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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅲ 鳴雷月編
57/76

Act.54

<Act.54 6/6(日) 13:30>


【仄宮秋流】


 ――――場所は変わって救護室。正確には、その扉の前である。

「(……、)」

 とにもかくにも八榛キオに会わねば話を始めることができない、と思い立って昼食後すぐここに来たわけだが、しかし今更のように気が重い。何が重いかと言えばもちろん、『ここには“あの”扶桑朧がいる』というその一点に尽きる。

 そもそも私は、できることならこういう場所でアイツと顔を合わせたくないのだ。裏社会の一員として活動している際ならいくらでも構わない、だが極めて日常的なこの場面において刀を抜くことは、あまりにも異彩を放ちすぎる。

 目立つことは本意ではない。さりとてアイツと私とで今更表面を取り繕った仲良しごっこなぞ望めるわけもなく、そんなことを試みようものなら一瞬で表情筋の限界が来ることは目に見えている。あとに残るのは戦場もかくやというばかりの破壊痕のみだろう。ゆえに、学校では私もアイツもお互いにお互いを避けていた。元々生徒と養護教諭、ようは私が不用意なケガをして保健室に行くようなことにならなければ良いだけの話だ。廊下ですれ違うくらいならば顔を顰めるだけで済む。

 と、思っていたのだが。

「……やっぱ、埒が明かねェ」

 このまままんじりと時間を無為にしているのを許容できるほど、今の状況は甘くないということを改めて思い出す。意を決して扉のノブに手をかけ、ゆっくりと回して戸を引き開ければ――――


「おう、怪我人か――――げぇッ! 仄宮オマエッ!」

「だから嫌だったんだ扶桑テメェンとこなんざ!」


 余人が見れば呆れ返ること請け合いの、我ながら酷過ぎる第一声だった。扶桑朧は苦虫を噛み潰したような顔の私を、驚愕の表情で不躾にも指差して後、今度は「ひひひひひ」と気色の悪い笑いを零し始めた。なんだコイツとうとう壊れたのかいや元々か。

「なにオマエ、怪我でもしたの? 擦り傷? 捻挫? 腐るほど斬り傷作っても懲りねーオマエがその程度で俺の世話になりに来たの? うわッヤベェちょーウケルー! 飛龍センパイに報告しよ」

「メールを打つなこのド腐れ野郎がッ! ぶち殺すぞテメェ……それに今日来たのは怪我の手当が目当てじゃねェ、早とちりすんなバーカ」

「はァ? 普通救護室ココに来ンのは怪我人病人だけなんですケドー。……で? じゃあナニ? ナニが目的なわけ?」

「八榛を探しにきたんだよ。いるんだろ? ここに」

 滔々と流れるような売り言葉と買い言葉のやりとりが、その名前を出した途端にぴたりと止まった。扶桑はぺらぺらと喧しかった口を閉じ、こちらからではカーテンの影に隠れて見えなかった人影の方に視線をやる。次いでその影がゆるりと動いてカーテンから出、

「八榛って、八榛キオのことかい?」

 現れた。俯きがちなせいで人相は良く見えないが、声と体つきからしてまあ大体扶桑と同じくらいかそれより上の男。背丈は大体ハルトと同じくらいか、隣に並ぶ扶桑よりも大きい。 

 そしてそれに私が返したのは、

「……アンタ誰」

 当然の疑問だった。そもそもこの学校の教員でもない、生徒でもない人間が出てくるのは不審にもほどがあるし、体育祭を見に来ている父兄の一人だと言われれば納得できるがそれでも私と扶桑の話に入ってくるのはやはり不自然極まりない。

 警戒もあらわな私の表情に、彼は慌てたように視線を彷徨わせ、……そして最終的に扶桑朧へと辿り着かせた。

 なんだろう、この、首を傾げるほどの自信の無さ。よりによって扶桑朧などという私にも劣らない最低最悪に懐いているところにも疑問を覚えざるを得ないが、しかしはて、垂れる前髪の隙間から僅かに覗くその顔に、元来知り合いの多くない私がひっかかりを抱くのも謎だった。

「仄宮」

 扶桑は脇の男から視線を寄越されてはあと一つ溜息をつき、次いで渋々といった表情で、私に向かって改めて口を開いた。

「とりあえず、オマエも中に入れ。そこにいられちゃ邪魔でしゃーねぇ。ああ、靴はちゃんと脱げよ」

 どうやら、あちらはあちらで話があるらしい。判断し、靴を脱いで脇の靴箱に突っ込み、彼らが消えたカーテンの奥へと私も入る。

 私が入ったことを確認すると、扶桑は外側から見えないよう手慣れた動作できっちりとカーテンを引き、病人用に横たえられている空の布団の傍に座り込んだ。どうやら今の時間は誰もいないようで、外の喧騒もどこか遠いものに思われた。

 扶桑、そしてもう一人の男にならい、私も座り込む。口火を切るのは、扶桑。

「こっちのお兄さんは八榛灰。八榛キオの兄貴だよ。で、こっちの口の減らねーヤツが仄宮秋流、弟さんの同級生」

「よろしく、仄宮さん……で、いいのかな」

 八榛兄の伏し目がちな笑みにああ、と返し、とりあえず求められた握手に応じる。

 なんとなく、見覚えがあるような……いや、しかしだがだとすればどこで、


 ――――あ。


「二宮灰?」

「えっなんで」

「そうなるよな」


 驚愕する八榛兄に対し、納得顔で扶桑が頷いている。いやほんとに二宮灰かよ。

 道理で見覚えがあるわけだ。ただ漫然と見ているだけの俳優や女優なら名前にまでは至らなかっただろう。少なからず好感を持っていたからこそ私のような流行に疎い人間でも気づけたわけで、それは逆に言うならば私より流行に敏い人間ならば一瞬で気付いて然るべき、ということだ。

 そのあたりを理解していないのか、この男変装らしい変装をしていない。コイツ、自分が超有名人だって自覚あるのか?

「な、なんか視線がいたい……いやそのっ、これはだね、本当は帽子を持っていたんだけど、戦闘の途中で帽子をなくして……ぁ」

「戦闘だと?」

「お兄さん、だから詰めが甘いつったんスよォ」

「あわわわわわ」

 ……、なんというか、私の中での『アイドル・二宮灰』という像がガラガラと崩れていく音がした。

 私はもともとそこまで夢見がちな方ではなく、どちらかというとまだ現実的な側だという自覚はある。ただそれでもテレビの中で動く俳優や女優、アイドルなんてものに対してはその言葉その通り『偶像アイドル』というイメージが先行する。これは彼ら出演側、ひいては制作側がそう意図している部分だろうから私たち受け手も無理なくそう受け止めるわけだ。

 『二宮灰』というのはそのへん、「モデル・アイドルそこに加えて俳優もマルチにこなす、ニヒルな笑みの似合うクール系」だと思っていた。器用にトークや歌もこなすし、特に彼のバラードは私もお気に入りだった。

 それが実際はどうだ。いや、アイドルや俳優だっていってみれば一般人と同じだ。「中身」など、ましてや「素」など実際こんなものなのかもしれない。なのかもしれないが、今までテレビの中の人間だった二宮灰が唐突に脈絡もなく現れ、しかも同級生の兄だなどといって自分からボロを出していくのだからなんともやり場がない。何を「やる」のか、と言われるとそれもまた困るのだが。

「そう微妙な顔してやンなよ仄宮。何かと詰めは甘いが、オマエに比べたらこのお兄さんのほうがよっぽどイイヤツだ。信用に値する」

「そいつァどうも。私よりイイヤツってこた、お前なんざよりも遥かにイイヤツってことだな。それならまあたしかに、信用できる。わかりやすくて助かるぜ」

 私と扶桑の間でばちばち、と見えない火花が散る。慌てていた八榛兄――――二宮灰は私と扶桑を交互に見、

「あの、君たちは一体どういう……」


「「天敵」」

「……あ、そう……」


 腹立たしくも重なった声に、彼はもう早くも突っ込むことを諦めたらしい。妥当だ。

 こほん、とわざとらしく扶桑が咳払いをする。そして口火を切り、

「そうだな、手っ取り早く話題を合わせるにゃ、今回はこう訊くのが一番だ。――――仄宮、今朝からこの学校にある違和感、分かるか?」

 違和感。それは絶えず私の感覚に訴え続けていたもので、きっとこれに気付いているのは私一人だろうと思い込んでいたものだった。

 それが、一人ではない。表情を見るに、扶桑だけでなく二宮灰のほうも該当者らしい。

 ――――ようやく、進むことができる。そんな安堵のようなものが心に零れるのが分かった。だがそれを二宮はともかく扶桑に見せるのは癪なので、努めて押し殺すようにしてのち、


「――――分かる。分かるからこそ今まで動いてきたし、分かるからこそ私は“八榛キオを探しに来た”」


 その意味。『この違和感と八榛キオは無関係ではない』と明言したも同然の私の言葉に、彼の兄だという二宮はその端正な面立ちを陰らせる。

「そう……か。僕の、弟が」

「……そこまで衝撃ってわけでもなさそうなんだな、お前」

 てっきり、実弟に疑いがかけられたのだから掴みかかられてもおかしくはないと思っていたのだが。どころか彼はある意味得心いったとでも言いたげな表情を零す。あるいは、それは一種の諦観か。

「思い当る節が、なくはないんだ。彼は、キオは昔から、僕には見えないものが見えていたようでね」


 語るに。

 兄弟が幼少の頃、八榛キオはいわゆる『神隠し』に遭ったのだという。

 寂れた神社で彼は忽然と姿を消し、八榛家は総出で彼を探したが見つからず、結局その三日後にふらりと戻ってきた。

 発見されたとき、彼は二宮にだけ聞こえるような声で言ったのだという。


『あかい、ほのお。――――うんめいのひと』

 あかい炎。運命の人。


 彼がその空白の三日間で何を見たのか、未だ知ることは叶っていないのだという。


「変だろ? まだ年端もいかない子が“運命の人”、だなんて。でもね、それ以降彼は上の空でいることが多くなって……もともとあまり表情の変わらない子だったけど、それに輪をかけてぼうっとしていることが多くなったんだ。まるで、魂をあちら側にとられてしまったかのような」

 あのリアクションの薄さは、確かに生来のものもあっただろう。しかしそこに加えてそんな過去、にわかには信じられない話だ。

 しかし私たちは各々形は違えどそういうものと向き合い、今この時も姿の見えない何かに囚われている状態だ。二宮もこんなところでヘタな嘘をつくような図太い性格には見えない、信じる以外の選択肢はなかった。

 二宮は自分で言った言葉を恐れるかのように一つ身震いしてから、テレビの中の飾った彼のものではない、おそらくそれが素なのだろう気弱な視線を私に投げかけ、

「――――弟を探すんだろう。仄宮さん、僕も一緒に連れて行ってはくれないか」

 気弱だ。柔弱といっても差し支えない。されどその奥には確たる核が、“心”が見えた気がして。

「……足手まといにはなってくれるなよ。何があるか、私にだってわかんねェんだ」

「その点は心配いらねーよ、このお兄さんの腕は俺が保証する。それに、俺はしばらくここから動けねーしな」

 あの扶桑が飛龍や鈴谷のことに関して以外で誰かの腕を褒めるなどなかったから、その評価は意外だった。何故お前は来ない、と視線で問いかければ、

「機関からの連絡を待ってる。まあ、俺らが掴んだことについちゃお兄さんから聞け。そろそろ救護室ここも人が来ておかしくねーし、これ以上空けとくわけにもいかねーしな」

 ほら、行った行った。

 そうして追い出されるままにぽかんとしていると、二宮の後ろから「これ被ってけ!」という追い声と共に帽子が飛来し、その頭へとすっぽり収まった。

「……、自由だな……」

「同感だ……」

 ふと零した感想に、彼はそう呟きながら帽子を被り直し、改めて「行こう」と前を向いた。

 ――――協力者を得、状況はいよいよ核心へと迫る。

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