また、明日
あれから一ヶ月ほどが過ぎ、梅雨明けを喜んだ僕は毎日あの場所に通っていた。
もちろん、あの日以来兎沢さんとは一度も会っていない。
当然だ。そもそも話せたことすら、奇跡に近いのだから。
「あんまり、ウサギには見えないなぁ」
望遠鏡を低い倍率に変え月の全体を見ても、どうにも僕にはウサギには思えなかった。
まぁ、国によってメジャーな見え方も違うみたいだからそんなものなのだろう。
カニや木を背負う人、ライオン、本を読む人など本当に色々な見え方をするらしいし。
「でも、どんな答えでもいいってのは助かるよね」
夜空は、いろいろな見え方を肯定してくれる。
どんな答えを出しても、その表情を変えることは無く、静かにずっと寄り添ってくれる。
「人間関係じゃ、こうはいかないもんな」
僕は、人と話すのが苦手だ。
好きなものがあまり人には共感を得られないものだというのも関係しているだろう。
もちろん、そこにも答えは無いという人もいるかもしれない。
だけど、僕が何を話すかによってその関係が変わることは確かだし、それが致命的なものになることもあり得る。
「もっと、明るい性格だったら違ったのかな」
自然と人が集まる人に憧れることもある。
別に目立ちたいわけでもないし、全員に好かれたいわけでは無い。だけど、そうだったらもっと生きやすかったんだろうなとたまに思う。
まぁ、不器用なのはわかっているから、無理に背伸びをするつもりは無いけれど。恐らくから回るだけだろうし。
「ほんと、綺麗だな」
限りなく広がる宇宙でも、星達は自分を見失うことなく輝いている。
その在り方は、まるで僕と違っていて、とてもすごいものであるように、なんとなく思えた。
★★★★★★
テストも無事終え、とうとう夏休みを迎える。
それでも、僕の毎日はほとんど変わらない。
たまに宿題をして、たまに友達と遊んで、毎日のように星を見に来る。
飽きずにそれを繰り返す僕に親や友達は呆れているようだが、それでも、僕には止められない。
見れない日は、インターネットで星の動画を見るくらいには好きなことだったから。
「さすがに、暑い」
夜とはいっても、もう七月も末、纏わりつくような暑さに汗が流れていく。
だけど、毎日少し重い荷物を背負って坂を登っているせいか、心なしか筋肉も付いてきた気がする。最初に比べれば拍子抜けなほどに楽だった。
「今日も新しい星座を見つけてみようかな」
基本的な夏の星座は覚えているし、繰り返し見てもいるので、最近では自分なりの星座を見つけてスケッチするのがマイブームになっていた。
それこそ、最初は埋められるかなと思っていたスケッチブックももう終わりを迎えようとしている。
「ははっ。また、新しいの買ってこなきゃ」
改めて、最後のページが見えてくると、不思議な達成感を感じ、嬉しくなった。
何事も中途半端な僕にとっては、ある意味、何かの勲章のようにも思えたから。
「楽しそうですね?」
「え?」
だが、そうして笑っている時、唐突に後ろから声をかけられ驚く。
「驚かせてしまってごめんなさい。とても楽しそうだってので、つい」
振り返ると、そこには兎沢さんが立っていた。
暗くて、朧げな視界の中、だけど白いワンピースに身を包んだ彼女だけは何故かはっきりと見える。一種の幻想的なまでの雰囲気を僕に感じさせながら。
「え?あの、どうしてここに?」
「夏休みになっても毎日来ているので、さすがに気になってしまって」
「あー、どうも、すいません」
「いえ、謝らなくても大丈夫ですよ?別に、ここまで私有地というわけでも無いので」
突然の出来事に、ただでさえ回ない僕の頭は完全に動きを止め、何を話していいのか全く分からない。
それに、彼女もあまり自分から話す方ではないのか、少しの間変な沈黙が流れる。
「「あの」」
いたたまれず、何かを言おうとした瞬間、どうやら彼女も同じことを考えていたようで、お互いの声がぶつかる。
「「あっ、どうぞ」」
「…………ぷっ」
「…………ふふっ」
促すように差し出した手さえ一緒で、まるで鏡合わせのような姿が面白くてつい吹き出してしまうと、彼女も同じような気持ちだったようで上品な笑い顔を見せてていた。
「なんか、おかしいですね」
「はい。おかしいです」
先ほどまで感じていた緊張は、一度笑ったせいだろうか、不思議なほどに無くなっていて、自然と声を出すことができた。
「星が、本当にお好きなんですね」
「はい。昔から、ずっと好きで、それこそ毎日そればっか見てます」
「そうなんですか。確かに、いつ見てもここに来てましたもんね」
「はは、見てたんですか?恥ずかしい限りです」
あれ以来、寝てしまわないように気を付けて、ちゃんと決まった時間に帰るようにしていたのだが、見られていたらしい。興味も無いだろうと思って、気にしていなかったのだが。
「いえ、恥ずかしくなんてありません。むしろ、自分の好きなことをやるってとても素晴らしいことだと思います」
「あ……ありがとう、ございます」
予想外の好意的な態度に、頬をかいて羞恥の感情を誤魔化す。
それに、真正面から合った視線にびっくりして思わず目を逸らしてしまった。
「本当にすごいことだと思いますよ。私には、それほど強い想いを持ったものが無いので」
だが、その寂しそうな声が気になって、再び視線を戻すと彼女は自嘲するような笑みを浮かべていた。
「趣味とかは、無いんですか?」
「多少はありますよ?でも、それほど強くやりたいと思うことはありませんね。それに、新しいことに挑戦するのも苦手なんです」
最後の言葉に、強く共感する。
僕の場合は、自信が無いからできないだけで、もしかしたら違う意味かもしれないけど。
「確か、前に星を知ってみようとか言ってましたよね。それは、やらないんですか?」
「何から手を付けていいか、ちょっとわからなくて」
もしかしたら、僕と彼女は似ているのかもしれない。
僕も、とりあえず手を付けてみるということができないタイプだ。
人から見たら、さっさとやれと思われるんだろうけど、初めてのことには、どうにも気後れしてしまって、足踏みしてしまうから。
「………………もしよかったら、お手伝いしましょうか?」
いつもなら、僕なんかがと思ってこんなことは絶対に言わない。
だけど、どうしてかその言葉を言わずにはいられなかった。
たぶん、まるで自分を見ているような、そんな気にさせられてしまったからだと思う。
「いいんですか?」
「はい。僕なんかでよければ、ですけど」
「そんな!ぜひお願いします!!」
身を乗り出してくるくらいの勢いに少しだけ苦笑してしまう。
それにどうやら、彼女もそう思ったらしく恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「あ、すいません。はしたなかったですよね」
「いえ、そこまでお願いされて正直嬉しいです。いつにしましょうか?」
「ほんとですか?それなら、よかったです。それと、私は、いつでも大丈夫です」
ほっとしたような笑顔にこちらまで、嬉しくなる。
物静かな深窓の令嬢のような人かと思っていたけど、意外に感情の動く人なのかもしれない。
「なら、明日からでもいいですか?」
「はい。夜に家を出ることはほとんど無いので」
それは、どちらかというと僕と逆だろう。
明るいうちよりも、暗くなってからが自分にとっての時間だから。
「じゃあ、また明日来ます」
「明日も、ですよね?」
「はは、そうですね。明日も、来ます」
「はい。では、また明日」
「はい、また明日」
そう言って僕らは別れた。以前とは違う、再会の約束をして。
各部のタイトルは後で揃えていくかもしれません。




