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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅲ 鳴雷月編
56/76

Act.53

<Act.53 6/6(日) 12:30>


【仄宮秋流】


 体育祭も始まって半日。そして同時に、夏目の捜索を開始して半日が経過した。

 今まではイレギュラーが起こったり何かと集中していたがために空腹を感じずにいられていたが、今更のようにハルトに「昼飯の時間だ」と言われてしまうと意識しないわけにもいかず。

 結果、


「飯だ」

「そうだな。で、なんでコイツらも一緒なんだよ」

「まあまあ、細かいことは気にしないのが吉だよ若人」

「あきるおねえちゃん、ごはんたべよぉ?」

「お姉さま、こちらの箸をお使いください」


 呆れるほどの大人数で昼飯をつつかねばならなくなっていた。私は一体いつのまに大家族の一員になっていたのか。弁当の作り主であるハルト、のんびりと水筒に入った茶を飲んでいる遥、今にも弁当に飛びつかんばかりのトリファに、にこにこと穏やかに笑いながら割り箸を手渡してくるウィアの四人に囲まれ、私は微妙な顔を浮かべていた。

 箸を受け取り真ん中で「ぱきっ」と割り、上手く割れないでいる右隣のトリファの箸を奪って割って突っ返しつつ遥に視線を向け、「なんでお前らもいるんだよ」と改めて訊ねる。

「そりゃもちろん、君の体育祭だからってんで見に来たんだよ。と思ったら何かい? 目当ての子は何でか競技をほっぽりだしてどっかいってるじゃないか。一体何してたんだい」

「それは……、……」

 言葉が濁る。果たして先ほどまでのことを無造作に言いふらしても良いものだろうか。茅野夏目の不在は遥たち憂雲亭の人間にとっては動揺になり得るだろうし、かといってそれを話さずに体育祭にろくろく参加していない理由は説明できない。私と八榛が遭遇したあの異形も彼らには関係のないことだし――――

 一拍。

 ……関係ないなら、いいか。どうせ捜索の方も校舎中を周り終えて手詰まりだったのだ、状況を変えるには他者の力を借りるのも仕方あるまい。

 そう自らを納得させ、かくかくしかじか詳しいことを彼らに(エスカラーチェ兄妹は理解しているのかよくわからなかったが)話すと、ハルトと遥は揃って「ふむ」と頷いた。

「そうか、夏目ちゃんが……うぅん、でもその異形っていうのも気になるぬぇ」

「大鷲の翼を生やした大型犬、だったか? お前が遭遇したのは。なんというか、そんなのがソロモン王の悪魔の中にいたような気がするな……そうだ、グラシャラボラス、か?」

「……悪魔ァ?」

 何を突拍子もないことを、と思いながらつい私は卵焼きを飲み込んだ後の箸を噛めば、遥に「噛まないの」と胡坐の膝を叩かれ渋々口を離した。

「悪魔って言やァ、もっと凄まじいモンなんじゃねーの。知名度も抜群、規模だって並じゃねェ。それがあんな、たった一撃で霧散するようなちゃちなモノかよ」

「秋流ちゃん、先月の話、覚えてるかい? この子たちの」

 そう言って遥は左手でウィアの頭をぽんと撫でた。されている側のウィアはどうしてされているのかもわからないようで、育ち盛りらしくもぐもぐと口を動かしながら「?」という顔をしている。

 先月。飛龍伊織と白樺組の事件であり、この異国の血を引く兄妹が遥の元に引き取られる原因となった出来事である。

 当初白樺組の“聖杯”奪取の尖兵として私たちを襲ってきた彼らは、血脈を辿れば人外、人狼ライカンスロープの元に辿り着くという異色の系譜を持っている。そしてその出来事が片付いた後、私は彼らの「仕組み」について軽く遥から聞いていたのだった。

「確か、アレだろ。コイツらは基本的に双剣を互い違いでしか用いない。それは体にかかる負荷をなるべく軽くするためで、本当に追い詰められた時にしか本来の降霊は行わない、ってヤツだろ」

「うん、よく覚えていたぬぇ。いい子だ。今回のその悪魔も、似たようなものじゃないかと思ってぬぇ」

 のんびりとハルトの作ったタコさんウィンナー(端からエスカラーチェ兄妹も一緒に食べることを見越していたのか、子供ウケのしそうなものが他にも多数詰められていた。用意のいいこった)を食べながら遥はそう言った。

 似たようなもの、という言葉にピンと来ず眉を顰めれば、彼女はどこか嬉々として解説を始める。

「いいかい? 龍神も獣も、神や悪魔でさえ突き詰めれば単なる『魔力の塊』だ。私やハルトくんみたいな『人型を模した異形』なんていうのは、力を抑えるかわりに「肉体」という錨、楔を持っているから存在が「揺るぐ」なんてことはない。でもそういう『あまりにも強大な力を持つ異形』っていうのは、魔力で形作られているモノどもだからその環境に左右されやすいのさ。

 それに、基本的に彼らは『招かれるもの』だ。自発的に此の世に現れるような「我」はそもそも存在しない。元々人間の幻想から生まれ出でたものどもだからぬぇ。環境っていうのはその召喚の仕方というのも含んでいて、この子たちみたく意図的に不安定・不完全にしようと思えば、どうとでもなるものなのさ」

 つまり。

 エスカラーチェ兄妹は、その体にかかる負荷を厭うがために、あえて不完全な形での降霊を行い、半ば無理矢理な形で使役を成し遂げた。不完全であれば、振るえる力も少なくなるかわりにその身に宿る魔力自体も少なくなる。

 それと同じで、あの異形も「あえて不完全な形で召喚された」? ――――一体誰が、何のために?

「もちろん、本当にそれが『意図的に引き起こされた』のか、『十全な状態で召喚しようとしたけど失敗した』のかはわからないけどぬぇ。普通はまあ、「悪魔の力を使って何かをどうにかしようとした」んだったら、万全かつ十全な状態、ないしはなるべくそれに近づくように状況を整えて実行するものだ。それが悪魔の召喚法の記された<レメゲトン>まで手に入れるほどの執念なら、なおさらぬぇ。じゃないとしたら、まあ悪魔の召喚はついで、他の目的を達するための道具ってところかぬぇ」

 長広舌を終えて遥は「ふう」と一つ息をつき、ハルトの持ってきたお茶を水筒から紙コップに注いで口に含んだ。一方で私は聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「ソロモン王の使役した七十二の悪魔、その召喚及び使役法を記したとされる一連の書物群のことだよ。<ソロモン王の小さな鍵>とも言うが、知らないか? 秋流」

「そんなマニアックな知識までは持ってねェよ、流石に……」

「まあそうか。五部から成る魔導書群で、まあ呪術的な価値と知名度で言えば図抜けたものの一つだろうな。原本は行方不明で、レプリカが散逸しているくらいと聞いたことがある。悪魔の召喚法というのはこの<レメゲトン>が正統で、他の書物に書かれているものはあくまで亜種。ゆえに危険度は高く正確性は低い。逆に言えばそのレプリカとそこに記された召喚条件さえ満たすことができれば、願いは思うまま……というわけだ」

 ま、それもあくまで超高濃度高密度の魔力を用いて願いを成す、“聖杯”のようなものだがね。

 そう付け足せば、彼はなくなりかけていた私のコップにお茶を注ぎ足した。それを一口飲み、私は思考を回転させる。

 この騒動を引き起こした犯人が、仮に<レメゲトン>を何らかの方法で入手していたとしよう。それを用いて悪魔の召喚を失敗し、結果生まれたモノがあの異形だった――――という線は、ハルトの言を信用するならば考えにくい。

 であるならば、あのあまりにもちゃちな此の世ならざる存在は、別の目的のために「意図的に不完全で召喚されたモノ」。それでははて、その別の目的とは。

 ここまで考えて、気が付いた。朝からこの学校の敷地内にだけ存在する微妙な違和感――――これは、何者かによって設置された術式による影響のためで、術式それ異形これは何かしらのつながりがあるのではないか、と。

「……なあ」

 箸を止め、遥とハルトに対して投げかける。彼らは私が思考をまとめているのを理解してか、私が口を開くのを待っている。

「不完全な悪魔が召喚された目的として――――『他の術式のトリガーとするため』っつゥのは、あり得る話か?」

 問いに対して、彼らは。

「それらが単なる魔力の塊に過ぎない以上、なくはない話だな」

「同感だぬぇ」

 肯定。これはあくまで私の推理で、彼らの推測を超えない話ではある。しかしそう考えれば、朝から続く、そして今も必死に感覚に訴え続けている微細な違和感と、私が遭遇したあの異形とに納得することができる。

 ――――そして、今まで関係ないだろうと思っていた、否認めようとしてこなかった、『茅野夏目が行方不明になった』という事実にも、ある仮説が立てられる。


 即ち。

 茅野夏目は、その何者かによる術式の“贄”とされたのではないか、と。


 ぞっとした。胸騒ぎが見事的を射たようで、まるで風邪を引いたときのような冷たさが思考を襲って蝕む。しかしそれは、茅野夏目が犠牲になりかけているかもしれないという思考のせいだけではなく。

 そのトリガーは、トリガーだけでは成立しない。引く者がいなければ成り立たない。そしてこの仮説が正しいとすれば、それに該当するのは登場人物の中でただ一人。


 私しか、あり得なかった。


 であるならば、あの場にいた八榛キオというのは一体何の役割を持つのか。単なる一般人か。

 いや、茅野夏目捜索の協力を持ちかけてきたのは彼だ。彼は言っていた、「仄宮のところにも行くつもりだった」と。都合の良い偶然を否定するのならば、彼は『私にトリガーを引かせるために茅野夏目をダシにし、連れ回した』という論理が通ってしまう。茅野を本当に贄にしようがしまいが、「いるはずの茅野夏目がいない」という事実さえあれば私が動くということは、彼には既に予想できていたのだから。

 もちろん、これらの全ての仮説は間違いで、本当に彼が一般人であるという可能性もある。だがこの局面においてそのような都合の良いだけの想像に縋れるほど、私の頭はおめでたくはできていなかった。

 とにもかくにも、まずは八榛キオに会わねば始まらない。彼は救護室に寄ってから兄に会いに行くといっていた。なるべくならあの扶桑朧がいる救護室には行きたくないのだが、この際そんなわがままは言っていられない。

「行ってく、」

 ぐいっ

 箸を置いてすぐにでも立ち上がろうとしたところ、左隣のハルトにぐいっと手を掴まれ半端な体勢で止まる。「なんだよ」と不満を隠さず睨みつければ、

「飯はきちんと食っていけ。肝心なところで燃料不足で動けず死にました、じゃ情けなくて目も当てられん」

「もう食「嘘つけ」……食うなよ人の言葉を」

 こうなった時のハルトは梃子でも主張を曲げないということは、二ヶ月に渡る生活で十分学んでいた。焦りたい気持ちはあったが、しかしまだ食べ足りないのも事実。渋々座り直せば、トリファが笑顔で卵焼きを箸でつまみ、こちらに差し出してきていた。

 食えということだろう。彼らに話が理解できているとはあまり思えない、思えないが――――無碍にするのもなんとなく気が引けて、私は半ばやけくそのようにそれを頬張った。

「ところで、秋流」

「むぐ。……ンだよ」

「巡は体育祭を見に来るという話はしていたか?」

 何故ここで隣人・神無月巡の話が出る。訝しみながらも「特にはしてねェけど」と答えれば、彼は「そうか」とあっさり引き下がった。

「さっき校舎内で巡に似た着物の女性を見かけたから、声をかけようと思ったんだがかけそびれてね。そうか、来てないか」

「なァに残念そうな顔してんだバーカ。……さて、私は食ったからもう行くぞ。ご馳走様」

「お粗末様。俺が要るなら電話を寄越せよ」

「あきるおねえちゃん、がんばってねえ!」

 立ち上がり、口の中に残る甘い卵焼きの味を感じつつ、かけられる言葉を背に足早に体育館を抜け、私は救護室へと向かい始めた。

 ――――なるべくなら外れてほしい思考を胸に抱きながら、それでも真昼にさしかかった太陽は緩やかに落下を始める。

あけましておめでとうございます。なんだかんだでロストヰデアも初投稿のA0から二年が近づいてきて参りました。今年はもう少し更新頻度あげられたらいいな~……と思ってます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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