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16.国王陛下との謁見

 王宮に国王陛下に謁見したいとの旨を伝えると、すぐに返事が返ってきた。


ー いつでも来なさい ー


 公務も何もかも放り出してでも会いたいから直ぐに来い、という強い意志の表れた返答に、彼等も慌ててー 明日伺います ーと返事を出した。



 王宮の謁見の間に初めて入ったトリニティは緊張から少し足が震えた。そんなトリニティの手をそっと握ると、レオンハルトが大丈夫という風に瞳を細めて微笑んだ。


“ そうね。レオン様が側に居て下さるんだもの。きっと大丈夫 ”


 彼等は国王陛下と王妃の前に歩み出ると、共に臣下の礼を取った。

「よくぞ参った、トリニティ・アーガード伯爵令嬢。待っておったぞ」


 バルディス王の言葉に、トリニティは頭を下げたまま答えた。


「この度は私事で陛下との謁見にまかり越す事が出来ず、誠に申し訳ありませんでした。今回の件は私の不徳のいたす所であり、大公家とは何ら関わりはございません。全ての責は私にございます。重ねてお詫び申し上げます」


 バルディスは「ふむ・・・」と少々目を丸くした後レオンハルトに言った。


「そなたの婚約者は随分と生真面目なようだ。そんなに詫びられたら何か罰を与えねばならぬかな?」

「陛下・・・」

 そんな事したら絶交しますよ、と言わんばかりの顔で睨むレオンハルトにバルディスはニヤリと笑った。

「アーガード伯爵令嬢、もうよい。面を上げて顔を見せてくれ。さてさて、はがねの心臓を持つ男の心を溶かした美姫の顔をやっと見られるのだな」


 やっぱり王宮に根拠のない妙な噂が流れているようだ。羞恥に真っ赤になりながら顔を上げる。


 バルディス王は黒髪と同じ黒いひげが印象的な恰幅の良い40代半ばの男性だ。やはり兄弟だけあって、レオンハルトの父アズヴェルトによく似ている。王妃セアリアはシェーンメア王女と同じ銀色の美しい髪と薄い水色の瞳が美しく、それでいて毅然とした雰囲気を持っていた。彼女は優しく笑いながら夫をたしなめた。


「陛下、そんな風におっしゃってはトリニティ嬢が負担を感じてしまいますわ。今日は色々話を聞きたいと思って呼んだのよ。ここでは緊張してしまうでしょうから、落ち着いて話が出来る部屋に移動しましょう」


 豪華な猫足のソファーセットが並ぶ貴賓室で、紅茶を飲みながら和やかに質問攻めが始まった。


「それで?どうやって2人は出会ったの?トリニティ嬢はレオンに初めて会った時、どう思ったのかしら。レオンが一目惚れして熱烈に口説き落としたって聞いたけど、本当?」


 王妃の弾丸のような質問攻めに、トリニティは真っ赤になって顔を伏せた。どうしてそんな根も葉もない噂が流れているのだろうか。まさかプリンテュクスが彼等の結婚を誰にも邪魔させないように流した噂とも知らず、トリニティは困惑したように隣に座っているレオンハルトを見上げた。彼も参ったと言わんばかりに頭を抱えて俯いている。


 どうしましょう。婚約破棄の夜の事、正直に話すべきなのかしら。でもそれだとレオン様が同情で私と婚約したと誤解されるかも。

 トリニティが迷っている内に、根負けしたレオンハルトが口を開いた。


「ええ、その通りです。私がトリニティに一目惚れして散々つきまとった挙げ句、必死に口説き落としてやっとの事で婚約して貰いました」

「もう、レオンったら。どうしてそう直ぐ面倒くさそうにするのよ。聞いて、トリニティ。この子ったら隣国で一番美人と言われる第3王女に言い寄られた時にも逃げ回って、それでも諦めてくれないからとうとう『俺より剣の腕が立つ女性としか結婚しません!』って叫んだのよ。そんな化け物みたいな女性、どこにいるのよ。それにね、白バラ姫と呼ばれた侯爵令嬢に一目惚れされた時も・・・」


「お、叔母上。お願いですからもうそれ以上は・・・。トリニティに変な誤解をされます」

「あら、こちらには散々婚約を勧めたのに断られた恨みがあるのよ。今日は全部白状するまで帰しませんから。ねえ、陛下?」

「ははは。セアリアはしつこいぞ?いっその事、今日全て吐露とろしてしまった方が後々楽になる。トリニティ嬢もそう思わぬか?」


 赤くなった顔を隠すように頭を掻いているレオンハルトが可愛らしくて、トリニティはここは自分が頑張らねばと思った。


「出会いはあるパーティで、私は少々体調を崩したので帰ろうとしたのですが、帰る間際にレオン様とすれ違いました。私は気分が悪くて他の誰の顔もよく見えなかったのですが、何故かレオン様のお顔だけははっきりと目に映って・・・。私の体調を心配して下さっているような瞳が気になりました。2回目は私の家の領内にある森を散歩していて同じく散歩をしていたレオン様に出会いました。春の光の中に立つお姿がまるで森に住む精霊のように神々しく、余りにもお美しすぎて私は思わず見とれてしまって・・・」


“ ふんふん、それで・・・? ”と言わんばかりに国王夫妻が目を見開いて膝を乗り出してくる。


「それであの、レオン様も私の事をよ・・・妖精みたいって言って下さって、それと俺にとっての太陽だとも言って下さって、それがとても嬉しくて・・・」


 体中が熱せられて真っ赤になりながら、だんだんと小声になっていくトリニティの熱くなった手をレオンハルトが握りしめた。


「トリニティ、もうそれ以上は・・・無理だ」

“ 恥ずかしすぎて・・・ ”


「そ、そうですね。私も無理です」

“ 恥ずかしすぎますね ”


 それからも国王夫妻からの質問はとどまる事がなく、やっと解放されたのはそれから更に2時間後だった。2人はぐったりと疲れた顔で貴賓室を後にし、王宮の広い廊下を歩き出した。


「大丈夫か?トリニティ。疲れただろう」

「はい。あっでも陛下も王妃様もお優しい方々で安心しました。お二人は本当にレオン様の事を可愛がっておられるのですね」

「可愛がるというか・・・疲れるんだ、あの二人は」

「ふふふ」


 本当に参ったという顔のレオンハルトに笑いかけると、トリニティはふと思い出したように言った。


「先ほど執務官の方にお聞きしたのですが、この時間、王太子妃様は庭でお茶をなさっているそうです。ご無沙汰しているご挨拶に伺っても宜しいでしょうか」

「ああ、構わない。それなら俺も一緒に・・・」


 レオンハルトがそう言いかけた時、後ろから「レオン・・グレゴーニュ大公!」と彼を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとオーギュストが凄い勢いでこちらに向かって歩いて来る。彼は周りに誰も居ない事を確認すると、レオンハルトの肩に腕を回した。


「何だ。噂の婚約者か?紹介しろよ。近衛の魔神の心を奪った麗しき令嬢・・うぷっ」


 レオンハルトはオーギュストの口を無理矢理手で塞ぐと、後ろから羽交い締めにした。冗談じゃない。これ以上の質問攻めはごめんだ。


「トリニティ、先に行っててくれ。俺はこいつと少し話がある」

 そう言って暴れるオーギュストを引っ張って廊下の向こうへ消えていった。


 トリニティは微笑むとそのまま廊下を歩き始めた。アイリスは多分この間会った中庭の南側にあるガゼボに居るだろう。お会いしたら久しぶりの挨拶をして、講義をお休みしている事をお詫びしなければ・・・。


 そんな事を考えながら歩いていた時、急に横の廊下から誰かが飛び出してきて突き飛ばされた。突然の事で対処が出来なかったトリニティはそのまま廊下に倒れ込み、驚いて顔を上げて自分を突き飛ばした相手を見た。シェーンメア王女が初めて会ったあの日より、もっと冷酷な瞳で自分を見下ろしている。


 ゾッとするような冷たい空気が彼女の周りを取り囲み、まるで陽炎のように激しい怒りが立ち上っているように見えた。恐ろしさの余り身がすくんでしまったが、何とか立ち上がろうと両手を床に付いた。それを見計らうように王女が靴のかかとでトリニティの左手の甲を踏みつけたのだ。


「あっ、つぅっ・・・!」

 激しい痛みに思わずトリニティは顔を歪めた。

「お・・・王女殿下」

 震える声を何とか絞り出す。


「この虫ケラが!!」

 

 怒気を含んだ声が刺すように振ってくる。痛みを堪えながらトリニティは何とか頭を働かせて考えた。


 この方の怒りの原因は分かっている。レオンハルトと正式に婚約を結んだ事に憤りを感じているのだろう。だからといってこのような非情な行為が許されるはずはない。今までの私ならただ涙を流して耐えただろう。でも私はレオン様を信じている。この人の言う通り、彼女とレオン様が心を通じ合わせているとは決して思わない。だから私は私なりに戦わなければ。私を婚約者として認めてくれたあの人の為に・・・。


「王女殿下。このような事、許されません。どうか足をおどけ下さい」

 震える声で、でもしっかりと彼女を見据えて言葉を放つ。


「フン。虫ケラが一人前に反抗するとはね」

 王女は憎々しげにその美しい顔を歪めながら足を床に下ろした。


 余りの痛みに左手の甲を右の掌で包み込み、胸に押し当てる。ホッとしたのもつかの間、シェーンメアはその手で床に力なく座って俯いているトリニティの顎をぐいっと持ち上げ、立ったまま顔を近付けた。


「身の程をわきまえろと言っておいたはずよ。この私のモノに手を出すなんて。本当に邪魔な虫のような女ね。虫けらは踏み潰すのが適正だわ。それとも・・・」


 ニタァッと笑ったその目と口元はもはや人ではないような、おぞましい何かが潜んでいるように見えた。


「ねえ、あなたもあなたの一族も全て首をはね、この王宮の門前に晒してあげましょうか。私のモノに手を出したのだから当然の報いよね」


 余りの恐怖に目を見開いたトリニティは次の瞬間、身体をすくわれ誰かの腕の中に居た。その温かい腕がレオンハルトのものだと分かると、ホッとして涙が出そうになるのを何とか堪えた。


「王女殿下。一体何をされているのですか!」


 怒りを滲ませた低い声が廊下に響き渡った。


「レオン・・・」

 王女は何事もなかったように微笑みながらレオンハルトを見返した。

「別に何もしていないわ。転んで可哀想だったから手を貸してあげただけよ」


 白々しい言い訳にぎゅっと手を握りしめる。結局こうなるのか。どうあってもお前は変わろうとはしないんだな・・・。


 レオンハルトは心配そうにトリニティの顔を見つめた後、左手の甲の傷を見て一瞬青ざめ、いたわるようにトリニティの肩をぎゅっと握りしめた。


 あなたをこんな目に遭わせてしまうなんて。俺が居るからと護衛を外したのが間違いだった。俺のミスだ。

 ぎゅっと唇を噛みしめた後、後ろにいるプリンテュクスに目配せしてトリニティをこの場から離れさせた。



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