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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅱ 狭雲月編
38/76

Act.36

<Act.36 5/15(日) 23:00>


【仄宮秋流】


 飛龍伊織が持つ力は、圧巻の一言に尽きた。

 私たちが追い詰められかけた瞬間、それをあっさりと一掃してのけた閃光。その橙色は普通の矢ではなく、どうやら魔力で編まれた追尾弾としての性質を持つらしかった。事実、先ほどまで彼が乱れ撃ちしていた矢のすべては、たとえ一人に直撃しようとそれだけで勢いを殺すには至らず、ついでとばかりに五、六人を諸共に貫いていった。

 それはさながら、縦横無尽に雲海を駆け抜け追い詰め『獲物』を叩き墜とす彼の時代の先鋭のようだった。

 そして現在、私とハルトが戦う後ろで「溜め」ている今も、彼がまき散らす魔力の量はあまりに膨大だった。

 それはもはや「魔術」などというちゃちな枠組みに収まるものではなかった。龍脈の中心地である新宿、この場所において噎せ返るような量の魔力などさして珍しくもない。しかしそれを扱いきれる者など早々お目にかかることなどないし、そういう手合いは十中八九ができることならあまり遭遇したくない類の連中であることが大半だ。

 しかし今それを一から十まで制御したうえで私たちに守護を託している人間は、こんなアンダーグラウンドにおいてはあまりにも真っ当な奴だった。

 真っ当で、真っ直ぐで。その立ち位置が決して正道ではないことは理解している。だが飛龍伊織という人間の「正しさ」は、そういった立場やらなんやらといったものを超えたものだという思いが私の中にはあった。

 だから守るというわけではない。あくまで私たちが彼を守るのは、金銭を間に挟むことによって成り立つ契約関係ビジネスだからだ。しかしそれでも、――――どこの馬の骨とも知れない悪漢を相手にするよりは、よほど気持ちの良いものだった。

「らァアッ!!」

 飛びかかる。太刀を振り抜き、ただひたすらに襲い来る黒服たちを断ち切る。こちらに差し向けられる銃口についてはハルトが影を伸ばし鋭利な刃物のような形にすることで軒並み叩き落とし(切り落とし?)、物騒な得物を持った黒服たちは私がすべて切り払った。

「埒が明かねェッ! そろそろいいかよ飛龍ッ!」

「おう、いいぞー。ご苦労さん。下がってろ、――――死にたくなきゃな」

 平然と返された言葉、しかし最後のその一言だけが明らかに他と温度が異なった。

 本能的に悟る。これより放たれるその一撃は、およそ人の身ではまず耐えられることのない、極大級の一撃であるということを。

 金切り音響く打ち合いを即座に中止し、疾くとその場を跳び退る。ハルトと同時に飛龍の背後へと下がれば、――――ついにそれが開陳された。


 弓がしなり、焔が弾け、舞う。


「――――――――<神鋼しんこう嵐龍宮らんりゅうぐう>」


 そして、「飛龍」が漆黒の空を駆け抜けた。


 暗闇の中でもなお蒼々と光る群青の鱗を持ち、照る光に橙色を返す爪牙で汐の香る空気を切り裂いて、巨大な龍は黒服たちを蹂躙した。

 それが放つ魔力量といえば、最早筆舌に尽くし難い。まともにそれと相対していない私やハルトですら気圧されそうなその”圧”は、まさしく百年前に行われた激戦の最中に失われていった鋼鉄の牙城そのものを目に前にしているようだった。

 轟、と「飛龍」が吼える。私の龍とは比べ物にならないほどの咆哮は、ともすれば「彼女」と共に命を賭し、そして海中に没していった戦士たちの魂の声であったかもしれず――――であるならば、これほどまでに圧巻で、凄絶であるのも頷けるというものだった。

 「それ」が本当に「飛龍」であるという確証は、ない。飛龍本人に確認をとったわけではないのだから。しかしそれでも、彼の時代を駆け抜けた科学の先鋭を思わせるあの嚆矢、神霊の佇まいを感じさせながら決して神には無いであろう生命の声すら感じさせる巨龍の姿、そして何より飛龍伊織の持つ「飛龍」の苗字から考えれば、その考えにも無理はない、と思う。

 龍神そのものといった暴威が湾岸倉庫を軒並み荒らして回る。その威力たるやコンテナをたやすくひっくり返し、人をぼろ雑巾のように舞い上げ、海の向こうへと追いやってしまうほどのものだった。

 まさしく「暴力」。エスカラーチェ兄妹のそれは「獣」、非常に原始的な恐怖であったからこそ対抗ができたが――――ここまでくると既にその域は「自然災害」、人の太刀打ちできる領分でないからには恐怖すら麻痺している。あるいはもしくは、飛龍がきっちり管理し、こちらにまで被害が及んでいなからこその「テレビの向こう」、対面の火事でいられているからに過ぎないのかもしれないが。

 なんにしろ、飛龍の力は最早「魔術師」などというちゃちな枠からは大きく外れていることは確定だ。殺そうという気すら起きない。これは魔術師ではなく確固たる意志と正義を持った自然災害そのものであると考えるほうがよほど筋が通る。

「……、圧巻だな」

「この力自体も圧巻だ、圧巻だが――――俺としては、こんなとんでもないモノを持っていながらいち教師、いち組織の長なんて小さなところに収まっていられる、あの男の精神性の方が驚きだな」

「帝国征服も夢じゃねェってか? いや、夢だな。夢よりは可能性があっても、現実にはなり得ねェ」

「百も承知さ。だからこそ、それを理解できている飛龍伊織という男は――――相当に、強者だ」

 その精神性さえも含めて。『手に負えないものには手を伸ばさない』、分を弁え、道理に叶い、筋の通った、義侠心篤い男。

 なるほど確かに、これはあの手練手管に長けた水蓮にさえも「敵対はしたくない」と言わしめるほどのものだと、この瞬間心の底から実感した。

「……おい飛龍、そろそろいいんじゃねェか。もうロクに残ってねェだろ」

「ん、そうだな。そろそろいい具合だ」

 どこがいい具合なのか。いい具合どころか、白樺組の男たちは最早死屍累々、あらかたが死体として積み上がりきっていた。飛龍より前、港湾倉庫一帯には既にみじろぎする者すらいない。

「そろそろ、お帰り願おう」

 そう頷くと、飛龍は下げていた弓をもう一度構えた。そして今度は矢を番えるでもなく徒手のままその弦を摘み、


「去りし災禍の後、八百万を崇め、奉りしは千古不易せんこふえきの加護を給わんことをかしこかしこもうす」


 びぃん、――――


 鳴弦が響くと同時、「飛龍」はその体をうねらせながら蹂躙することを止め、――――一瞬だけこちらに視線を寄越した。

 貴石のような橙色がつとこちらを見据える。その瞳は暴れ狂う理性無き獣のそれではなく、理知を秘めた生命あるもの。神のそれというよりは――――同じ、人を見るかのような瞳。

 視線が私たち三人の上を滑り、されど何も言うことはないまま、「彼女」は高く力強くその体を波打たせて舞い上がり、夜の海の中へと静かに消えていった。

 先ほどまでの暴威がまるで幻だったかのように、一転して細波の音だけが響く静けさがやってくる。その静けさを破って報酬の話をしようと口を開きかけた、その時だった。


「やあ、よくやるじゃないか。久しぶりだぬぇ、飛龍くん」


 ――――どこからともなく。神出鬼没に現れたのは、七木遥その人だった。

「! なんで遥お前、」

「七木。……何故お前が、ここにいる?」

 私が上げかけた声を遮って、飛龍の幾分かトーンの低い声が耳朶に響いた。正面から見れないため確証は得られないが、しかしこの男にしては珍しいことに剣呑な目つきをしているであろうことは想像に難くない声色だった。

 そして遥の浮かべている笑顔も、いつも私やハルトに向けているものとは微妙に違う――――気がする。そこまで彼女の顔をじっくり見たことはあまりないからわからないが、いつもの好々爺然としたそれとは本当に微妙に毛色が違うように思えるのだ。

 いうならば、どこかうさんくさい。そんな感じだろうか。

「そんな警戒しないでおくれよ、私に君と敵対するつもりは微塵もないからさ。ただまあ――――ちょっと、お願いがあってぬぇ」

 秋流ちゃんと、ハルトくんに。

 そう彼女が付け足し、背後に向けて「出ておいで」と声をかけると、その暗がりから出てきたのはエスカラーチェ兄妹の二人だった。

「私らに、かよ? 飛龍ではなく」

「まあ、回り回って飛龍くんに通ずる話だぬぇ。頼みっていうのはさ――――ああ、自分で言うかい」

 怪訝な顔をして問い返せば、遥の言葉を遮ってウィアが彼女の服を引っ張った。その意を汲んだらしい遥は一転して口を閉じ、

「僕たちは、白樺組からの離反を決めました。そして新しい道を探すと。でもそれでも、僕たちを育ててくれたお父さん(パパ)たちに言われたことは――――唯一“頼まれた”ことは、きちんと全うしたいんです」

 頼まれた。それが例え命令という形であっても、消耗品だと思われての上であっても、「育ての親に求められた」という事実は変わらないのだろう。

 だからこそ――――自分たちは、私とハルトの心臓を狩りに来た、と。二人の紅の瞳が、告げていた。

「そういうことさ。彼らが勝てば、二人の命はこの二人が持っていく。だが秋流ちゃんとハルトくんが勝てば、二人は飛龍くんに引き渡そう。煮るなり焼くなり、好きにしてくれていい。でもこれはあくまで再戦の『お願い』だ、二人は別に断ってくれても構わない。どうだい?」

 逡巡。これはあくまで頼みであり、私たちはリスクを犯さないという選択もできる。その場合、兄妹の願いは果たせず、私たちの依頼も完遂されることは永遠になく、全てが曖昧なままで終わる。

 それは、気持ち悪かった。義理、というほど真っ当で綺麗なものではない。ただ請け負ったからには、私にも飛龍に対する義務感のようなものはあるのだ。

 私の判断を無言で仰ぐハルト、彼に対し視線を合わせ、頷く。きっとそれだけで返答としては十分だろう。この一ヶ月で、私が彼の性格を理解したように――――彼も、私の性格を十二分に理解したことだろうから。

「今更リスクに怖気づくような弱虫は、生憎と飼っていないのでね――――請け負うさ。なぁ、秋流」

「あァ。半端は主義じゃねェんでな。それでいいよな、依頼人」

 一応と飛龍の言葉を待てば、彼は瞑目し、そして数秒後。

「……ああ。それで構わねえ」

「話はついたようだぬぇ」

 エスカラーチェの二人が、その手に打刀をそれぞれ呼び出す。

 飛龍が下がり、私が太刀を、ハルトがサーベルをそれぞれ構え直す。

 ようは、巡り巡って一番最初に戻ってきただけだ。面倒くさいしがらみにがんじがらめになりながら、しかし縁や義理などというものは抜きに、私たちは決着をつけたいだけに過ぎない。


 ――――さあ、五月最後の大一番で、仕舞いにしよう。


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