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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅱ 狭雲月編
40/76

Act.38

<Act.38 5/21(土) 15:34>


【仄宮秋流】


「――――で? 結局、あの兄妹はどうなったんだよ」

「どうしたもこうしたも、見ての通りだよ。至極元気に働いてくれてるさ、君の後輩としてぬぇ」

「いや、そうだけどよ……」

 そうだけども――――と、頬杖をついてフロアの方を横目で見れば、すばしっこい動きで器用に料理を運び接客をしているウィア=エスカラーチェとトリファ=エスカラーチェの姿が視界を通り過ぎた。

 遥の根城、憂雲亭。そのスタッフ用の和室――私が労働を申し出た時に通された例の部屋である――にて、私はオーナーの遥と久方ぶりに二人で膝を突き合わせていた。なお、バイトの方は休みではなく単なる休憩時間なので服は憂雲亭の制服のままである。

『十七日に新宿湾で発生した謎の爆発についてですが、その原因は未だに判明していない模様です。現在も市軍新宿本部は調査を続けており、』

 ピ、と付けっ放しになっていたテレビを遥がリモコンで消す。私は煎餅を一枚齧り、「でだ」と話を切り出した。

 つい先日、私とハルトはエスカラーチェ兄妹との決着をつけた。彼らが勝てば私たちの“聖杯”を渡す、私たちが勝てば彼らの身柄は飛龍伊織のものとなる。そういう約定で戦い、そして私たちが勝った――――そのはずなのだ。

「だってのに、なんであいつらは今日もピンピンしてやがる? 飛龍の元に引き渡されたんなら、どう贔屓目に見たって五体満足ではいられねェはずだろ」

「簡単だよ、引き渡されなかったってことさ。いや、違うぬぇ――――『引き渡さなくて良い』と、彼が言ったのさ」

 ほかでもない、飛龍伊織本人がぬぇ。そう言って茶を啜る遥曰く、こういう顛末らしい。

 私たちのクライアントである飛龍伊織と、エスカラーチェ兄妹の保護を企む七木遥は、私たちが聞いていない(正確には『聞く余裕すら残っていなかった』、なのだが)ところで改めて話し合いを行い、結果飛龍がその「取り分」を棄却したのだそうだ。

 ようはつまり、彼は「エスカラーチェ兄妹を見せしめに用いる」ことよりも、「七木遥とのつながり」を優先させたのだ。飛龍は元々、自分の組に与えられた打撃の意趣返しとして兄妹に報復することを目的としていた。しかしそれは今回のいわば前座にあたる部分――――白樺組と交戦し、結果彼が単騎で制圧せしめたことで半分以上は達成されたと判断したらしい。事実関東に手を伸ばしつつあった白樺組は撤退の意志を見せ、相応の“詫び”を飛龍組に残し根城の関西へと帰っていった。

 そして七木遥、彼女は新宿でも指折りの情報屋である。ビジネスに私情を持ち込むタイプではない――――ないが、しかしそれでも一度でも遺恨を残してしまえば、それが後々にどのような影響を及ぼすかはわからない。この新宿のアンダーグラウンドで裏稼業を営むにおいて、七木遥という情報屋と繋がりがあるとないとではその活動にいかほどの差が現れるか――――それは、他でもない請負人の私は何より強く実感していることだった。

 のほほんしたお節介焼きに見えて、彼女が握る情報の精度は目を瞠るほどである。その分きっちりとお代もとっていくが、その信頼と実績は他の情報屋など足元にも及ばない。ゆえに、飛龍伊織がそちらを優先したとて、何ら不思議ではないのだった。

「……なるほどな。ようやく合点がいった」

「不満かい? 彼の意向に沿うために体を張った身としては」

「不満? あるわけねェだろ、私は請負人だぞ。依頼の内容にこそ興味は持つが、それが何を考えてのことかになんざ首を突っ込むつもりはねェし、突っ込んだところで破滅が早まるだけだ。労働やったことの対価としてもらうモンさえきっちりもらえりゃ、あとがどうなろうと知ったこっちゃねェよ」

「くかか、ならよかった。請負人だぬぇ」

「そうでもなきゃこんな場所で裏稼業なんてやってらんねェからな」

 それもそうだ、と彼女は上機嫌そうな顔で頷いた。しかしまだ一つ、気になることがある。

「兄妹が持ってたあの双剣、アレは一体なんだ? アイツらの出自が人間じゃないことは知ってる、だがな、器が人外であったとしても、普通は神霊なんざ取り込んで無事に済むはずがねェんだよ」

 神霊。あの時感じたあの膨大な量の魔力はその少し前に見た「飛龍」と同レベルの“質量”を持っていたし、そして何より、あの真紅の二対の奥に秘められた統制された獣の意志は、ただの獣を模した魔力の塊でないことは、実際に両方を目の当たりにした私だからこそ容易にうかがい知れた。

 飛龍の場合は、『取り込み操る』のではなくあくまで『降ろす』だけだったし、その苗字から推測するにきっと直接的な血縁のつながりもあったことだろう。きちんと奉られ、崇められ、祝詞を奏上するという正当な手続きを踏んだ上での龍神の顕現はまだ理解ができる。しかしエスカラーチェ兄妹の行ったことは、神霊に対して行うにはあまりにも乱暴だった。

「私は別に、神様なんざ信じちゃいねェ。けどな、そうとしか形容できない存在があることも、仮称神様がかなりの気紛れで、手順を多少すっ飛ばしただけでも怒り狂うってくらいは知ってる。それと照らし合わせたら、あの二人がやらかしたことはその五体が爆散してたっておかしくないレベルのことだってのは馬鹿でもわかるんだよ。私がそこまで検討ついてンだ、お前くらいならその正体カラクリ、既にわかってンじゃねェの?」

 問えば、遥はまた一つ茶を啜りこみ、茶請けの饅頭に小さく噛り付いて嚥下の間を置いてから、再び口を開いた。

「二人がもっていたのはそれぞれ、<禍之生太刀マガノイクタチ>と<禍津生太刀マガツイクタチ>という二対の双子剣、つまり四本で力を成す魔性の剣さ。その鋭さも確かに破格だが――――真価はそこじゃない。秋流ちゃん、君も見たろう。あの魔剣の真価は、『手にする者たちに一番近しい神霊を降ろす』ところにある」

「“近しい”? 言葉の意味が曖昧だな、それはどういった意味での“近しい”だ」

「およそあらゆる意味での、と答えればいいかぬぇ。わかりやすいのは血筋。本人の性質。なんらかの縁。生きていれば、例え霊的に血のつながりが全くなかったとしても、その行動がなにかと結びつくものさ。あの双剣は、それを手繰って本人の体へと降ろす。そういうモノなんだ」

 『一番近しい神霊を降ろす』――――獣が憑いたかのような様子は、正真正銘獣が憑いていたからかと合点がいった。

 彼らの出自を考えれば、何が降りたのかなど容易に予想がつく。彼らは血筋を辿れば人狼ライカンスロープ、であるならば降りるのが荒ぶり疾駆する獣の王であるのは当然の帰結だろう。だがそれは彼らの体が爆散しないで済む理由にはならないことを私の納得しきれない顔から察したか、遥はなおも言葉を重ね、

「で、彼らが無事にいた理由としてはだぬぇ。もちろん素体としての優秀さ、人外特有の頑強さというのもあったけど……あの時ウィアくんもトリファちゃんも、剣、交換したろう?」

 思い出す。そういえば一番最初にそれぞれ剣を交換し、ウィアが黒で揃いの双剣を、トリファが紅で揃いの双剣を手にしていた。私はてっきりそれぞれの双剣が黒と紅で一対、そっくりの双子剣であると思っていたのだが、それはどうやら違っていたらしい。

「ウィアくんの黒揃いの双剣が<禍之生太刀>、トリファちゃんの紅揃いの双剣が<禍津生太刀>さ。あれらは元々その組み合わせで用いるものなのに、彼らはあの局面に至るまでそれをしなかった。だから彼らは、あまり体に負担をかけずにあの剣を使うことができていたのさ」

「……不完全な降霊だったってことか? むしろそっちの方が負担は大きそうなモンだが」

「単純な魔力量だよ。不完全であった方が、体に取り込む魔力量は少なくて済む。神霊なんて大層な名前がついているところで、突き詰めれば器無しにはかたちを留められない魔力の塊に過ぎない。

 多分、彼らにあの双剣を与えた白樺組の人間が教えたんだろうぬぇ。『普段は二人で一振りずつ持ち、本当に追い詰められた時にだけ元の揃いで使え』、と。それが完全な形での降霊を成した彼らが手に負えなかったからなのか、それとも純粋に彼らの身体を慮ってのことなのかは、知らないけれど」

 冷静に考えればリスク管理が破綻する可能性を危惧した前者だろう。だが、全てことが片付いた今だからこそ思うことかもしれない。

 後者のような可能性――――あの兄妹を顧みる人間がいたのなら、と。柄でもないのに、そう考えてしまう自分がいることも否定はできなかった。

「ところで、秋流ちゃん。あのあと、飛龍くんはなんて?」

「飛龍? あァ……『いずれ七木遥とは決着をつける。その時は渡りを頼まれてくれ』とかなんとか……ぁ」

「決着ぬぇ。まあ別にいいけど、そうなると変なところでやると周りの被害が尋常じゃないからぬぇ……舞台がないことには」

 困るぬぇ、と暢気に呟く遥をよそに、私は思わず頭を抱えた。まずい、考え込んでいたからかついぽろっと喋ってしまっていた。飛龍に口止めされていた、というわけではないが言って良いか悪いかと言われたら悪い部類の話だろう。本人に言ったと知れれば、苦虫を噛み潰した顔をされた挙句煙草の煙を思い切り吹きかけられるに違いない。行儀の悪い幼児が如く口の端から零してしまったことに悶絶する私の様子に、遥はなおも微笑ましげに双眸を崩し、

「初めて会った頃はまるで出会うものすべてが敵みたいな子獅子の顔をしていたのに、最近は柔らかくなってきたぬぇ。それくらいの方が可愛いよ、君は」

「……、お前に言われても嬉しくねェ……」

 なんせ同性だし。じろりと見上げれば、頬杖を突いた彼女は「おや」という顔をしてから次いで悪戯っぽく笑った。

「なら誰なら嬉しいんだい? やっぱりハルトくん?」

「なんでそこでアイツの名前が出てくるんだよそこで! 別にアイツに言われたところで嬉しくなんかねェよ全く!」

「はいはいそうだぬぇ~」

「ンだコイツ腹立つ……!」

「あきるおねえちゃん!」

「遥テメェ……、……はあ?」

 私の反論をさらりと受け流した遥に食って掛かろうとしたところで、横合いから舌ったらずな声が聞こえてきたので何かと思えば、そこにいたのはいつのまにかこちらの部屋にあがっていたトリファとウィアだった。おねえちゃん、などと呼ばれる筋合いはないと言おうとしたところ、先手を打つように遥が、

「戦って強かったから、『おねえちゃん』なんだってさ。ハルトくんは『おにいちゃん』だそうだよ。ぬぇ、ウィアくん?」

「はい。秋流お姉さまとハルトお兄さまには、お世話になりましたから」

 にこっと微笑む褐色の少年に、

「……もう好きにしろよ……」

 と、私は頭を抱えるのだった。


 *


<5/21(土) ??:??>


【?????】


 絢爛の極みたる調度品の数々が完璧に配置された、この世にはあらざる空間。

 そして中空に浮かび上がっていた映像が消え、先月のように椅子に腰かける人物が艶やかな嘆息を吐く。

「五月が終わりましたわね……ええでも、ここまではいわば前哨戦、前座に過ぎません」

 傍らの紅茶から僅かに湯気が立ち昇り、真白いティーカップをたおやかな指が攫った。

 毎日毎日が変わらない動作の繰り返し。いくら人理から外れた存在であろうと、時間の流れだけはどうにも変えることはできない。それができるとすれば、唯一万能たる“聖杯”だけだろう。

「来るは鳴雷月なるかみづき、貴女は決断を強いられることでしょう……それにどう応えるかによって、今回の結末が大きく変わるといっても過言ではありません」

 円満に終わった狭雲月さぐもづき、しかしそれが来月もそうであるとは限らない。現実はいつも不定で、予定調和に至るにはそれなりの行動と選択が必要となる。

予定調和それを打ち破る時を祈っていますわ、――――仄宮秋流」






 ――――狭雲月編  終幕

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