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初恋は、煌めく。まるでシリウスのように  作者: A
本編

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4/10

こんばんは

 翌日、いつもの時間に着くように出て丘を登ると、兎沢さんが既に先に到着していた。

 


「こんばんは。いい夜ですね」


 

 その声は、綺麗で澄んでいてずっと聞いていたくなるような、そんなものだった。

 それに、まだ灯したままの光源が照らしたその淡い笑顔が、昨日よりもはっきりと見えて自分の顔が火照っていくのがわかる。



「こ、こんばんは。はい、いい夜です」



 思わず、視線をそらしてしまい、俯きながらオウム返しのように答える。

 洒落たことの一つも言えない自分に自己嫌悪の気持ちを感じながら。



「なんだか、すごい荷物ですね?」


「あっはい。椅子とかいるかなと思って一応持ってきました」

 

 

 僕は慣れているからシートだけで大丈夫だけど、地面は意外に硬いのでたぶんそれだけだと不慣れな人には痛いだろう。

 それこそ、彼女は本当のお嬢様だし、あまりそういったことをしていそうには見えなかった。



「え?もしかして、私のためにですか?確か、昨日までは持ってなかったですよね」

 

「あー、まぁ、そうですね。地面に座るのって案外固いので」


「すいません!私、そんなことにぜんぜん気づかなくて」


「いえ。知らないとわからないですよね」


 

 とりあえず、頭に付けたヘッドライトの灯りを切り替えつつ荷物を出していくと、彼女はそれに興味津々な様子でこちらを覗き込んでくる。



「今、灯りを変えたのも意味があるんですか?なんか、赤いですけど」


「実は、人の目ってとてもうまく作られていて環境に順応してくんですよ。夜、暗い所で徐々に目が慣れていくって経験ありませんか?」


「はい。あります」


「星を見る時もそれが大事で、暗い所に慣らしていた方が綺麗に見えるんですよね。まぁ、赤色なのにも理由はあるんですが、一番都合がいいくらいに思っていてもらえれば大丈夫です」


「なるほど。東堂さんは、物知りなんですね。すごいです!」



 とりあえず、自分の知識を出来る限り伝わるように心がけながら伝えていくと、彼女が少し興奮した様子で感嘆の声をあげた。

 


「いえ、そんな。星に関わることくらいしか知らないですから」


「いいえ。すごいですよ!たぶん、ほとんどの人が知らないと思います!」


 

 静かで上品な彼女のイメージとは違う、まるで子供のような反応に照れる。

 正直、それほど大したことではない。恐らく、天体観測をする人ならみんな知っていることだろう。

 

 でも、その言葉はとても嬉しかった。あんまり、褒められるようなことだと思っていなかったから。



「……ありがとうございます。そう言って貰えて、その、すごく嬉しいです」


「…………………………」



 俺の言葉に、何故か驚いたような顔で彼女はこちらを見ている。

 何か、失言だっただろうかと少し不安になる。



「すいません。何か、気に障ることでも言っちゃいましたか?」


「あ、いえ。そうではなくてですね、なんというか、あの」


 

 しどろもどろといった口調で、しばらく手をばたつかせていた彼女は、若干照れたように顔を俯かせ、こちらを上目遣いに見てきた。



「変なやつだと思わないでくださいね?」


「え?あ、はい」


「東堂さんの笑った顔が、儚いような、優しいような、まるで月のような、そんな素敵な笑顔だったので」


「え?」


「それに、それが昔写真で見たお父様の笑顔にとてもよく似ていて」



 その予想外の褒め言葉に、一瞬理解が追い付かなかった。



「すいません。やっぱり、忘れてください」



 消えて無くなりそうなほどにか細い声と共に彼女が顔を手で覆い隠す。

 でも、それは僕にとっても好都合だったようだ。


 赤いライトの中でもわかってしまうほどに、たぶん僕の顔も真っ赤だったはずだから。








★★★★★★






 

 落ち着くまでしばらく、沈黙が流れた後、お互いが目を合わせないまま、ぎこちない動きで準備を再開した。


 とはいっても、そんなに準備することも無いのだけど。



「これは、なんですか?」



 見慣れないものだし、暗いこともあって、わかりづらいのだろう。

 彼女は円盤のようなものを掴んでこちらに問いかけてくる。



「それは、星座早見盤といって星座の位置がわかるものなんです。初めての人にはいいかなと思って昔使ってたやつを持ってきました」


「そんなものがあるんですか。でも、昔ということは今は使ってないんですか?」


「はい。一般的なものは全て覚えているので」


「え!?全部ですか?本当にすごいですね!」


「はは、毎日してると嫌でも覚えちゃうんものなんですよ」



 小さい頃から、星が好きでずっと見てきた。

 昔は、親に教えられていたのが、今ではそういう時は僕が教えるようになったことになんとなく時の流れを感じる。



「では、これは?ノートのようですけど」


「あー、それは、星座について昔まとめていたメモのようなものですね。恥ずかしいので、持ってくるかは迷ったんですけど、後で知りたくなった時にわかりやすいかなと思って」


「ちょっと見てもいいですか?」


「暗いのでよく分からないと思いますけど、それでいいならどうぞ」



 許可を出すと、ページを捲る音が静かな夜の空気を伝わって僕の耳に響く。

 自分の中ではそれなりに達成感のあるものではあるのだけれど、改めて人に見られるとどうにもむず痒いものがある。


 それに、今思うと普通の人が読むにはオタクっぽくて少し気持ちの悪いものだったかもしれない。


 

「あの、無理に読む必要は無いですから」


「あっ、ごめんなさい、つい夢中になってしまって。とても、丁寧にまとめられていたので」


「はは、他に趣味という趣味も無かったですから。ちょっと、やりすぎですよね。気持ち悪かったですか?」



 ノートには、最初に星座早見盤のように位置が描かれ、その下にページ番号が書き込まれている。

 そして、それぞれの星座毎に形、見つけ方、由来や伝承、そういったものが綴られているというものだった。

 


「いいえ、ぜんぜん!すごく丁寧で、優しい文章で書かれていて、むしろ、東堂さんの温かい人柄が伝わってくるように私には感じられました」



 先ほどまで合わせられなかった視線がこちらに向けられ、交差する。


 だけど、力強いその視線から、僕はいつものように逸らすことは無かった。


 冬の夜空のように澄んで深い、そんな吸い込まれそうなほどの美しさにどうしようもないほど魅入られてしまったから。



「自分でも、不思議に思ってました。いつもなら、そんなことしないのに、なんで声をかけに行ったんだろうって。知らない人に話しかけたんだろうって」



 そして、彼女はそう言った後、ふっと笑った。

 まるで、夜になると、思い出したように輝きを伝え始める星のように。



「でも、なんとなくその理由がわかりました。たぶん、私は東堂さんのその人柄の良さを自然と感じたんでしょう。恐らく、これが直感と呼ばれる感覚なのかもしれません」



 今まで、星空以外にこんなに惹きこまれたことはなかった。



「ふふっ。まだ、東堂さんのことをほとんど知らないのに、ほんと勝手ですよね」



 でも、僕は、もう惹かれてしまったようだ。


 もしかしたら、女性経験がほとんどないからなのかもしれないけれど。

 

 それでも、全く話したこともなく、趣味さえ知らないような、そんな彼女という存在に、目をそらせないほどにときめいてしまったのだ。

キャンプはたまにやりますが、天体観測なんて洒落たものは一切やったことない人なのでおかしいところに気づいたら教えて頂けると嬉しいです。

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