流星
そのまま時は流れていき、あっという間に彼女の誕生日は過ぎ去り数日が経っていた。
あれから、曇りや雨の日が続いたこともあって、彼女とは会っていない。
一応誕生日までは毎日連絡を取り合っていたが、それ以降連絡は一切来ていなかった。
「たぶん、うまくいったんだろう」
そんなことを呟きながら通学路を歩く。白い吐息が後ろにたなびくようにして消えていき、冬を強く感じさせていた。
便りの無いのは良い便りということわざもある。
恐らく、お父さんとの関係が改善されたことでそちらに集中しているんだろう。
「もしかしたら、もう来ないかもしれないな」
空を見上げると、久しぶりの雲一つない快晴。星を見るには絶好の日だろう。
「全てが、元の鞘に収まって正しい形に戻る。それで、いいんだよ。きっと」
寂しさはある。だけど、彼女が幸せに生きられるならそれが一番いい。
冷たい、身を切るような寒さの中、震える心を慰めるように言い聞かせながら、僕はいつも通りの日常へと足を進めた。
★★★★★★
テスト週間が始まり、部活が無いこともあって久しぶりに人と一緒に校舎を出る。
「太一は、今回はちゃんと勉強してるの?」
彼の自転車を取りに、駐輪場まで向かいながらそんなことを話していると、微塵も焦りすらないような顔で笑っていた。
「あははっ、当然してない!」
「はぁ、だと思ったよ。また、お母さんに怒られるよ?」
「だろうな。お袋はいつも弦月みたいにちゃんとしろって言ってるよ」
ちゃんとしているわけではない。むしろ、そうすることしかできないのだ。
自信がない僕にとっては、真面目に、レールを外れないことが何よりも、安心できるから。
「ちゃんとしているわけじゃないよ。たぶん、僕よりも太一の方がずっとしっかりしてる」
「いやいや、お前はしっかりしてるよ。いろんなことを知ってるし、手先も器用で、何より努力家だ。それに加えて、めちゃくちゃ優しい」
「はは、人に強く出れないだけだよ」
優しさというのは難しい。兎沢さんのように本当に優しい人と、僕のように弱気で人に合わせて生きるしかない人を一緒にくくってしまう。
「いや、違うね。弦月は、ちゃんとやる時はやる男だ。俺が昔、お袋と喧嘩して家出した時も、お前は一緒になって謝ってくれた」
中学の時そんなこともあったなと思い出す。
でも、あれは門限を破った太一が人の手助けをしていてそうなってしまったことを知っていたからのはずだ。
「あれは、僕しか事情を知ってる人がいなかっただけだよ」
「そうかもしれない。だけど、きっとお前は、他に事情を知っている人がいたとしてもそうしてくれたはずだ」
「まぁ、そりゃあね。さすがに悪いことをしてないのに怒られるのは可哀想だよ」
確かに、反抗期ということもあって勝手な理由で門限を破ることもあったから疑われても仕方が無い部分もあるだろう。
だけど、あの時の太一は、何一つ悪いことはしていない。
むしろ、いい事をしたはずなのに、話を聞いても貰えず怒られた。
それがとても可哀想に思えてしまったのだ。
「だろ?やっぱり、お前は優しいよ。俺が言うんだから間違いない」
「あはは、自信満々だね。太一らしい」
「お前が自信なさ過ぎるだけだ。もっと、自信を持てよ」
「うーん、まぁ、頑張ってみる」
「お?いいねー。前は無理だとか言ってたのに、最近ちょっと積極的になったよな」
「そうかな?……いや、そうかもしれないね」
言われて気づく。確かに、以前より自信がついたような気がする。
たぶん、兎沢さんのおかげだろう。
もう、会うことは無いかもしれないけど、心の中で彼女に感謝した。
「おい!あれって、カグヤ姫じゃね?やっぱ可愛いな。見れてラッキー」
はしゃいだ様子の太一につられてそちらを見ると、丁度出迎えの車に乗り込むところの兎沢さんの姿が見えた。
「って弦月?どうした?変な顔して」
「………………」
太一の声に反応する余裕がないほどに、頭の中を疑問が支配する。
「なあ、おいって」
「…………太一、ごめん。自転車貸してくれないかな?」
「は?いや、でもさ」
遠くなっていく車を睨みつけるようにして見ながら、太一に無理なお願いをする。
上着を脱いで走れる準備をしながら。
「勝手なこと言ってるのはわかってる。でも、頼むよ」
「……何か、大事なことがあるんだな?」
「うん」
「あははっ、なら、持ってけ。ちゃんと明日返せよ?」
「ありがとう」
鍵を受け取ってすぐに駐輪場へ向けて駆けだす。
「頑張れよー!!!」
背中にかけられるその朗らかで大きな声に周囲の関心が集まる。
全力で疾走しているから余計だろう。
だけど、そんなことを気にしている時間も勿体なかった。
さっき遠目に見えた彼女の顔は、無表情ながらも、今までに見たこと無いほど悲しそうに見えてしまったから。
★★★★★★
全力で自転車を漕ぐ。当然、車なんかに追いつけるわけはない。
だけど、夕方で道が混む時間ということもあって思った以上に距離が離れることも無かった。
「森の方を走っていけば、間に合うかも」
彼女の家の道へ行くには、舗装された道を通って遠回りするルートと、地面がむき出しの道を一直線に通っていくルートの二つがある。
もしかしたら、一直線に走り抜けていけば追いつけるかもしれない。
「いや、間に合わせる。絶対に」
疲れでパンパンになった足に再び力を入れて自転車を漕ぐ。
きっと、毎日のように丘の上まで歩いていなければ途中で力尽きていただろう。
ある意味、積み重ねた努力が報われているような、そんな気さえした。
「クソ!なんで」
気合を入れる意味もあって、自分らしくない声が漏れる。
彼女は、お父さんとうまくいって、幸せになったのだと信じていた。
だけど、あんな顔を見てしまえばそうでないのはわかる。
「なんで!」
何も言わない彼女へ怒りが湧いた。一言くらい、泣きごとを言えるくらいの関係は築いてきたと思っていた。
「なんで!!」
それと同時に、自分への怒りが湧いた。
彼女が内にため込むタイプなのは知っていたのに、勝手に結論付けて、自分が傷つくのが怖くて、距離を取ってしまった。
「本当に、バカだ!」
怒鳴りつけるような声を出しながら足を一歩、また一歩と踏み出し続ける。
何よりも、彼女が悲しんでいるのが放っておけなかったから。




