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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅳ 流火月編
75/76

Act.72

<Act.72 7/20(火) 22:00 新月>


【仄宮秋流】


 そこに立っていたのは、あまりにも『同質』というべき双子だった。その容姿以上に、所作、視線の配り方、細部に至るまでが同一人物ミラーであるかのような錯覚。

 似ている、という次元の話ではない。たとえ遺伝子を同じくしていたとして、それだけでは説明のつかない気味の悪さを否応なしに与えてくる存在。

 識別とは、差異を認める行程プロセスのことだ。“違い”があって初めて、人間は他者を認識し得る。しかし彼らにとって飯綱天日と白夜という名は、おそらくは『二個体在る』という事実以上のことを指し示してはいまい。どちらが天日でどちらが白夜か、その識別は無意味極まる――――そんな印象だった。

「……話に聞く以上にそっくりさんだな、ええ? 双子とかじゃなくて複製体クローンつったほうが正しいんじゃねェの、お前ら」

「我々が何であるかなど関係がありません」「無駄ですが忠告しましょう。即刻立ち去りなさい」

「静桐を返せ……ッ!」

 表情筋の有無を疑うほどに彼らの顔は何も変化しなかった。闖入者に対する咎めもいらつきも動揺も、かけらも見せることはなくただ事実を淡々と述べているだけといった彼らの風情に、鈴谷は今にも噛みつかんばかりの声音で吠え立てる。

 予想はしていたが、しかしそれ以上の剣幕だった。囚われ人となった熊野を見れば彼の薄氷の上の理性など秒と持つまいとは考えていたが、それにしても鈴谷のこの溢れる殺意は、少々手綱を握るには厳しいものがある。

「(……もう少し冷静な人間だと思ってたンだがな、鈴谷)」

 いやだがそれも、熊野静桐という彼にとっての“日常”があったからこその賜物だろう。いわば今までのそれこそが薄氷。どうしようもなく他者に依存し、己で守ることも直すこともかなわぬ薄氷の仮面、それが彼の今までの姿だった。

 しかしそれはどうでもいい。私にとって肝心なのは、『今ここで彼が暴れるのを抑えながら飯綱双子と戦うのは不可能』であるということ。

 飯綱双子の膂力がどれほどのものであるかももちろん不透明だ。それが不安というのもある。しかしそれ以上に、私の本能が鈴谷抹巴という存在に対する警鐘をうるさいほどに鳴らしていた。

 鈴谷抹巴と戦ったことはないから、彼の実力を正確に測ることは私にはできない。だがそれでも“あの”飛龍伊織が相棒とし、“あの”扶桑朧が先輩と仰ぐその彼を、取るに足らないと判断することは私にはできなかった。そして何よりも、今この場で彼が放つあらん限りの殺意という殺意が、最大限の評価というものを私に強いているのだ。


 ――――激情のような殺意。鈴谷抹巴というたった一個人から放たれるそれは、向けられていないはずの私にさえ突き刺さるほど鮮明で、かつどす黒い色をしていた。

 まともに飲み込んでしまえば息さえ詰まってしまいそうなほどに濃密で、憤怒はさながら稲妻のように静寂を駆け抜ける。どうやら彼の得物らしい、その身長にさえ届く大太刀にかけられた手は今か今かと抜刀の時を待ち望んでいた。

 しかしそれを向けられてなお、飯綱双子の顔はぴくりとも動かない。


「また貴方か」「懲りないものですね」

 あくまで淡々。まるでつまらない書類でも捌いているかのように、そこには微風程度の揺らぎも感じられない。

「――――ッ、」

 それに対して鈴谷は、なおさら怒りを募らせるばかりだ。これは、非常に、まずい。

 どうする? 鈴谷を止めながらでも飯綱双子と戦うか? 彼我の実力差が不明な以上それは無謀にも等しい、だがかといって鈴谷を野放しにすれば双子を殺しかねない。それにただの一般人である熊野は、果たして戦闘に巻き込まれて無事でいられるのか?

 思考が回転する。右手に握る飛燕の切っ先が揺らいで、とにかく止めねばと口を開いた瞬間。


「――――鈴谷抹巴、君にとって大事なのはあの双子を殺すことか? それとも熊野静桐を助けることか?」

 ハルトの声が張り詰めた空気の中を凛と冴え渡る。投げかけられたそれに、彼の左隣で我を失いかけていた鈴谷ははっとし、大太刀の柄を握る手を僅かに緩ませた。

「二兎を追う者は一兎をも得ず――――この国の言葉だろう。かわいい兎を喪いたくなければ、さっさと外に連れ出せ」


 瞬間、満ちていた殺意が嘘のように霧散した。ハルトがぱちんと指を一つ鳴らせば、怯えた様子の熊野の地面に夜を塗り固めたような穴が開き、彼女はそこに落下する。

「え、わ、ちょ、」

「静ッ、」

「慌てるな。彼女はここさ」

 二人分の声が響く。その直後、私たちの目の前に同じような穴が開き、熊野静桐がにょきりと現れた。いきなりわけのわからないものによって移動(?)させられた熊野は、今までの呆けた表情から一転、目を白黒させて周りを見回していた。

「静桐ッ! 無事か? 何かされてはいないか……?」

「う、うん、大丈夫。傷つけられては、いないわ」

 熊野に食いかかるようにその無事を確認する鈴谷には、少なくとも先ほどのような全方位に向けて放たれる殺意などというものは感じられなかった。私は内心で胸を撫で下ろしつつも、

「……お前、そんなことできんならもっと前から使えよ」

「時と場所を選ぶのさ。特に今日は新月だからな」

 ジト目で見上げるものの、しかし飄々と返すハルトのそれは大した機転だったことには間違いない。鈴谷抹巴は熊野静桐がいないと暴走する。であるならばその二人をセットにしてしまうのが一番早い。彼らを逃がし、あとは飯綱双子を私たちが相手にすれば万事解決。立ち位置――私たちと熊野の間には双子が立っている――的に私や鈴谷ではこうして熊野を奪還することは至難の業で、影を自由自在に扱えるハルトがいたからこそ成し得たことだった。

 熊野の手足を縛める縄を鈴谷が解き終えたのを確認すれば、ハルトはもう一つ「ぱちん」と指を鳴らす。今度は二人分の穴が開き、鈴谷と熊野の姿がそこに飲み込まれる。

 その瞬間。


 ――――――――カァンッ!!


 二つ分の甲高い金属音が耳朶を打つ。高く高く響いたそれは刹那の間隙を尾を引いて鳴り渡り、朔の暗闇の中で感情を窺わせない瞳が中空から私たちを見下ろした。

 僅かな光が輪郭を象るのは、私たちに向けて振り下ろされた二振りの、薙刀。

 鬩ぐ音を残して振り払えば、彼らはくるくると宙を舞って離れたところに着地する。


「どうやら一筋縄ではいかないようですね」「野蛮な割に、度し難い」

「ッ……尊い血筋の割に、やることァ大して私らと変わんねェじゃねェか。笑わせんな」

 鈴谷と熊野を送った穴が閉じようとした瞬間、彼らが不意に刃を抜いてきたのだった。明瞭でない視界の中、明確な殺意すら向けられていない中でしかと刃を受け止めることができたのは、ひとえに今までに培ってきた戦闘経験のおかげだった。

 口では言うものの、しかし背を伝う冷や汗の感覚だけはごまかしようがない。それはハルトも同じなのか、手にしたサーベルで彼らの刃を打ち払ったその瞳にも僅かに揺らぎの色があるのを見て取れた。

 急ぎ脳内で情報を修正する。鈴谷のインパクトに当てられて更新が遅くなっていたが、しかし、――――飯綱双子は、それと同じか、それ以上に強敵だ。

 鈴谷は一人。彼らは二人。単純な話だ。使える手が二倍になれば、使える得物の量も二倍になる。即ちそれは彼らの力が四倍にも八倍にも膨れ上がるという証左で。

「だが、俺たちも二人だ。二人一組で戦うのは、何も双子や兄妹だけの特権というわけではあるまい」

 私の思考を読み取ったかのようなハルトの発言に、強張っていた頬から力が抜ける。そうだ、あまりにも当たり前すぎて、ついつい失念していた。たとえ同質でなくとも、否、何から何まで異質な私とハルトだからこそ――――成し得ることもあると。

 飛燕を構える。サーベルを構える。得物も構えも種族さえ違えど、しかしここに思考は共通している。


「お前らをこの先に行かすわけにはいかねェ」

「なんたって、それが仕事だからな。俺たちの」


 対して、双子は相も変わらず能面のような顔で呟く。

 よく通る声は、まるで一人の人間が紡いでるかのように滑らかだった。


「よろしい。我ら獅凰院一族が分家、飯綱天日と白夜」「楯突くというのならば、打ち払って差し上げましょう」


 彼らが構えるは二振りの薙刀。小柄な体躯に似合わない長得物を、しかし彼らは重さなど感じないかのように振り回して見せた。

 構えるその姿はさながら双頭の獅子。獅子の一族に名を連ねるに相応しく、完璧に揃えられた動きからは彼らが本当に一つの生き物であるかのような錯覚さえ覚える。

 双方出方を探る一瞬の間。それを、私は見逃さなかった。

 左手に浮かべたままだった明かり代わりの紫炎――――それを握り潰し、間を置かず「ぱちんっ!」と一つ指を鳴らす。火花が落下するより速く、双子の目の前で爆ぜ散るのはそれよりもなお大きい紫色の光。


 轟ッ!!


 炸裂する閃光の中で、邂逅ののちの激闘は加速する。

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