18.トリニティの為なら
病院に行って怪我を見て貰ったところ、幸いな事に腱が断裂して指が動かなくなったりする危険はなく、しばらくすれば痛みも引くだろうとの事だった。それでももし傷が残ったら大変だとレオンハルトは毎日のように主治医を大公家に呼んでトリニティを診察させた。勉強も休んでいいと言われたが、後々遅れを取り戻すのが大変な為、午前中だけは講義を受ける事にした。
しばらくしてトリニティの怪我の包帯が取れる頃、イリアナから会いたいと連絡があった。そろそろノッテンバーグ辺境伯領へ旅立つので、一度会っておきたいとの事だった。
「そういう事で、明日はイリアナに会いに出かけようと思っているのです。宜しいでしょうか」
外出の許可をとるトリニティに、レオンハルトは心配そうに言った。
「それは構わないが、医者に診せなくて大丈夫か?」
「もうほとんど痛みはないですし、もうすぐ包帯も取れます。もう心配しなくても大丈夫ですよ」
「無理だけはしないように、いいね?」
「はい、レオン様」
“ 明日はイリアナに会うのか ”
そう思った時、プリンテュクスは以前レオンハルトに話していた計画を思い出した。そう言えばトリニティの怪我が治ったら2人でデートに行くのだと、鼻血を垂らしながら嬉しそうに話していたな。
次の日、トリニティは久しぶりに友人に会えるのを楽しみにしながら出かけて行った。
「・・・と言うわけで、参りましたーっ!」
執事長の娘、ペリータの登場である。
「ペリータか。久しぶりだな」
結婚しても元気いっぱいなのは変わらないなと思いつつレオンハルトは答えた。
「はい。レオンハルト様、お久しぶりです。それにしても、剣を持って庭中を走り回っていたわんぱく小僧のレオンハルト様がとうとうご結婚とは、私は感慨無量でございます」
「こら、ペリータ。失礼だぞ。まずはご婚約のお祝いを述べんか」
執事長のケインズが渋い顔で娘を睨んだ。
「そうでございました。誠におめでとうございます。私からのお祝いとして婚約者様とのデートで絶対失敗しないよう、今日は若い女性受けする素晴らしいデートコースを厳選してご紹介いたしますので、しっかり覚えて帰って下さいね!」
「うむ。宜しく頼む」
彼等が最初にやって来たのは王都の中心街にある中級クラスの劇場であった。
「余り格式張った劇場ですとドレスや支度が大変ですが、こちらは平民も利用する劇場です。昼間のデートならこれくらいが妥当でございましょう。ですが席は必ず2階の貴族席をお取り下さい」
「勿論そうするが、何か理由でもあるのか?」
「貴族席は前面以外はほぼ個室です。宜しいですか?」
ここでペリータは顔を近づけ声を潜めた。
「椅子は固定されていませんから、2つの席を引っ付けて観劇中トリニティ様の手を握るんです。劇の内容は王子と美しい平民女性の結ばれない悲恋の物語です。劇を見た女性はみな頬に涙の後を光らせながら出てくると今、王都で一番人気のラブロマンスものなんです。間違いなくトリニティ様は劇中、涙を流しながらレオンハルト様にもたれかかってきますよ。そこをさりげなく肩を抱いて・・・ああ、頭を抱き寄せるのもいいかな。とにかく半個室だから照れ屋さんのレオンハルト様も遠慮なくイチャイチャ出来ますよ」
「イチャ・・・それってトリニティは喜ぶのかな」
「そんなの嬉しいに決まってるじゃないですか。レオンハルト様は奥手なんだから、このデートではもっと頑張ってもらいますよ」
「そ、そうか・・・」
次は劇場からさほど遠くない場所にある市に向かう。ここは普段は市民の憩いの広場になっているが、週末にはたくさんの市が建つ。150年以上の歴史がある人気の市だ。色々なものが売られているが、中でも人気なのは地元や国外の軽食や食事が手軽に食べられる屋台である。
「ここは観劇の後に来ますのでお腹がすいているでしょうが、この後のカフェでスィーツを食べる予定ですので、小腹を満たす程度にいたしましょう。お勧めの店がいくつかありますので、トリニティ様のお好みを選んで頂けます。あっ、その前に・・・」
ペリータは広場の入り口にある花屋を指さした。
「あそこに花屋がありますね。当然恋人同士が行けば男性は女性に花を送るものですが、花束を贈ると持って歩かなければならなくなり、女性の負担になります。ですのでここは一輪だけ花を買い、髪に飾って差し上げて下さい。もうこれだけで女性はうっとりですよ」
「しかし、それはかなり恥ずかしい行為だと思うが・・・」
「熱々の恋人達がする事は、みんな生温かい目で見守ってくれるものですよ。それよりトリニティ様が楽しんで下さる事が一番大事なのです。レオンハルト様は誠意はあるのですが、真面目なだけでは女性は満足出来ません。市でもまずトリニティ様の行きたい所を優先して差し上げて下さい。女性をスマートにエスコート出来てこそ、一流の紳士ですよ。さっ、それでは市の中をご案内いたしましょう」
一方トリニティはイリアナの生家であるコーデュロイ伯爵邸を訪れていた。
久しぶりの挨拶を交わすと、イリアナは嬉しそうにトリニティ様の手を握りしめた。
「大公家と婚約を結ぶなんて凄いわ!さすがトリニティ。親友として鼻が高いわ。これで私も安心してノッテンバーグに向かう事が出来るわね」
本当は学院を卒業したら直ぐにイリアナはノッテンバーグ辺境伯領へ行く事になっていた。しかし婚約破棄されて直ぐに大公家へ行く事になった親友を心配して先延ばしにしてくれたのだ。
「本当に元気そうで安心したわ。大公家ではほとんど監禁状態で勉強させられているって聞いてたし、大公家と伯爵家とでは身分の差もあるし、本当に大丈夫かしらってずっと心配だったの。もしかして酷い目に遭っているんじゃないかって」
「大丈夫よ。大公様も屋敷の方達もみんな優しくして下さるの。最初は慣れなくて色々あったけど、今は幸せよ」
「そう。本当に良かった。それじゃあ今日はどうする?家でお茶を飲んでおしゃべりもいいけど・・・。そうだ。今日は週末だからマルクトが建ってるんじゃない?久しぶりにどうかしら」
その問いにトリニティは頬を赤く染めて俯いた。
「実は・・・市には今度大公様と一緒に行く約束をしているの。だから今日は・・・」
「なあんだ、本当に上手くいってるのね。良かったわ。それじゃあ今日は・・・そうそう、新しく出来たカフェのケーキが凄く美味しいんですって。行ってみる?」
「ええ。是非行きたいわ!」
市を出て来たレオンハルトとペリータは次の目的地へ向かう為、馬車に乗った。
「先ほど食べた鶏肉を串に刺したものは旨かったな。あれならトリニティも喜ぶだろう」
「手やドレスを汚すこと無く食べられるので女性に人気です。隣国サルベリアの名物でバジル味とか香辛料風味とか色々あって楽しめるのもいいですね」
そんな事を話しながら辿り着いたのは、王都の繁華街にあるデザートカフェであった。店内は白で統一された女性受けする内装で、たくさんの恋人達が席に座って楽しそうに会話しながらケーキを食べている。空いている席に座ると、ペリータは人気のケーキと飲み物を注文した。レオンハルトの分が2つ、ペリータの分が3つである。
こんな可愛い店に入った事もないしケーキを2個も食べた事もないレオンハルトは、少し居心地が悪そうにペリータの前に並べられた艶やかなケーキを見た。
「そんなに食べられるのか?」
「このくらい女子は楽勝ですよ。私の前にあるのは全部新作のケーキで、右からスフレチーズケーキ、季節のフルーツタルト、ブルーベリームースのケーキとなっており、レオンハルト様の前のは、この店の一番、二番人気のイチゴのミルフィーユとガトーショコラです」
「ふむ。とりあえず食べて・・・」
「ちょっと待ったぁ!!」
いきなりペリータが叫ぶのでびっくりしたレオンハルトは、持っていたフォークを思わず投げ飛ばしそうになった。
「な、何だ」
「一人で食べてどうするんです。すくったケーキは彼女の口元に持っていくんですよ。勿論私にはしなくて結構です。余り大きくなく、そんなに口を開けなくて済む程度の大きさに切って下さいね。で、トリニティ様もあなたに差し出す。お互いケーキを食べさせ合いっこするんです。これぞ究極のイチャイチャ!」
もうレオンハルトは頭を抱えるしかなかった。想像しただけで羞恥で顔が真っ赤になる。
「こんな公共の場所でそんな恥ずかしいまねをしないといけないのか?俺みたいないい年の男が。そんな事をしているところを以前の同僚にでも見られたら・・・」
それこそ王宮中の噂になる。あの鋼の魔神がどうのこうのと尾ひれを付けられ、近衛の元部下達の格好の餌食だ。
「レオンハルト様。何度も言いますが、一番大切なのはトリニティ様の気持ちです。聞きましたが、トリニティ様は以前の婚約者にそれは冷たくされていたそうですね。2人でデートをした事もなく、他の女には愛称で呼ばせていたのにトリニティ様にはそれを許さなかったそうです。だから甘やかされた事も大切に扱われた事もなかったでしょう。きっと他の幸せそうな女性達を見ながら辛い思いをされてきたに違いありません。だからレオンハルト様はデレデレに甘やかしてあげて下さい。何でも言う事を聞いて可愛がってあげて下さい。噂の一つや二つ、なんですか。そんなもの、レオンハルト様なら丸めて固めて蹴り飛ばしてしまうでしょう?」
レオンハルトは自分の目の前にある、可愛らしく飾り付けられたケーキを見た。そのケーキ達の上にトリニティの笑顔が重なった気がした。
ああ、そうだな。そんなもの、蹴り飛ばしてしまえばいい。彼女が幸せそうに笑っている為なら・・・。
「ありがとう、ペリータ。やっと目が覚めたよ」
「それはようございました」




