序章
これは、頂いた絵⇒作品をイメージしようとする実験的な作品になります。
一応のプロットは考えましたが、初めての試みであるため途中で解釈を変え、大幅に修正するかもしれません。もし読まれる方はそこにご留意ください。
何かしらの形で完結はさせますので、それまでお待ち頂いても良いと思います。
明かり一つない真っ暗な夜、空を見上げると、星達がまるで宝石のように輝いている。
星は、好きだ。
それに、小さい頃は、いつかそれに触れられるとずっと思っていた。
だけど、成長するにつれて、そんなことは無理だと理解するようになった。
星は、遠い宇宙にあって、どれだけ手を伸ばしても、どれだけ背伸びをしても、届かない。
最初は、悔しかった、だけどそれはやがて、諦めに、そして、次第に何も感じなくなっていった。
★★★★★★
朝、起きて朝食を食べると学校に向かう。
「ふわぁ、さすがに眠い。ちょっと遅くまで起き過ぎかな」
最近、星を見るのに絶好な場所を見つけてしまったこともあり、調子に乗り過ぎてしまった。
でも、あれほど綺麗に見れる場所なんてないのでそれも仕方が無いだろう。
「今日もいい天気だなぁ。これは、もう行くしかないよね」
上を見上げると、空は雲一つないほど、澄み渡っている。
僕は、母さんの小言を覚悟で今日も星を見に行くことに決めた。
いつものように、歴史を積み重ねたレンガ造りの門を越えると見慣れた校舎が見えてきた。
そして、ぼっーとしながらそのまま歩いていると、駆けるような音とともに大きな衝撃を背中に受けて驚かされる。
「よう弦月!相変わらず眠そうだな」
「うわっ!…………なんだ、太一か。びっくりさせないでよ」
一瞬響いた大きな声に、近くの女生徒達がこちらを見てきて少し恥ずかしくなる。
でも、当の本人は全く気にしていないようで、朗らかな笑顔をただただ浮かべていた。
「ははっ悪い。隙だらけの背中を見るとついな」
「君、実は暗殺者か何かなの?」
「死にたくなかったら金を寄こせ!」
「いや、それだとちょっと違う気がするけど」
アホみたいなことを話しながら友達と歩く。
既に、周りの関心は無くなっているようだった。
「しかし、同じ敷地にいるのに男女の校舎が別ってのはほんとひどいよなー」
「そう?」
「はぁ。もう少しがっつけよ!俺達の青春が奪われてるんだぜ?」
「うーん。でも、女の子と何話していいかわからないし僕は別にいいかな」
「かーっ!このむっつりめ。どうせ、ご自慢の望遠鏡で女子を覗いてるんだろ」
「いやいや!してないからね?変な噂がたつからやめてよ」
再び、関心が集まってしまったようだ。しかも、ヒソヒソとした様子で何やら話し合っているようにも見え、焦る。
完全に冤罪だ。神に誓ってそんなことをしたことは一度も無い。
「おや~。その焦りっぷりは黒ですかな」
「真っ白だよ!!」
「あははっ、冗談だって。お前は絶対そういうことしなさそうだもんな」
「はぁ、勘弁してよね」
ため息をつき、昇降口で靴を脱ぐ。
「けど、カグヤ姫とまでは言わないけど可愛い彼女が欲しいぜ」
「カグヤ姫?ああ、兎沢さんのこと?」
「ああ。さすがに、あそこまでいくと高嶺の花過ぎるしな」
もちろん、話したことなんてない。だけど、その名前は僕でも知っているほどに有名だった。
兎沢 朝妃、誰が呼び始めたかは知らないが、兎と妃のイメージからカグヤ姫と呼ばれているらしい。
「しかし、性格良くて、美人で、その上金持ちなんだろ?そんなん、俺じゃ無理だわ」
「ははっ、確かにね」
噂だけはいろいろと聞く。
それに、遠目に見たことだけはあるが、とても綺麗な人だったような気もする。
すごく朧げな記憶だけど。
「そういや、ほんとに今日来ないのか?せっかく他校の女子とセッティングできたのに」
「誘ってくれたのにごめん。でも、僕はいいよ、あんまり、そういうの得意じゃないから」
太一は、人付き合いが上手いし、交友関係も広い。
まるで、僕とは真逆の性格だけど、何故か馬が合い、なんだかんだ中学の頃から仲良くしている。
「ふーん。まっ、いいけどさ。星ばっか追いかけるのも大概にしとけよ?」
「うん。気を付けるよ」
「はいはい。どうせ、そういっても聞かないくせに」
「ははは、ごめん」
彼のように生きられたら楽しいだろうなとは思う。
だけど、そんなに器用には生きられないし、狭い世界でコツコツと何かをやる方が性に合っている。
人は成長するにつれ、自分というものを理解し、幅を決め、定義をつけていく生き物だ。
友達とたまに遊んで、好きな星を見て、ほどほどの人生を歩む。
きっと、これが僕にとって身の丈に合った生活なのだろうと、何となく思った。
★★★★★★
夜、荷物を持って丘を登る。
一か月前、偶然近くを通った時にここを見つけ、絶好の場所であることがわかってからは晴れた日は毎日ここに来ていた。
「もうすぐ、夏か」
高校二年生を迎えて既に二ヶ月ほどが経ち、初夏の暑さが感じられる。
夜はまだ涼しいが、荷物が重いこともあって、歩いているだけで汗が滲んできた。
「家が近くて良かったな。自転車じゃ運べないし」
お小遣いとお年玉を貯めようやく手に入れた望遠鏡を傷つけないよう、気をつけて運ぶ。
そして、そのまま木々を通り抜けていき、しばらくすると視界が大きく開ける場所に出た。
ここは、少し離れた場所に大きな家はあるが、それ以外には一切何もなく、星達の輝きがこれ以上無いほどにとてもよく見える。
「ほんとに、綺麗だな」
吸い込まれるような深い夜の空に、煌めく宝石が散りばめられている。
それに、微かに響く虫達の声、時折吹く柔らかな風、それらが合わさってとても気持ちがよかった。
「ずっと見ていられるかも」
レジャーシートを広げて横になりながら望遠鏡は使わずにただただ空を眺める。
光り方はそれぞれ違うし、季節によってもその見せ方を変えるので、毎日来ても飽きることなど一度も無かった。
「まぁ、無理だよね」
手の平を掲げ、星を握り込むように丸めるが、当然それは空を切る。
昔は、いつか、大きくなって背が伸びていけば掴めるものだと思っていた。
だけど、今はそんなことはできないと知っている。近くにあるようで、そうではないことを理解しているから。
「やっぱり、遠いな」
そして、そんなことを考えているうちに僕の意識はゆっくりと静かに沈んでいった。
★★★★★★
「――――――――」
誰かの声がする。
「――――――い!」
知らない声だ。だけど、聞いているだけで安らぐような、綺麗な声だった。
「―――――さい!」
少しずつ、意識が浮かんでいく。徐々に、声がはっきりと聞こえ始め、形を捉えていく。
「起きてください!!」
そして、とりわけ大きな声が響いて、ようやく僕は目を開けた。
「ああ、よかった。もう少しで救急車を呼ぶところでした」
そこには、一人の見慣れぬ女性がいた。だけど、どこかで、見たことがあるような気がする。
「あの、大丈夫ですか?」
心配気な様子でこちらをじっと見つめる淡い水色の瞳がとても綺麗だ…………………っていや、何か返さないと!
「あの?」
「あ、は、はい!すいません」
咄嗟に謝罪の声を出すと、相手は安堵したように優しい笑顔を見せる。
そして、僕は焦りながらも周りを見渡し、自分が寝てしまっていたことに気づいた。
「本当に、すいません。ご迷惑をおかけしたみたいで」
「いいんですよ。何事も無かったなら」
「ありがとうございます。ところで、貴方は?あ、僕は東堂 弦月と言います。そこの奏楽院高校の二年生です」
「え?」
「……あの、何か?」
「あ、いえ。実は、私もそこに通っているんです。歳も同じですし」
彼女はとても驚いたようにそう言う。確かに、ここらへんのエリアは高校も多いし、偶然同じというのはそれなりの確率なのかもしれない。
「それは、奇遇ですね」
「ええ、ほんとに。あ!そうだ。申し遅れました。私の名前は、兎沢 朝妃。同じ高校の女子部の生徒ですよ」
「え!?」
衝撃的な名前に、忘れかけていた記憶が蘇ってくる。
通りで見たことがある気がするわけだ。まさか、こんな形で初めて会話することになるとは夢にも思ってなかったけど。
「どうしました?」
「いや、なんでもないです。ごめんなさい」
「なら、いいんですが」
「あー、そういえば、兎沢さんはどうしてこんなところに?」
ここは完全に道から外れているし、通る人も全くいない。
偶然見つけられるような場所ではないはずなのだが。
「実は、私の家がすぐそこなんです。それで、寝ようと思った時、ふと人が倒れていることに気づいて、体調が悪いのかと」
言われて気づく。確かに、事情を知らなければ人が倒れているように見えてもおかしく無いだろう。
正直、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい。
「本当にすいません!迷惑かけちゃって」
「いえいえ、何も無かったならそれでいいんですよ。気にしないでください」
彼女はとてもいい人なのかもしれない。
優しい笑みに照れくさくなって、目を逸らしながらそんなことを思った。
「ちなみに、家ってのは、あの一軒だけ建ってる立派なお屋敷のことですか?」
「まぁ、そうなりますね」
しばらくの沈黙。話せるような話題もなく咄嗟にそんなことを聞くと若干苦笑しながら彼女は答えた。
ここらへんには一つしか家が無い。
どんな人が住んでいるんだろうとはずっと思っていたが、彼女が住んでいると聞くと不思議な納得感がある。
「東堂さんは、星を見に来たとかですか?」
「これ見たらわかりますよね。はい、そうです」
彼女は、三脚で立てられた空に向いた望遠鏡を横目で見た後、こちらにそう問いかけてくる。
まぁ、それ以外に使うようなものでもないので、さすがにわかるだろう。
「それは、良いご趣味ですね」
「あ、ありがとうございます…………兎沢さんもそういったことに興味があるんですか?」
今まであまりされたことが無かった反応に少し戸惑う。
それに、つい目があってしまったことで顔が熱くなるのがわかった。
「興味はありますね。実は、父の趣味がそうでして、ちょうど私も知ってみようかなと思っていたところなんです」
「そうなんですか?仲がいいんですね」
「はは、そういうわけでもないんですけど」
もしかしたら、僕のその言葉は失言だったのかもしれない。
彼女は、複雑さを感じさせるような表情を見せ、そして、最後に苦いような顔で弱々しく笑った。
「あの、すいません。なんか、余計なことを言っちゃったみたいで」
「いいえ。大丈夫です」
こういうとき、何と言って取り繕えばいいのかわからずにそんなことしか言えない自分に無力さを感じる。
太一のように、人付き合いが得意な人だったら、たぶんもっと上手くできるだろうに。
「あー、じゃあ、もう遅いですし。そろそろ帰ることにします。本当に、ご迷惑をおかけしました」
「確かに、そうですね。どうか、お気を付けて」
「ありがとうございます。それでは」
「はい」
恐らく、再び会うことは無いだろう。
お互い、またという言葉は使わずに別れ、そして僕はそのまま何事も無く家に帰った。
これから、関わりを持ち始めるようになるなんて、この時はまだ知らなかったから。




