません。全て私の責任です。どんな罰でもお受けいたします」

「全く・・・」

 レオンハルトは大きくため息を付いた。

「もういい。下がっていろ」

「はい」


 レオンハルトは顔を覆ったまま泣いているトリニティを慰めるように、彼女の頭に手をやった。


「トリニティ、もう泣くな。俺は君に泣かれるのが一番きついんだ」

「でも・・・でも私はレオン様に会わせる顔がありません。どんな事があってもレオン様を信じなければならなかったのに」


 確かに女と一緒にケーキを食べて指輪を買っている姿を見たら、疑われても仕方がないかと自分でも思う。あの時はトリニティを喜ばせる事ばかり考えていたから、周囲に全く注意を払っていなかった。こちらからトリニティを見つけていたらすぐ釈明出来たのに。いや、焦ってちゃんと説明出来ないか・・・。とにかく自責の念に駆られているトリニティを何とか慰めないと。


「トリニティ、もういい。大丈夫だから。俺は怒ってない」

「いいえ。私は自分が許せません。私はあの時の私を刺し殺したい!」

「そんな恐ろしい事を言うな。君は俺を独りにするつもりか?さあ手を放して顔を見せてくれ」

「でも・・私、今凄く不細工です。きっと」

「そんな事はない。いつだって君は俺の可愛い婚約者だ。(言ってて恥ずかしいが、これもトリニティの為!)さあ」


 両手首を持って手を下げさせる。ああ、やっぱり可愛い。真っ赤な頬もまだ潤んでいる瞳も、バラのつぼみのような唇が小さく微笑んでいるのも・・・。


「顔を見せるのが恥ずかしいなら、こうしていよう」


 2人で並んで座ると、トリニティの頭を自分の肩にもたれかけさせ、その頭の上に頬を重ねる。両手で彼女の手を挟んで握りしめると彼女の暖かさに心が癒やされる。本当にこの半月はきつかった。触れるどころか、目もまともに合わせてもらえなかった。


「こうしていると気持ちが和む。ずっとこうしていたいな」

「もうすぐ夕食ですよ」

「じゃあ、夕食を食べた後もこうしていよう」

「ふふ。はい。レオン様」


 応接室のドアの外に立っていたプリンテュクスは肩を落として小さく微笑むと、静かにその場を離れて行った。







 やっと心が通じ合えた・・・と言う事で、いよいよ結婚式の話し合いが始まった。レオンハルトはすぐにでも結婚したいと言ったが、ウェディングドレスや結婚指輪の製作をどんなに急がせても2ヶ月以上は掛かるので、それらの準備が全て調う3ヶ月後に結婚式を挙げる事になった。


「あの、一つだけお願いがあるのです」

 レオンハルトを上目遣いに見てトリニティが言った。

「結婚式の場所ですが、シャメールの森で行いたいのです」

「シャメールの森?」


「はい。私にとってはとても思い出深い場所なのです。ここで大切な友達にも会いましたし、それからちゃんとレオン様とお会いしたのシャメールの森でしたし、あの場所はとても大切な場所になりました」

「そうだな。俺にとっても思い出深い場所だ。では良い場所を選んで祭壇を作り、式が行えるように整えるとしよう」


 こうして婚礼の準備が急ピッチで始まった。ウェディングドレス(もちろんルコイル商会に注文した)の採寸や打ち合わせ、婚礼の主席者の確認。やはり一番忙しいのは花嫁だ。勉強の合間を縫ってやる事は山のようにあった。


 特に大騒ぎになったのはアーガード家だ。シャメールの森に一番近いのは当然アーガード家なので来賓を出迎え、花婿花嫁の控え室の準備などをしなければならない。しかも来るのは国王夫妻や王太子夫妻などの王族や大臣、官僚などの自分達より高位の貴族ばかり。婚礼の後の披露パーティは大公邸に移動して行われるので問題はないが、知らせを聞いた時アルタスは白目を向けて倒れ、逆にセシルはやる気に燃えた。



 そんな忙しい中、トリニティはイリアナに会いに行く事にした。レオンハルトの愛人事件が誤解だった事を手紙で伝えたので、イリアナはやっと安心して、いよいよノッテンバーグ辺境伯領へ旅立つ事になったのだ。勿論トリニティの結婚式には婚約者のヒースグリードと共に参加してくれる。


 いつかイリアナは王都から遠く離れた地へ嫁ぐ事は分かっていたが、いざ本当に行ってしまうと思うとやはり寂しさは拭えなかった。学生時代の一番辛い時も彼女が共にいて話を聞いてくれて、気持ちを抑え込まないといけない自分の代わりに怒ってくれた。彼女の存在がどれ程トリニティの心の支えとなっていただろう。


 トリニティがコーデュロイ伯爵邸に到着すると、すでにイリアナは屋敷の外で家族と別れを惜しんでいた。両親や弟、妹達と抱擁をした後、トリニティに気付いたイリアナは彼女に涙の光った瞳を向けた。


「トリニティ」

「イリアナ」


 2人は互いに走り寄って抱きしめ合った。余りにもたくさん言いたい事があって反対に何を話していいか分からない。でもトリニティにはどうしてもイリアナに伝えたい言葉があった。


「イリアナ、ありがとう。私、あなたと出会えて良かった。何度も何度も私を救ってくれてありがとう」

「トリニティ、私もよ。あなたと出会えて良かった。色々あったけど、楽しかったね」

「うん。それも全部あなたのおかげよ」


 イリアナはトリニティの背に回していた手で彼女の両手を握り直すと、涙に濡れた顔を近づけた。


「幸せになるのよ、トリニティ。今度こそ絶対。あなたにはその価値が充分あるんだから」

「イリアナもね。お互いに幸せになりましょう。いつかこんな事もあったねって笑ってお茶が飲めるように」

「うん」


 そうして彼女はたくさんの積み荷を積んだ馬車と共に、新しい地へと旅立って行った。





 イリアナとの別れに寂しさを感じる暇もなく再び忙しい毎日が続き、とうとう結婚式の一週間前になった。

 今日トリニティは王太子妃に会いに王宮に来ていた。アイリスの体調を考慮して外ではなく室内で行われる結婚前の最後の講義だ。とは言ってもそれは建前で、アイリスが結婚式や祝宴に付いて相変わらずトリニティを質問攻めにしていたのだが、それでも今幸せ一杯のトリニティも楽しく会話が出来た。


「森の中で結婚式をするなんて斬新だわ。どんな感じになるのか出席するのが楽しみよ」

「森のイメージに合わせて花の他に草木もたくさん飾るデザインになりました。結婚式の前日に飾り付けが完了するので雨が降らなければいいんですけど」

「きっと大丈夫よ。近頃はずっといいお天気が続いているもの。所でレオンハルト様は?今日はご一緒ではないの?」

「いえ、来る時は一緒に参りました。少し王太子殿下にご挨拶をしてからこちらに伺うようです」







 そのレオンハルトはキース王太子の前のソファーに座って、ふてくされた顔をしつつ彼をにらみ付けていた。王太子はその目を見ると、居心地悪そうに顔を逸らした。


「分かった。悪かったよ。お前には妹の事で随分迷惑をかけた。二度とお前に無体は言わない。何があっても絶対にお前を呼び出したりもしない」

「本当だろうな」

「ああ。何ならこのキース・フォン・ギル・ローゼンバインの名にかけて誓ってもいい。シェーンメアには、お前はもう結婚するんだからと散々言い聞かせた。彼女も納得している」


 それでも疑わしそうな目を向けるレオンハルトを、煩わしいと思いつつも仕方のない事だと分かっていた。シェーンメアの異常な行動は確かに目に余った。彼がそのせいでずっと苦しんできた事も知っている。ついこの間もトリニティ嬢の手の甲をシェーンメアが靴のかかとで踏みつけ、酷い怪我を負わせた。それを国王と王妃には黙っていてくれと頼んだのもこの私だ。信用してくれと言っても、そう簡単には受け入れられないだろう。


「実は最近シェーンメアは、セリア地区に店を出す計画をしている。王女の名を前面に出した店だ。セリア地区は王都のファッションの中心街だからな。たくさんのドレスショップや宝飾店が並ぶ中に完全オーダーメイドの靴店を出すそうだ。今はそれにかかりきりで、今日もセリア地区に出向いている。多分もうお前の事は吹っ切れたんだと思う。だからもう心配しなくても大丈夫だ」

「そうか・・・」


 心の底からホッとした様に肩を落とすレオンハルトに、キースは憐憫の目を向けた。


「本当に今まですまなかった。トリニティ嬢が幼い頃から、お前が彼女の事を想っていたのを知っていたのに」

 その言葉にレオンハルトは一瞬ドキッとして眉をひそめた。


「は?今何と言った?トリニティが幼い頃から何だって?」

「だからトリニティ嬢が幼い頃から好きだったのだろう?だからトリニティ嬢が婚約破棄した後、直ぐに婚約を申し込んだのだろう」


「ちが・・・そんな訳ないだろう。初めて会った時、トリニティは8歳だぞ。確かに可愛いしさとい子だと思ったが、18歳の俺が8歳の少女にそんな思いを抱くわけないだろう」

「だがずっと心配で侍従に様子を確認させていたのだろう?あの馬鹿な侯爵令息がトリニティ嬢を傷つけた事を怒って廃嫡にまで追い込んだのだし。まあいいじゃないか。私は別に悪い事だとは思わんぞ」


「良くない!トリニティに気持ち悪いって思われたらどうするんだ!いや、それより何故キースがその事を知っている?俺とトリニティが昔面識があった事を侍従以外は知らないはずだ」

「ああ、覚えてないのか?以前酔っ払った時に言っていたぞ。大事に思ってる子が居るけど、立場上、何もしてやれない。婚約者に酷い目に遭っているようなのに、ただ見ているだけなのが辛いって」


 はぁぁ・・・。何をやってるんだ、俺は。いくら王太子が従兄弟だからって気を許しすぎだろう。


「もういい。トリニティを迎えに行く。そろそろ王太子妃との話も終わる頃だろう」

「それじゃあ私も行こう。トリニティ嬢にも会いたいし」


 それを聞いてレオンハルトは思わずキースの両肩を掴んだ。


「キース」

「ん?」

「言うなよ。トリニティが俺と昔面識があったなんて」

「何だ、トリニティ嬢は知らないのか?」

「出会ったのは9年も前だし、共に過ごしたのもたった2週間だ。もう忘れている。それより俺がずっとトリニティの事を侍従に調べさせていたとか、いや、あれは侍従が勝手に調べて知らせてきたんだが、俺もその報告はありがたかったと言うか・・・。とにかく8歳の頃から俺が彼女の事を気にかけていたなんて・・・」


「知られたくないのか?」

「当たり前だ。隠れて自分をつけ回していた男と結婚したい女が居るか?勿論俺はつけ回してなんていないが、そんな誤解をされたくないんだ」

「はぁぁ。分かった分かった。お前、本当にトリニティ嬢の事が大好きなんだな」


 赤くなって「うん」と素直に答えたレオンハルトの顔を見て、キースは驚いたし安心もした。


 ああ、こいつにもとうとう弱点が出来たんだな。揺るぎない地位とたぐいまれな容姿、剣の腕は一流で以前の彼は巷で言われている完璧閣下という名にふさわしい男だった。でもやっと愛する人を見つけて、その人に嫌われたくないからと狼狽する姿はとても可愛らしく見える。きっと彼はその弱点の為に更に強くなるだろう。大切なものをその手で守る為に・・・。



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