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17.冷血な少女

 8歳下の従姉妹であるシェーンメア王女の事は、彼女が生まれた時から知っている。小さい頃から天使のように美しく愛らしい王女は年が離れている事もあり、レオンハルトにとっては従姉妹と言うより姪のような存在だった。いつも王宮に行くとレオンハルトの後ろをついて回り、5歳の頃には「私、レオン兄さまと結婚するの」が口癖だった。


 そんなシェーンメアを父親の様な目線で当然可愛いと思ったし、いつまでもこんな風に懐いてくれたら嬉しいなとも思っていた。だが大きくなるにつれ、彼女は異常に俺に執着するようになっていった。そして彼女が14歳の時、事件は起こった。何者かによって仕組まれた馬車の事故で、ローズ・バルミア男爵令嬢が大けがをして病院に運ばれたのだ。彼女は足の骨を折り、顔や身体に20カ所以上の傷を負った。


 その当時、俺に憧れていたたくさんの女性達をまとめて後援会なるものを作り、サロンで会合をしている少女達がいて、その代表をしていたのがローズ・バルミア男爵令嬢だった。だがそれだけだったのだ。彼女達は俺に話しかけてくる事も当然身分の差故なかったし、ただ遠くで俺を眺めて騒いでいるだけだった。


 そして色々調べていく内に、その事故を仕組んだのが王女の護衛騎士だった事が判明した。当然シェーンメアは自分は何も知らなかったと訴え続け、罰せられたのは直接手を下した一人の護衛騎士だけだった。当然王も王妃ももしかしたら・・・という半信半疑の気持ちもあっただろう。だが王女は当時まだ14歳だった事もあって、その事件はそのまま終わりを告げた。


 だが俺にはそうではないという確信があった。だから彼女に会いに行ったのだ。せめて一人で罪を被った護衛騎士に対して、そして当然怪我を負わせたバルミア男爵令嬢に対しても、悪かったと反省の気持ちを持って居てくれたらと・・・。


「ローズ・バルミア男爵令嬢の事故は君が命じてやらせたんだな?俺にだけは本当の事を話してくれ」

「レオンったら何を言っているの?あれは護衛が勝手にやった事よ。お父様もそう裁断を下されたじゃない」

「メア。ローズ嬢は3ヶ月は病院を出られない酷い怪我だ。顔の傷だって一生残るかもしれない。いや、悪くすれば命を落としていたかも知れなかったんだ。彼女に少しでも悪いという気持ちがあるなら、どうか本当の事を言って欲しい」


 彼女は不服そうに頬を膨らませた後、口をとがらせて天井を見上げた。


「だってあの子、煩わしかったんだもの」

「煩わしい?」

「だってレオンは私のモノなのに、追いかけ回すなんて間違っているわ。レオンだって顔の周りにハエがたかってきたら、振り落とすか叩き潰すでしょ?目障りな虫は駆除しちゃわないと。それが道理でしょ?」


 彼女は人の命を虫けらと同等に考えているのか?一片の良心の呵責さえ無いその無邪気な笑顔に、心の底から冷え切っていくのを感じる。人を踏みにじる事をまるで当然の様に語る彼女を、今までのように愛らしいとはとても思えなくなった。


 それからは公式行事以外は彼女と関わり合わないようにし、パーティなどの出席も最低限に留めた。だがそうすると頻繁にお茶会に呼び出され、理由を付けて断ると癇癪を起こし、周りの侍女や侍従に当たり散らした。見かねた王太子に頼まれ仕方なく何度か顔を出したが、それでも足りないと今度は病気を装って倒れ、何度も見舞いに来いと呼び出された。


「もう仮病を使って呼び出すのは止めてくれ」

 いい加減うんざりしてそう言うと、食事を一切取らなくなり、本当に倒れて皆が大騒ぎになった。


「シェーンメアはお前じゃないと駄目なんだ。何とか妹と結婚してやってくれないか」


 王太子に頭を下げられたが、そんな事をしてもシェーンメアは幸せにはなれないと言って断った。


ー レオン兄さま! ー


 そう言いながら俺の後を一生懸命付いてきた、可愛いい従姉妹姫。その美しさ故、誰からも愛され、高貴な存在として皆から敬慕の対象になるはずだった。なのにいつの間にこんな恐ろしい事が平気で出来る人間になってしまったんだ?全て俺のせいなのか?



「シェーンメア王女殿下・・・」


 じっと立って咎めるように自分を呼ぶレオンハルトに、王女は何事もなかったように笑いかけた。

「いやだわ、レオン。今まで通りメアと呼んで。私達の仲でしょう?」


 近付いてきて手を差し出した彼女に触れられないよう、レオンハルトは一歩下がった。


「どうかもうお止め下さい。私は婚約をいたしました。一生を彼女に捧げ、共に生きていくつもりです。この決意は例え何があっても変わる事はありません」

「何を言っているの。ただの政略でしょ?そんなものに左右される程、私達の仲は脆弱ではないはずよ」

「いいえ。政略ではありません。私自身が望んで彼女と共に人生を歩むと決めたのです。もうずっと前から私の心が求めるのは彼女、トリニティ・アーガード伯爵令嬢だけなのです」


「そんな・・・そんなの酷いわ!19歳になるこの年までずっと婚約もせず、あなた一人を想ってきたのに。それを裏切ると言うの?」

「王女殿下。何度も申し上げたはずです。私はあなたに従姉妹という感情しか持ち合わせていないと。もう私の事はお忘れ下さい。どうかあなたは、あなた自身の幸せをご自分で見つけて下さい」

「嫌よ。酷いわ、レオン。私にそんな事を言うなんて!」

「どうか私の事はグレゴーニュ大公とお呼び下さい。その名は幼き日の思い出として、胸にお留め置き下さいますよう」


 頭を下げて去って行くレオンハルトに、それでもシェーンメアは叫んだ。

「嫌よ、レオン!私はそんなの認めない。絶対に認めないわ!!」


 レオンハルトの姿が見えなくなっても王女はその場に立ち尽くし、震える手を握りしめ呟いた。


「一生を彼女に捧げる?あなたが一生を捧げる相手は私でなければならない。それ以外は許されないのよ、レオン。だってあなたは私のモノなのだから・・・」








 トリニティを連れて馬車まで戻って来たプリンテュクスは、馬車の中にトリニティを座らせ、すぐに応急処置用の薬箱を持って来て彼女の傷の具合を見た。


 どう見ても酷い傷だ。直ぐにでも病院に連れて行きたかったが、トリニティがレオンハルトが戻ってくるまで待ちたいと言ったので、とりあえず薬を塗っていく。優しく塗っていても途中トリニティが顔を歪め痛みに小さくうめき声を上げた。


“ 平然とこんな事をするなんて。あの女、イカレてる・・・ ”


 痛みに堪える声を聞く度に、プリンテュクスはシェーンメアを殺してやりたい程の怒りに身体が震えた。あの時、自分達が駆けつけるのがもう少し遅かったらと思うとゾッとする。もしこれ以上の事をしていたら、あの女に殴りかかっていただろう。


 こんな感情は精霊にはない感情だ。9年もの間、人間として生きてきたプリンテュクスは、すっかり人間のように考え行動するのに染まってしまったようだ。


 治療が終わった頃、レオンハルトが馬車まで戻って来た。直ぐに大公家の主治医が居る病院に向かうよう御者に命じトリニティの隣に座ると、彼は彼女の傷ついた手をそっと自分の手の上に乗せた。


「トリニティ、すまない。こんな酷い目に遭わせるなんて」

「レオン様のせいではありません。どうかお心を痛めないで下さい」

「いや、違う。俺のせいだ。俺が甘かった。もっと強く彼女をいさめなければならなかったのに」


 そう言うと、レオンハルトはトリニティの指に自分の額を押し当て辛そうに顔を歪めた。そんな彼の表情にトリニティは胸を痛めた。


 シェーンメアはレオンハルトの従姉妹だ。きっと私の知らない彼等の歴史があって、その思い出故に彼女を突き放す事も出来なかっただろう。ましてや彼女はこの国の王女。国王陛下や王妃様でさえ愛しい我が子を叱責できないのに、レオンハルトが王女を咎めるのは憚られて当然だ。何もかもレオン様が背負う事なんてないのに・・・。


 トリニティはレオンハルトの目に薄く滲んだ涙を指で拭き取ると、彼の頭に手を回してそっと抱きしめた。


「こんな傷なんてきっと直ぐに治ってしまいますよ。そしたら2人で街へ出かけましょう。市を巡って美味しい物を食べて、観劇なんかもいいですね。きっと楽しい一日になりますよ」

「トリニティ・・・・」



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