Act.35
<Act.35 5/15(日) 21:56>
【飛龍伊織】
――――その後次々と現れた増援のほぼ全てを、俺は単独で完封せしめた。
魔力で矢を生成し、それを俺の背丈ほどもある巨大な和弓に番え、そして放つ。たったそれだけの所作で、たった一本だけの矢で、軽く十人以上が一度に吹き飛んだ。時折それを掻い潜って近付いてきた連中に対しては、爆散しない程度に加減して文字通り蹴散らした。
正直仄宮とあの男、ベルンハルトの「なんだコイツ本当に人間か?」「んなわけ……あるはずなんだが」という微妙に歯切れの悪い会話が聞こえてきて苦笑が堪えられないと共に、教え子に人外認定されかけていて少し悲しい。つらい。
実際のところ、俺はれっきとした人間だ。こんな大立ち回りができるのは、生まれ持っていた力がずば抜けて強大だったからに過ぎない。
そう、それこそ、飛龍型魔術航空母艦「飛龍」。海を統べ、空を統べる人類の叡知の結晶体、科学の粋と魔術の粋をとことんまで突き詰め凝らした末に生み出された“艦”の究極体だった。
これを操るのに必要な資格はたった一つ。かつて第二次世界大戦を駆け抜け、悲劇のミッドウェーにて没した第二航空戦隊司令官・山口多聞、その直系長子であるということだけ。
ゆえにこそこの世では今唯一人俺だけが扱い切れるこの力は、多聞の息子、俺にとっての曾祖父がたった一代で集成したかなり特異な形の魔術だった。
普通魔術とは血統や遺伝とは全く関係なく、個人に発現するものだ。先天である場合も後天である場合もあるが、どちらにせよそれが「血によって継承される」例はほとんどない。そもそもが魔術とは「個人の欲望の発露」「願いを叶えるための手段」であり、それは必然的に“歪み”を持つ。わざわざ手間をかけてまでそれを後代に残す必要はなく、まして呪いじみた血の宿命を愛しい我が子にまで押し付けようという人間はなかなかいない。
魔術師とは、本来自らが希うもののために物理法則すら歪めるほどの狂気者たちだ。願いが魔力に呼応し、それがその人物固有の術理と化して顕現する。しかし一方でそこまで純粋で突き詰めた願いを持てる精神は、ある意味で限りなく子供に近い。望みを叶えてくれない世界に駄々をこね、それでも諦めきれないと千切れんばかりに首を振った挙句まともではない手段を手に入れた彼らは、しかし別に、多くの場合世界を滅ぼしたいわけではないのだ。
だが、俺の曾祖父はそこが違った。高祖父が遺した偉業を、山口多聞という人間と共に戦い散っていった者たちの雄姿を、そして彼らの力を、例え我が子に闘争の宿命を背負わせてでも残したがったのだ。
その結果が、俺のこの力。とはいっても、うちと同じような暴挙に及んだ家は少なくない。同じように戦火の下で散っていった者たちを、その棺桶たる船と共に蘇らせたいと泣き咽んだ者たちは多くいる。それでもこの力を、船とその御霊の力をまともに継承するなどという荒業を「悪影響なく完璧に」受け継げたのは我が家くらいのもので、その結果船の名字を冠していながらもその由来を知らない者もざらにいる。
つまり要約すると、化物じみた俺の力は人外由来のものではなく、「鉄と魂の集合体」に基づくものであるということ。いうなれば城にも匹敵する鋼鉄の塊と、数千人に及ぶ魂が猛威を振るうのと同義――――それが人外をも超えられなくてなんだというのだ。
――――更に矢を番え、次々と射ちだせばそれは的確に白樺組の黒服たちを射抜いては大気へと融け消えていく。夜闇の中を裂いて飛ぶその閃光は在りし日の戦場を駆け抜けた両翼そのもので、その冴え冴えとした稲光のような姿は例え百年の年月が経とうとその鋭さを失うことはない。
「とはいえ、これは流石に数が多いな……!」
吹き飛ばしても吹き飛ばしても、あとからあとからわらわらと湧いてくるのには流石に嫌気がさしてきた。ちまちま蹴散らしていたのでは埒が明かない。
「おいお前らッ!」
「あん?」
俺の後ろにあるコンテナのその背後で座り込み、すっかり気の抜けた体制に入っていた二人を呼びやれば、彼女らは随分と不服そうな顔でこちらを見上げてきた。「なんだまだ仕事させんのか」といった目が痛い、痛い、突き刺さる。
「確かに終わりつったのは俺だけど! 報酬上乗せすっから働いてくれって、なあー!」
「はあ? ……チッ。言い値だぞ、分かったな」
「やれやれ。だがまあ、ほんの少し働いただけで大金をくれるのだから良い依頼人だよ。今後ともよろしく頼む」
「しれっと大金要求するつもりだなお前……まあいいけどよ」
しかしまあ、「積まれた金で動く」というのは単純かつ最も信頼度の高い行動であるから、苦笑こそ浮かべるものの彼女らのそのスタンスに何ら否やはなかった。こういう手合いは積んだ金に比例してしっかり仕事をこなしてくれるし――――仄宮だけなら多少考えの足りない部分はあっても、それはあのベルンハルトという男が補ってくれるだろうということは簡単に予想がついた。
ビジネスパートナーとしても、――――教え子としても。最初見た時はなんぞ仄宮が男連れでと大層驚いたものの、今こうして彼らのふるまいを見てみれば納得することができる。
「で、どうすりゃいいんだよ? 依頼人さんよ」
様子を窺う黒服たちと俺の間に立つように、彼らはごく自然に背中合わせにして正面を見やる。
「単純だ。これから俺がやろうとしてることは少しばかり“溜め”が必要な奴でな」
俺が溜めてる間、二人で俺を守ってくれ。そう告げれば、二人は軽く振り返った顔をちょうど同じ表情に変えた。つまり「なんだそんなことか」という顔である。
「なんだそんなことか。協力して全滅させろとでも言うのかと思ったよ」
「口に出すんかい……元々お前らの仕事でもないのにそこまでは言わねえよ。ただまあ、一網打尽にできるかわりに隙がでかいんでな、頼むよ」
「……ま、後片付けみてェなモンだろ。気楽にやってやるよ」
そう告げれば、仄宮とベルンハルト、両が戦闘態勢に移る。その落差は後ろで見ていても歴然で、彼らが振った掌の中で、それぞれ扇子が太刀に空白がサーベルにと変化したのには少し驚いたものの――――これなら頼もしいと俺は一層破顔する。
さて、そうと決まれば俺もさっさと始めなければなるまい。黒服たちもいよいよしびれを切らしてきそうだし。
弓を構える。さてこの魔術空母「飛龍」であるが――――これはただの艦ではない。軍事科学の粋を凝らした最高峰であると同時に、これはおよそ世に存在する魔術という多種多様な理の中でも随一の神霊的側面を持つと俺は思っている。
矢を番える。ボ、と炎が灯るような音をして現れたたった一本の矢を、これまでのようにすぐ射つではなくそのままの形で固定し、魔力を込める。
これから俺が開陳しようとしているのは、「飛龍」の魔術的な側面である。彼女は海の上を往く鋼鉄の牙城であると同時に、出雲大社より恩恵を授かった飛竜、龍神の顕現でもある。それは八百万の神が出雲に来る際の先導、そこから転じて嵐と海を司る龍神へと姿を変えたものの加護を受けているのだ。
先代である父曰く、俺はこの魔術的側面よりも科学的側面、即ち本来の「空母」としての力を運用することに秀でているため、残念ながら龍神のほうはあまり上手く扱うことはできない。しかしそれはあくまで「燃費が悪い」というだけであり、有象無象を薙ぎ払う極大の一発を放つ分には何の問題もなかった。
矢へと徐々に魔力が集まっていく。魔力の中心地、龍脈の集うこの新宿という土地は、大喰らいな俺の「飛龍」とは非常に相性が良い。そもそもが「空母」などという馬鹿でかい存在質量に加え、それが抱く何千もの魂の質もまた非常に高いため、普通に弓矢として運用するにも他の土地では十全に力を発揮することができない。
この新宿という土地こそ、「飛龍」にとっての出雲なのだ。
そして、すう、と息を吸う。
「――――我、八百万の神々に奉る。鋼の御霊を神籬とし、龍神の加護を願い颶風と共に舞い降り給え」
力が集まる。八百万に奏上する祝詞が響き、力が集う。目に見えない魔力というそれが、あまりにも確かで圧倒的な質量を持って切っ先として現れ出ずる。
「お、おおおッ!」
その力が各個たる形になる前に決着をつけようと思ったか、黒服たちが怯みながらも手に鉄パイプやら凶器を手にしてかかってきた。
しかしその先が俺に触れるよりも前に、
キィンッ
「無視してもらっちゃ困る。それじゃあ金になんねェからな」
「というわけだ。有難く俺たちの生活費になってくれたまえ」
……素直すぎて、思わず弓を引く手を緩めるところだった。




