Act.49
前半推奨BGM:Final Fantasy 14 goes Rock - Shiva Oblivion (Part 2)(FF14 シヴァ戦後半戦BGMアレンジ)
【 https://www.youtube.com/watch?v=kR5V4UB6xvY&index=9&list=PLt-Mx_mcMAcPvc4KoTJMsoWc3wxRC49AE 】
<Act.49 6/6(日) 10:49>
【二宮灰】
これが彼の力か、と素直に驚いた。
扶桑朧。つい先ほど出会ったばかりのこの男の戦いぶりは、壮絶の一言に尽きた。
彼は人間だ。僕のような人外ではない。しかしそんなただの人間が、まるでその命の炎すべてを燃やし尽くすかのような戦い方をするのだ。
優雅とは程遠い。華麗とも縁がなく、ただただ苛烈で乱雑で、それでいて壮絶。機械のようかと言われれば否。殺人機構のように最適化などされておらず、むしろその動きには無駄が多いのに何故だかそれらが功を奏す。野生の獣とも異なる。もし彼が獣であるならば、戦闘の際にあんな笑みなど浮かべはしない――――。
良くも悪くも、人間。僕が彼に稚気を感じたのは、彼が俗っぽくて粗雑で、それでもきっと心はどこまでも純粋であるのを感じ取ったからだろう。
大切なもののためならば自分の命も他者の命も使い潰せるだけの強さを、彼はきっと持っている。僕はそんな彼を羨ましいとも思うし、けれど危ういとも同時に思う。彼の心はきっと、今にも崩れんばかりにふらふらした天秤の上で成り立っている。それを支える彼の大切な妹がなくなれば、きっとそれは無残に壊されてしまうことだろう。ほかならぬ彼の手によって。
それはいたたまれなかった。たとえ一時でも、たとえ甘いと言われても、それでも彼は背中を預けた人間だ。そして今僕には、その天秤を守ることのできる力がある。
彼の構える柩に罅が入る。扉が砕かれ、底板が露出し、自分自身も体中に火傷を作って膝まで震えかけているというのに、彼はそれでもなお踏ん張ることをやめようとはしなかった。
彼は僕に応えた。ならば今度は、僕が彼に応える番。
目深に被っていた帽子が漂う冷気に煽られて吹き飛び、その中に纏めていた髪がはらりと舞い落ちては氷、という音がして。
「整ったよ。ありがとう」
目の前の彼に対する最高の感謝と賛辞を込めてから。
「九泉」
――――凛
世界が停止する。
僕と扶桑くんの立つ場所を除く、異形を中心とした半径十メートルの空間がひとりでに静止した。
迫っていた黒球は轟々と鳴り響かせていた低い耳鳴りのような音をすっかり潜め、異形の二つの首もぴたりと動きを止める。ただ唯一、その胸元にある人面だけが訝しげに「ぎょろり」と目を回し、何事かを呟こうとして、されど異変に気付く。
何かに縛り付けられているわけではない。強制的に操られているわけでもない。力だって入る。それでもなお、まるで体を繋ぎ止める糸を切られたかのように自分の身が全く動かなくなっていることに。
そして、今までただ薄く漂うだけだった冷気が最早身に纏わりつくほどに濃く、吐いた息が結晶となって滴り落ち、吸う息が心の臓まで凍てつかせてしまいそうになっていることに。そんな中でただ一つ、扶桑くんの柩だけが限界を迎えて静かに塵になっていった。
「扶桑くん、息を止めていて」
「……ッ、」
目を白黒させながらも彼が呼吸を止めたことを確認し、今にも崩れ落ちんばかりの彼の前、停止した黒球を眼前に、立つ。
そして、ひといきに。
「――――――――九重・黄泉喰無間地獄」
――――――――氷ッ
バリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!!!!
白い霧に覆われた世界が、一瞬で氷柱と氷床に埋め尽くされる。扶桑くんに迫っていた黒球も、異形そのものも、全てが蒼く透き通った氷によって覆い尽くされ刺し貫かれ、そしてこの場は一時限りの地獄の底と化す。
『WoooooooAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッッッッ!!!!!!!!』
『KYYYYYYyyyyyyyyyyyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAA』
「喧しい――――囀るな」
構えを解き、体の傍に立てた鎌の柄頭でとん、と地面を叩く。そうすれば、体中を氷柱で串刺しにされ絶叫する異形の双頭の口に更なる氷柱が突き通され、いとも容易くその口腔を背の方まで突き破る。
血は出ない。この場において、僕と扶桑くんを除く全ての温度は無に帰される。
此処こそが地獄。極限の寒さによって罪人を裁く八寒地獄、そのさらに深淵部に位置する場所。誰にも知られることなく、ごく一部の罪人たちの血の一滴に至るまで凍てつかせ、呼吸の一つさえも許すことのない拷問場――――「死」の概念の究極形、それこそが『黄泉喰無間地獄』だった。
それでも展開されたこの場など本来の地獄の辛さの一割にも満たない。だが僕に実現可能なのはこれが限度で、されど此の世に現界したものすべてを打ち砕くには十分以上の力があった。
触れれば必滅。この指は今、たった一つ音を立てるだけで目の前の異形を氷のひとかけらになるまで砕くことができる。僕の裁量は即ち死神の裁量。彼の世と此の世が混じらぬよう境に立ち、こちら側から淡を守る俗世の守護者である僕は、仮にも「番竜」を名乗っておきながら身の程を弁えようとしない目の前の悪魔を、決して赦すことはない。
さあ、早いところ終いにしよう。そう思い、鎌を握らぬ右手を掲げる。
「――――砕け散れ」
パチンッ!
――――――――穿ッ!!
『AAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
くぐもった断末魔の咆哮が上がる。地面から空中から、場所を問わず出現した数多の氷柱はその巨体を覆い尽さんばかりに突き刺し、串刺し、まるで彼の世へと押し戻そうとするかのようにその身を蹂躙せしめた。
凍り付いた黒球がさらさらと黒い塵となって消えていき、それに伴ってとうの異形も足元から徐々に塵となっていく。大元の発生源が打倒されたことで、この空間を曖昧なものへとしていた彼の世の魔力も此の世自体の魔力によって徐々に浄化され、押し流されていった。
はあ、と一つ息を吐く。無力化は終えた。あとはもう時間さえ経てばじき彼の世に還るだろう。
あの存在自体を根本から絶つのは不可能だ。僕の地獄もそうだが、あの存在も今打倒したものが本体ではない。僕のは彼の世の本物の地獄を模倣したに過ぎないし、異形のあれもあくまで分身、本体の力を何倍にも希釈したものだろう。でなければこちらの世界にあんな凄まじいものを呼び出すことなんてできるはずがない。
しかしまだあんなものを呼び出す術式が何個も校内にある、ということを思い出すだけで肝が冷えた。冗談じゃない、あんなもの一体を相手取るだけで満身創痍であるというのに、そう何回も何回も相手などしていられるか。
「お疲れ様、扶桑くん。そして改めて言うがありがとう、君には辛い役目を押し付けてしまって、」
「まだッスよ」
「え?」
僕より彼の方が満身創痍だ、そう思いながら振り返った瞬間だった。
彼の姿が視界から消える。僕を追い抜き、そして崩れつつある異形の方へと飛び出していったのだということを理解してから、僕はようやくそれに気づいた。
既に致命傷を受け動けなくなっていると思い込んでいた鷲首が、傷つき貫かれながらもなお僕の頭めがけてその嘴を振り下ろさんとしていたこと。
眼を見開く。しかしされど回避は間に合わない。
誤算だった。ああまですればいかに悪魔であろうと動けなくなるだろうと踏んでの見込みは、しかしそれでもなお甘く――――世界がまるで冷気に囚われたかのようにスローモーションに見えて、
「強い割に、なかなかツメが甘いッスねえ」
斬ッ!!
――――しかしそれは、僕の顔面を抉ることはなく。
『……か、ぁ』
扶桑くんの持つ黒剣が竜の胸元の人面を深く深く突き刺す方が速かったのだと認識した時には、既にその巨体は全て塵となって消えていた。
とん、と彼の体が既にただのコンクリートへと戻った地面へと降り立つ。しかしぐらりと揺らぎ、放心していた僕は思わず駆け出して倒れかけたその体を後ろから受け止めた。
「っとと……俺の方こそカッコつかねえッスね。思ったよりキツかったみたいで」
「そんな、僕の方こそ……君にばかり無茶をさせてしまって、申し訳ない」
「それは言わねえ約束ッスよ。俺にあれだけのデカブツを一撃で葬る力はなかったし、それがあるお兄さんが『時間が欲しい』って言うんなら稼ぐしかないっしょーよ。あン時俺にゃあせいぜいお兄さんの盾になるくらいしかできるこたァなかったが、でもその『できること』はできた。なんだかんだと完璧に。だからまァ、くれるならゴメンよりアリガトウのほうが、俺的には」
『できること』はできた、それだけで十分だ。
そういう彼の顔は傷だらけで、僕の方へと預ける体にも力は大して入っていなかった。というより入れる余力ももうないのだろう。しかしそれでも尽くせるだけの力は尽くせたと満足げな笑顔を浮かべる彼に、僕は喉奥から絞り出すように「ありがとう」と告げるほかなかった。
「ッス。お兄さん強いんスから、もう少し詰めてかねーと。次俺がああやってカバーしてあげられるとは限らねえんスから……、ぁ、痛ッ」
「! だ、大丈夫か!?」
もう一人で立つ力もないらしい、顔を顰めた彼を中途半端な姿勢でいるよりはと地面に横たえ、その負傷具合を診る。
手足を中心に体中に負った火傷は服を焼きその下の肌に黒い痕をつけていた。おそらくは内部組織にまでその威力は届いていよう、それ以外には外傷はないが、一瞬でも気を緩めればその瞬間に僕ごと吹き飛んでいたであろう鍔迫り合いを一身に食い止めたことで、体力自体の消耗が激しい。その上並の魔術師や人外では耐え切れないであろう彼の世の魔力――――瘴気を多く浴びたことで、既にそれによる侵蝕も始まってしまっている。
僕は死神だ。この身自体が半分此の世ならざるもののようなものであるから、魔力に対する耐性自体が高く、よってその侵蝕もよほどの長時間・高濃度でなければ自浄できる。しかし彼のそれは――――正直言って、手遅れだった。
それも当然だ。実時間でいえばさほど長くないとはいえ、彼の世の異形の纏う瘴気はただそれだけであまりにも強烈だった。大元が消えたことでこの場所の瘴気は時間がたてば薄れるだろうが、人の肉体という器に残ったそれはまるで癌のように彼を蝕む。
「ッづ……とはいえ、結構キツかったッスね。これはちょっと、ヤバいかな……」
負傷が痛むのだろう、脂汗さえ浮かべて無理に笑う彼に、僕はかける言葉がなかった。
僕のせいだった。彼をこんな目に遭わせたのは、間違いなく僕が彼に声をかけたからだった。あるいはこの学校にももっと他の魔術師なりなんなりがいたかもしれない――――いや、ここが明石機関の本拠地であるというのならばそれは確実だろう。彼の口振りからしても他に「センパイ」たちとやらがいるのは本当のようだし、無理をいってでもそれらの応援を呼んでからあのカードを掘りだせばよかった。
というよりはむしろ、僕がこの件に関わらなければよかったのかもしれない。何にも気づかなければ、きっと彼はそのセンパイたちと共にこれを突き止めたことだろう。僕では力が及ばなかった。だがそのセンパイたちであれば――――
「俺がここまで無茶ァしたのは、別にアンタのためじゃない。相棒がアンタだろうとアンタじゃなかろうと、俺はこれが役割だって思ったらこうしてたよ」
「!」
敬語がいよいよ剥がれた言葉は、きっと彼の本音だった。俯かせていた視線を彼の瞳へとやれば、彼は片目だけを開けてこちらを見ていた。
「だから俺が死ぬことについて、アンタが責任を感じる必要はない。まァ確かにここまでメッタメタにやられるたァ思っちゃいなかったけど、俺やセンパイたちじゃ多分アレを退けることは無理だった。鈴谷センパイは対人特化すぎるし、飛龍センパイでようやくワンチャンってところか……どっちみち、アンタがいなきゃその時点でほぼほぼ詰みだったんだ」
言葉が詰まる。僕がいなければどうにもならなかった、僕にしかこの役割はできなかった――――そんな言葉を彼にかけてもらえるとは思っていなくて、後悔と嬉しさがないまぜになって胸の内に蟠る。
そんな僕に彼はにかっと笑って、
「気に病むなよ、最終的に倒せたんだしさ。俺は相棒がアンタでよかったと思ってンだから」
「僕も、……僕も、君と一緒に戦えてよかった。初めてだったんだ、誰かと一緒に戦うのは。だから」
君が初めての相棒でよかった。そう続ければ、彼は「ひひ」と笑みをこぼした。
その笑顔は、強がりでも何でもない、彼の自然なそれだった。今までの仕事半分な乾いた笑いではなく、どこか稚気を帯びた『大人』という肩書にはそぐわない崩れた笑顔。
「ってわけで、俺、そろそろ死にますね。ほっといてもなんでか治る兆しが見えないんで。あ、ちょっとショッキングだからあんまり見ない方がいいかも」
「……うん?」
治る兆しが見えない? 当たり前だ、ここまで重度の侵蝕を受けておいての自然治癒などあり得ない。しかもなんだ――――ショッキング? ……何が?
けろっと元のとってつけたような敬語に戻った彼は「離れて」と僕に短く告げた。どこから突っ込めばいいのかわからないまま、とりあえずは言われるがまま立ち上がり、五歩ほど離れる。
「んじゃ、いきますよー――――“マリーのギロチン”」
彼は寝転んだままでぱちん、と器用にも指を鳴らす。そして彼の上、ちょうど首のある位置に現れたのは、ギロチンの抜き身の刃だった。
それを支えるものはない。ないのであれば当然、刃は重力に引かれて扶桑くんの首へと吸い込まれるようにして落下し――――
「ちょ、待ッ……!」
彼の首が、断たれた。
恐ろしく鋭い刃はまるで抵抗などないかの如く皮膚を切り裂き、その下にある太い血管も切り裂き、気管を切り裂き、食道をも切り裂き――――生々しく光に照るどろりとした赤い血を零しながら、目を瞑ったまま彼の首がごろりと転がった。
正直に言う。今すぐにでも倒れたかった。




