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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅳ 流火月編
73/76

Act.70

<Act.70 7/18(日) 18:00>


【仄宮秋流】


「役者は揃いつつある。熊野を狙う奴のことも、それを野次馬しにきた奴のことも、少しは見えてきた。――――だがどうしても、『どうして熊野でなければならないのか』が分からねェ」


 コンテナ場からの帰り際、飛龍・扶桑の二人と別れた後、私とハルトは遥のもとへと向かっていた。大通りの中を人波が流れ、それらに逆らうことなく足取りは穏やかだった。

 だがこちらの心境と言えば決して芳しくはない。雑踏の中を歩きながらまるで世間話でもするかのように交わされるのは、先ほど飛龍たちから得た情報の一切――――そしてどうしても氷解しない、ただ一つの疑問だった。

「獅凰院分家・飯綱家は熊野静桐を狙っている。鳳凰院家皇太子は獅凰院家の相続問題の決着を見届けに来た。つまり飯綱家は、当主不在の本家に代わり、自らが本家になろうとしている……とまでは、わかるが」

「そうだ。そこで何故熊野静桐が狙われるのか、それを説明できる要素がない」

 私たちが頭を悩ませているのは、まさしくその点だった。

 獅凰院家の分家である飯綱家は、主家が途絶えた時それを受け継ぐ役目がある。だから彼らが、そのために行動を起こすことは理解ができる。

 また鳳凰院家が介入してくるのも、御三家を束ねる一つ目の家として、その結末を見届ける義務があるからだと考えることができる。

 だが、『獅凰院家を継承したい飯綱家が、何故ただの一般人であるはずの熊野静桐を狙うのか』。その理由だけが、どうしても思いつかないのだ。いわば、熊野静桐が狙われる必然性が見出せない。

「片っ端から挙げてみよう。一、過去に獅凰院家と関わりがあった」

「無い。その程度で継承権問題なんてモンに巻き込まれるわけがねェし、そもそも皇族と関わりがあるなんてよほどの上級身分でもないとありえねェ」

「二、重巡『熊野』関連」

「無い。数多ある船の中のたった一隻に過ぎない『熊野』が、継承権に関わる理由が見当たらねェ」

「三、人違い」

「有る。アイツにとっちゃ、そして何よりも私らにとっちゃ傍迷惑な話だが、そっちのがよっぽど筋が通る。通す筋がねェけど」

「四、たまたま。偶然」

「無い。仮にも一国の主がそんな適当で動くもんかよ。偶然にしろ、その偶然を引き寄せた理由が必ずあるはずだ」

「五、俺たちが知らない、そもそも本人さえ知らない出自の秘密がある」

「……一番それっぽいんだよなァ」

「他の理由があるにしろ、皆目見当がつかない以上その想定で動くしかなさそうだな。本人さえ知らないものを、どう裏付けるんだという話ではあるが」

 嘆息を零せば、意図せずハルトのそれとタイミングが被る。彼は彼で、手がかりの少なすぎるこの現状に堪え切れない思いがあるらしい。

 ただまあ、望みがないわけではない。たった一つの希望ではあるが、それが現状最も確度が高い。新宿の一切合切を知るあの食えない女――――遥にならば、おそらく調べることは可能だろう。

 私たちが知り得ないことを彼女は知り得る。だがしかし、彼女でさえも知り得なければその時は――――まあ、その時だ。

 カツン、と一つを残して足音が止まる。私たちが立ち止まったのはある高層ビルの前で、そこは遥の根城ではなかった。アイツの住む場所は憂雲亭の裏である。

 では何故こんな場所に来たかと言えば、まずは本人に話を聞こうと思ったからである。依頼主である鈴谷のほうと情報の共有を済ませたいというのもあるし、飛龍と扶桑からあんな話を受けてしまった手前、様子を見に来たという側面も確かにあった。甘くなったなという思いを密かに抱きつつ、しかしそれくらいで金がもらえるならば安いものだと考える自分もいる。

 中に入り、オートロックを解除してエレベーターで上を目指す。仕事を受けるにあたり、いつでも出入りできるようにとあらかじめ遥から居場所を教えてもらっていたため、特に手間取ることもなくスムーズである。

 チン、という軽い音がして十二階でエレベーターが停止する。静かにドアが開き、――――そして、異変に気付く。

「……秋流」

「……ああ」

 声を潜める。神経を尖らせる。マンションの廊下に決してありようもない痕跡の数々――鋭い傷、凹み、血痕――に、募りゆく不安と焦燥を必死に宥めながらも思考を巡らせる。

 つん、と血の匂いが薄く鼻を衝く。周りには私とハルト以外の気配はないが、一応の警戒は怠らない。顔を顰め、扇子を握る右手に力を込めながらも静かに二人の部屋へと向かう。

 扉の前、特に周りに敵影がないことを確認する。ハルトと目線を合わせ、一拍を置いた後――――勢い良く、扉を開ける。


「……う」

 噎せ返るほどの血臭。玄関には、全身から血を流して倒れる鈴谷抹巴の姿があった。

 廊下の奥に視線を転じる。しかしそこに熊野静桐の姿形は一つたりともなく――――彼女が攫われたのだ、という事実だけがそこには残っていた。


 ***


 部屋の中は、悲惨な様子を呈していた。それなりに高級と思しき家具は片っ端から刀傷を受け、壁紙には一刀両断したかのような深い傷が横に走っていた。べろん、と捲れたクリーム色の壁紙が哀愁を漂わせている。

「――――ひとまず、できる手当は全て終えた。とはいえあくまでも応急処置、しばらくは動かない方がいい」

 ぱたん、とハルトが救急箱の蓋を閉める。ベッドに横たわるのは、体のあちこちに刀傷らしきものを残した鈴谷抹巴だ。致命ではなかったものの、しかしその負傷は依然、深い。

 しかしそんなもの些細だと思われるほど深刻だったのは、何よりも彼の憔悴ぶりだった。黒瞳はまるで半身を奪われかのように虚ろに開かれ、現実に焦点を合わせているかさえも定かではない。私やハルトが体に触れようと身動ぎさえしない、じくじくとその身を苛んでいるであろう傷に触れた時も呻き声一つさえあげなかったのは、単純に我慢強いというわけでは決してあるまい。

「思った以上にコイツの依存は深かったってこった。しかし、当人がこんな状況じゃあ、話を聞くどころじゃねェな……」

 参った。彼らは何者か――おそらくは飯綱天日ないしは白夜――によって襲撃され、熊野静桐が攫われた。そこまでは状況で理解できたが、彼らが何処へ逃げたのか、会話があったのなら何を話したのか、それらがわからなければこれからの行動を決めようがない。

 彼女の護衛は、仕事として預かっていたわけではない。私たちが動く必然性は、だから別にないといえばない。しかし依頼主がこんな状況であるのに、それを放置して遥のところへ向かうというのも、なかなか考えにくい話だった。

「彼が件の鈴谷抹巴か、なかなか好い顔をしているものだ。まあ、整えればの話だが……秋流、遥への連絡は?」

「済ませたよ。店を畳んだら来るそうだ。一応、飛龍にも一報を入れてある。……しかし、これでまたやることが増えたな……」

「というと?」

「言わなくても分かるだろ。――――熊野静桐を、奪還する。そうしない限り鈴谷これも元には戻らねェ。元に戻らなきゃ、もらえる金ももらえやしねェ」

 私がベッドの傍に椅子を引き寄せ、そこに腰掛けながらごく自然にそれらを口にすると、私の傍に寄ってきたハルトは少し目を見開いてからふっと表情を緩める。

「……やはりお前は変わったよ、秋流。以前なら『そんなのほっとけ』とでも言っていたようなお前が、そうすんなり人の厄介事に首を突っ込む気になるとは」

「変わっちゃいねェよ。今も昔も、動機は結局金だ。ビジネスさ。やらなきゃいけないならやるだけ。例え相手が皇族の末端だろうと、な。……コイツには、成績の恩義もあることだし」

「化学は苦手だからな、お前は」

 うるせェ、と軽くその腹を小突けば、ベッドの上の鈴谷がごくごく小さな声で「しずき」と零したのを耳朶が拾い上げた。視線を転じればようやくその黒瞳が焦点を結び、錆びた絡繰のような動作で首を動かしてこちらを見やる。

「づッ……俺は、一体……」

「あー、動くな動くな。鈴谷、そのままでいいから話せ。一体何があった」

「なに、が……」

 掠れた声が詰まり、そしてまた視線が空を彷徨う。それはさながら親を探す子供のように頼りなく、不安に満ちたものだった。

「――――静桐ッ!! 静桐はッ!!」

「ッ、おいッ!」

 思い出したらしい鈴谷の体が跳ね起き、慌ててハルトがそれを取り抑える。抑えなければそのままベッドを飛び出し、今にも玄関へと走っていきそうだったからだ。

 それほどまでに、彼の形相は異常と恐慌を来していた。

「落ち着けよ鈴谷、なんつっても、聞いてくれるような状態じゃねェな……!」

「あまり怪我人に手荒な真似はしたくないのだがね。仕方ないか」

 逡巡した私を追い越すように、ハルトは抑えつける手を片方だけ離し、拳を握り込む。おい待て、と私が声を挙げようとし、錯乱した鈴谷の手がハルトの襟首にかかりかけたその瞬間、


 ガッ!


「……お前ってやつは」

「手加減はしたさ。拳加減かな?」

 呆れる私、そして飄々と抜かすハルトを前に、しかし効果は抜群だったのか鈴谷は暴れることをやめ、我を取り戻したようだった。

 狂乱が鳴りを潜め、普段その黒瞳に宿る理知的な光が少しでも戻ったことに無意識に胸をなでおろしつつ、私は改めて椅子に座り直す。ハルトも鈴谷の上から退き、ベッドの縁に腰掛ける。

「仄宮と……お前は……」

「ああ、顔を合わせるのは初めてだったな、依頼人。俺はベルンハルト、『請負人・仄宮秋流』の相棒というやつさ。殴ったのはまあ、不可抗力ということで許してくれ。俺としても綺麗な顔を傷付けるのは不本意だったものでね」

 嘘つけ、躊躇なしにやってたじゃねェかお前。

 彼の冗談(?)も私のジト目も意に介すことはなく、いくらか理性を取り戻した鈴谷は「静桐は」と小さく口火を切る。

「静桐は……攫われた。ほかでもない、……飯綱天日と飯綱白夜によって」

 声音に悔恨が滲む。必死に抵抗したが、それも叶わなかったということはこの部屋の惨状と、何より彼の負傷具合を見れば十分に理解ができる。

「そいつらも強硬手段にでたってワケか。実際にそいつらのツラを見たアンタが言うんだから、人違いってわけでもなさそうだな。行き先に心当たりは?」

 鈴谷は無言で首を振る。玄関で倒れていたことから、彼らの逃亡先を見届けるまで意識が持っていたかどうかは怪しいと踏んでいたから、あながち期待外れというわけでもない。

「となると、奪還を試みるのは難しくならないか? まずは潜伏場所の検討だけでもつけない限りは」

「おいおい、お前が唆しといて忘れたのかよ? ハルト。それっぽい場所なら、あるだろうが」

 にや、と口の端を歪めて視線をやれば、彼は一瞬ぱちりと目を瞬かせたものの、直後には得心いったという風に笑みを深めた。

 話が分からない鈴谷は、依然不安そうな面持ちで私を見つめている。


「――――歌舞伎町周辺、茨衆と明石機関が鎬を削る境界地帯。熊野静桐はおそらく、そこにいる」


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