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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅲ 鳴雷月編
59/76

Act.56

<Act.56 6/6(日) 14:15>


【二宮灰】


 ――――仄宮さんの真っ直ぐな後ろ姿が見る間に遠ざかり、やがて消えていった。

 そして残るのは、僕とキオのたった二人のみ。

 あの時隣にいた扶桑くんは今はいない。だから一人でなんとかするしかなかったし――――端から、今だけは誰かに頼るつもりもなかった。

 だって彼は、僕の弟だったから。


「色々聞きたそうな顔をしてるね、兄貴。でもそれは俺も一緒」

 まさか兄貴がここにいるなんて、まるで思いもしなかった。


 ――――いてほしくなどなかった。そんな口ぶりだった。

「……キオ、教えてくれないか。お前は、一体何がしたかったんだ?」

 静かに問い質す。そうすれば彼は、いつもと変わらない茫洋とした――――しかしその中にある種異様な光を湛えながら口を開いた。

「降霊、そして受肉を。俺は、俺の運命のひとのために今回のことを仕組んだ」

 運命の人。

 あかいほのお。

 それは果たして――――あの行方不明の後、幼い彼が呟いた言葉ではなかったか。

 聞いたことがある。神や天狗や鬼といった存在が、気に入った子供をあちらの世界に連れて行ってしまうことがあり、それを俗に『神隠し』と呼ぶのだ、と。

 神隠しの大半は拉致や誘拐といった人為的な事件だ。だが、ごく稀に「まるで超常のものが攫ったとしか思えない」事例もある。

 僕の弟がそうだった。彼は他でもない僕がその手を握っていたというのに、気付いた時には消えていたのだ。雲が融けて消えるように、そこには気配すらも残ってはいなかった。

 ――――そしてその三日後、彼は同じ神社の境内で佇んでいたところを発見されたのだ。

「兄貴は、神様を信じる?」

 投げかけられた問い。僕が凡人であったならば微妙な顔をしていたことだろう。

 だが今は、いや凡人だったとしても、僕はこう答えただろう。

「……信じるさ。ほかでもない、お前が『居る』というのなら」

 彼は、話すのが得意ではなかった。生来口数の少ない方のようで、両親の再婚によって僕らが兄弟になった時には、既に彼のその人格は固まっていたように思える。

 僕は彼の兄になりたかった。血は半分しか繋がっていないし、生まれた時から彼の傍にいたわけでもない。けれどせっかく結ばれた縁なのだから――――せっかく結ばれた兄弟という絆なのだから、僕は大切にしたかったのだ。


「僕はお前の“兄貴”だから。“弟”が『居る』というのなら、僕はそれを信じるよ」

 そう言って笑えば、彼はくしゃりと顔を歪めた。


「……兄貴は、なんでいるの。今日に限って」

 去年までも、他の行事も、来たことなんてなかったじゃないか。

 そう非難するような――――否、紛うことなく非難の視線を僕に向けながら、彼はそう告げた。

 どうしてよりによって、今日この日に――――そんな彼の声が聞こえた気がした。

「お前の行事に、僕はほとんど参加してこれたことなんてなかったから。……どうしても、今日は来たかったんだ」

 申し訳ないと思っていた。高校生の頃に僕はモデルを始めて、自分でも驚くほどにとんとん拍子で人気になって――――反比例するように、家族で過ごす時間は少なくなっていった。

 そんな僕に対してキオはどんな思いを抱いていたのか、

「兄貴はいつもそうだ。俺のことを振り返ろうともしない、いつだって先を行って……あんたの背中を見る俺がどんな気持ちだったか、知らないだろう……ッ」

 彼はその内にため込んでいたものを吐き出すように告げた。その表情は今にも泣きだしてしまいそうにも見えて、思わず近づこうとすればつと上げた射抜くような視線に縫い留められてしまう。

「芸能界に入ったのだってそうだ。元々人前に立つことなんて慣れてないくせに、虚勢張ってまで……あんたのいるところが眩しすぎて、見失いそうで、……あんたは!」

 縫い留められた僕の足の代わりに、キオはつかつかと僕に迫り、そして僕の胸倉を必死に掴み上げた。

 僕とキオでは頭半分ほど高さが違う。彼が向けたその瞳の中に、……僕はまるで迷子になったような不安を見つけてしまった。

 虚を衝かれた。言い返せなかった。僕は、彼を守りたいと願うばかりに、彼に途方もない寂しさを感じさせてしまっていたのだと、ようやくこの時気付いた。

 彼の目は、大人に置いて行かれた子供そのものだったのだ。

「ごめん、……ごめんなキオ。僕はお前のことをわかってやれてなかった」

 だからかもしれない。だから、彼は今回のことを企んだのかもしれない。

 僕がもし彼に歩幅を合わせてやれていたら――――今回のことを起こそうなどと、神に心を囚われなど、しなかったかもしれない。

 今更考えたところで遅い悔恨に歯噛みしながらも、僕は彼のことを抱きしめる。

「でも、……でもな、キオ。誰かを犠牲にすることだけは、間違ってる」

 僕の言葉に、彼は静かに体を強張らせた。僕を突っぱねようとする彼をそれでも離さず、僕は言い聞かせるように彼に伝える。


「神様を慕うのも、願いを叶えるのも別にいい。でも、誰かの命を代償にして叶えるのだけは、絶対に、だめだ」

 対して彼は。

「それでも俺は、やり遂げなきゃいけないんだ。俺はもう、そう決めてしまった」


 覚悟。

 彼はもう、それを済ませてしまっていた。

 このまま黙って引き下がれはしないと――――悟ったから、僕は静かに彼から距離を離した。

「分かった。――――お前がもう止まれないなら、僕が止める」

 それが、兄貴というものだから。

 虚空を切り裂いて深淵が顔を覗かせる。そこに手を伸ばせば、現れた鎌の柄が僕の手の中に収まり――――引き抜く。

 この時ばかりはこの死神の力――――龍凰院りゅうおういんの力を、僕は『八榛灰』として使う。燈夜に知られれば何か言われてしまうかもしれないが、そんなことは些細だ。


 兄が兄として、弟の暴挙を止めることができないなら――――力になんて、意味はない。

 少なくとも、僕にとってはそうだった。


 ずるりと現れた大鎌を油断なく構えれば、キオはとんとんと何歩か下がりながら懐からカードを取り出した。

 ラミネート加工されたトランプ程度の大きさのカード。それは、僕と扶桑くんが発見したあの悪魔の召喚陣のカードとそっくりだった。

 だから自然と理解した。彼が悪魔の召喚者であり、例の<レメゲトン>の持ち主なのである、と。

「兄貴、警告はしておくよ。俺が持ってるこれは、術式のガーディアンとして置いたものや、ましてや仄宮に仕掛けたような不完全体とは文字通り『位階レベルが違う』。俺の目的の副産物の結果生じたモノとはいえ、同じ悪魔の中でもその力は最高位トップレベルだ。それでも、兄貴は、諦めない?」

「お前が諦めないなら、僕も諦めない」

「――――――――そう」

 諦めたように瞳が伏せられる。僕が普通と異なる力を持つことに対して驚いた風情も見せず、彼はつとカードを持った手を前に差し出した。

 轟、と魔力が渦巻く。

「ソロモン王の小さな鍵の下に告ぐ。励起し、循環し、然して震撼せよ」

「――――ッ、」

 死という概念を濃縮したような風がたった一枚のカードから溢れだし、意志を持つうねりのように滞留する――――否、鎮座する。

 巨大な気配。彼の世そのものとも言うべき忌まわしい、深淵の臭いが瞬く間にこの場に立ち込め、顔を顰める僕とは裏腹にキオは眉一つすら動かさなかった。

 まるでその程度、心を動かすには到底足らぬとでも言うかのように。

 不意に理解した。だからだろう、彼が悪魔などという畏怖し忌避すべき存在を苦も無く招き寄せるなどという離れ業を可能としたのは。

 彼は既に、信仰すべき神を得ている。敬愛すべき異形を識っている。同時に、恐怖すべき存在を敬っている。彼にとっての「上位存在」とはたった一人だ。

 八榛キオにとって恐怖し崇拝すべき存在は、彼が愛する『朱い焔』のみなのだ。それ以外の何物も、彼にとっては畏怖するに足る存在ではない。等しく路傍の石ころであり、等しく自分と愛する人のために役立つ道具でしかない。ゆえに彼は悪魔を道具として扱うことができた。これ以上なく正確に、恐れから来る歪みも、尊びから来るブレも、一切の不確定要素を排除して極めて“正しい”召喚陣を組み上げることができた。

 これは<レメゲトン>を所持しているから可能である、というわけではないだろう。あくまでこれは彼自身の資質。仄宮さんの話では『<レメゲトン>の亜種では成功確率は低いが、現存するレプリカを手に入れることができれば召喚は可能』だそうだが、おそらく彼ほどのずば抜けて異様な精神がなければ、レプリカどころか原書があったところで満足な召喚は成し得まい。

 八榛キオは悪魔を崇拝対象とも恐怖対象とも捉えていない。ただ手に入ったから使う、その程度だ。おそらくは彼が仕組んだこの一連の出来事も、きっとそう。

「――――来れ、第六十四柱フラウロス」


 轟ッ!!


 毒の風が竜巻のように渦を巻き、次の瞬間炎となって猛り狂う。

 僕の知る炎とは異なる。“彼”の持つ、あの傲岸で不遜で誇り高い皇子が持つ炎ではない――――これは、ただただ純粋に破壊を志向するだけの嵐だ。

 僕はそんなものに畏れを抱きはしない。ただただ壊すだけなら子供でもできる。そこに確たる意志も核たる意思もないのなら、そんなものは僕が頭を垂れるに値しない。

 炎が天へと消える。代わりにその場に在ったのは、灼熱する肌を持った斑模様の豹だった。

 その姿は絶えず揺らめきを伴っていた。見るからに高温だろう肌の周囲は空気が蠢き、ともすればその毛皮の斑模様は火傷痕のようにも思えた。

「地獄の公爵、三十六軍団の長――――止めてみせてよ、兄貴」

 止められるものなら。

 そう告げた彼に、僕は「止めてみせるさ」と言い聞かせるように呟いた。


 ――――事態は巡る。新たな悪魔が到来し、結末は急転直下の軌跡を辿っていく。

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