Act.33
<Act.33 5/9(月) 10:23>
【七木遥】
妙な縁というのもあるものだ。先月に続き少年少女を匿うことになった経緯を考えつつ、私は彼らに振る舞うためのおじやを作っていた。
思い返せば四月は十七日、降るような星空の夜だった。摩天楼の隙間から覗くそれらをぼうっと眺めていたら、面倒を見てやっていた吸血鬼の男が何やら楽しそうな顔で意識を失った少女を抱えて帰ってきたものだからあの時は驚いた。何が驚いたって、下手をしなくとも普通に犯罪になるところをいつものあの笑顔で「拾い物だ、とびきりのな」と答えたところにである。
「落とし物は交番に届けなさい、って言ったのは私なんだけどぬぇ……」
今度はその私が下手をすれば犯罪になりかねない拾い物をしてしまった。しかも今度は二人もである。苦笑しながらも、拾ったからには面倒を見ねばなるまいとおじやを器によそう。
ハルト君が拾ってきた子、秋流ちゃん。もともと情報屋の方でつながり自体はあったが、半ばプライベートとなりつつある表向きの稼業、茶屋のほうでもつながりができるとは思っていなかった。あの子は一見とっつきにくくてつっけんどんで、周りのもの全てを突き放すような態度をとるが、しかし根っこのところを隠しきれていない部分がある。無意識なのか、そこがきっと彼女の甘さでもあり『可愛げ』なのだろうと思う。バイトとして入り始めてからは、同級生の夏目ちゃんや社員の凛太君ともそれなりに友好的な関係を築けているようだし、ぶっている態度とは反対に、きっと彼女は「悪役」にはなれまい。
さて、では今度は私が拾ってきたあの少年少女――――異国の兄妹は、果たしてどうだろうか。そう思ってできたおじやを持って彼らを寝かした部屋へと踵を返しかけたところで、覗いている顔に気付いた。
「おや、起きたのかぬぇ?」
「……、」
拾ってきた兄妹のうち兄のほうと思しき少年は、何かを言いかけるように口を開けてから、結局こちらの様子を窺うように閉じてしまった。私にはその様子がまるで、兄猫が妹猫を必死に守るそれのように見えた。
「安心しておくれ、私は君たちに危害を加えようって気はないよ。だからほら、妹さんのケガも手当、してあっただろう?」
にこ、と微笑む。すると少年は少し考え込んだ末にこくりと頷き、たたっと先に部屋へと戻っていった。私も冷めないうちにとその後を追う。
「おにい、ちゃ、」
「トリファ、まだ動いちゃだめだ。傷、痛いだろ?」
「う、……っつ」
「そうだよ、まだベッドから出るのはやめておきなさい。なんせ銃撃を肩に喰らったんだからぬぇ」
銃撃、という言葉に起き上がらせていた体をびくりと震わせた少女は、その傍らに寄った少年の腕を縋るように掴んだ。怯えるような瞳を向けてくるが、それを宥めるように少年は妹の頭を撫でやる。
「私は七木遥。君たちがちょうど、撃たれたところにでくわしてぬぇ。放っておけなくて、連れ帰ってきたのさ」
ちなみに治療に関しては知り合いの闇医者に頼んでやってもらったよ、と付け足す。ベッド脇の台におじやをいったん置き、椅子を近くにもってきて腰掛けて「君らの名前は?」と問いかける。
「僕はウィア・エスカラーチェ、こっちは妹のトリファです……その、助けてもらって、ありがとうございました」
まだ警戒をとききってはいない――――が、それでも一応礼儀として、兄・ウィア君はぺこりと頭を下げた。妹の方もそんな兄の様子を見て慌てて小さく「ありがとう」と頭を下げ、私はそんな二人の微笑ましい様子に相貌を崩した。
例えどんな歪みを持っていても、お礼を言える子は、大丈夫だ。長い間を生きてきたが、相手に礼儀を尽くせる者はまだ取返しがつく。
「それで、貴女はどうして僕たちを、」
「人を助ける理由なんて大したものじゃないさ。しかも相手は年端のいかない幼子、秋流ちゃんたちと戦っていたことからワケありだってことは予想がつくけど……でも、それは君たちを助けない理由にはならない」
と答えれば、二人は不思議そうな顔をして顔を見合わせた。おじやを二人に渡し、「お食べ」と微笑みかければ、彼らはおずおずとそれに口を付け始めた。
その様子を眺めながら、彼らの背景を思う。この頃新宿の暗部で繰り広げられている飛龍組と白樺組の抗争――――それを知らない私ではなかった。そして彼らがその白樺組の切り込み隊長、別名消耗品の特攻役をやらされていることも、同様に。
白樺組の先鋒、いわばその大勢力の渦中にいる人間たちに手を出すということの意味を、私とて認識していないわけではない。だがそれは幼子を見殺しにして良い理由にはならない。例え相手が強大な勢力であろうと、私たち鵺はそれにおもねるようなことはしない。その機嫌を窺って、救うべきから目を逸らすようなことはしない。
妖の誇りに賭けて、同じ人ならざる者を見捨てるようなことはしない。
「君たちを撃ったのは、君たちの親である白樺組だ。その意味は、分かるぬぇ?」
――――しかしそれでも、彼らの未来は彼らで決めなければならない。その事実は変わらなかった。
告げれば、彼らのおじやを食べる手が止まる。それはそうだろう、生まれてこのかた実父として慕ってきた者に見限られ、裏切られ、とうとう『用済み』の烙印を押されてしまったも同然なのだから。齢が齢だし、子を捨てる親など言語道断である。だが、それは己の未来を他者に委ねて良い理由になりはしないのだ。己の未来は常に己で定めなければ価値はない、それは幼子であろうと老人であろうと同じ。
だから酷なようだけれど、これは当然の問いだった。対する答えは、
「……はい、知っています。お父さんたちはもともと、僕らを消耗品としか見ていなかったことは。……随分前から、知っていました」
与えられた境遇の中で、そういう生き方をする中で、きっと気付いていたのだろう。人は与えられた生き方しかできない。しかしそれは己の努力で、ひょんなきっかけで、重大な選択で、きっといくらでも変え得るものなのだ。それをこの子たちは、知らない。知るだけの知恵も術も、奪われた中で育ったのでは知るはずもない。
「じゃあ、私のところにくるかい? 二人とも」
今の私には、選択肢を与えるだけの能力があった。彼らが知恵も術も持たないのなら、私がそれを与えよう。
いつだって、悩み迷う若人を導くのは、先陣を切って生きる先人にしかできない醍醐味なのだから。
二人の目が大きく見開かれた。
「それは、どういう、」
「そのままさ。このまま私の家に住んで、私と一緒に暮らせばいい。行くところが見つかるまで――――やりたいことが見つかるまで。仮の宿の主として、食も寝床もあげよう。君たちが、決めるんだ」
だがそれでも、私は彼らの親にはなれない。ただ彼らが十分に世界を渡っていけるまで、知恵と力を蓄えて、やりたいこと目指したい場所を見つけるまでを援けることしかできない。終の棲家を提供することはできないが、それでも一時羽を休める場所をあげることはできる。
それでも良いか、と私は問うたのだ。いずれ必ず出ていかなければならない時がくる――――それでも良いのなら、と。
「おにいちゃん」
くい、とトリファちゃんがウィア君の服の裾を引っ張る。その目は何かを訴えかけるようで、少年の方も逡巡したのち「……うん」と頷いた。
「僕たちには、もう行くところがない。だから遥さん、貴女のところにいきたい。……でも、でもそれでも、僕たちは、僕たちを育ててくれたお父さんたちに対して、返さないといけないんです」
返す。それはもちろん――――恩だろう。曲がりなりにも育ててくれた親、義理立てしたいというのは、なんとも律儀でいじらしいことだ。
だが彼らは決断した。ならばその意志も、なるべく汲んでやりたかった。彼らが白樺組というくびきから逃れ、自由に生きる術を得るために。
「いいよ。どうしたい? 白樺組へのコンタクトは自力でとれるだろうけど、秋流ちゃんや飛龍組にコンタクトをとる手段は流石にないだろう。私にいってくれれば、どちらにでもつなげるよ」
そう提案すれば、ウィアくんはスプーンを置いて一度考え込み、少しして、
「……もう一度、あの二人と戦いたいです。せめて“聖杯”だけは、お父さんたちに持ち帰りたい」
“聖杯”を持ち帰る。シャルラハロート家の“聖杯”について、私は当事者ではなく居合わせただけの人間だから、あまり詳しいことを知っているとはいえない。だがそれが彼らの、ハルトくんと秋流ちゃんの心臓を成しているということは知っているし、それが他者の手に渡るということは即ち――――彼らの死に直結するということも、すぐに理解できる。
しかしそれを理解してなお、私は「わかった」と彼らの申し出に頷いた。エスカラーチェの兄妹が秋流ちゃんとハルトくんを殺そうと、その逆であろうと、それは私が左右して良い事柄ではなかった。
それでもまあ、何も言い添えないとは言っていないが。
ハルトくんたちが兄妹を完全に下せば、白樺組としても完全に兄妹を用済み扱いとして切り捨てることだろう。消耗品である以上、消耗するだけの成果を出せなければ手元に置く意味はない。非情なようだが、それはきっと当然だ。仮に完全に“処分”しようとして追手を差し向けてきた場合は――――まあ、私が全て返り討ちにすれば良いだけの話だ。何人かを迎撃すれば、いずれ無駄とみて諦めることは見えている。
「秋流ちゃんたちには、私から連絡をとっておくよ。とりあえず君たちは早くその残りを食べて、今日のところは休むといい」
そして、付け足して。
「ようこそ、七木遥の家へ。ゆっくりしておいき」
にっこりと微笑めば、兄妹は顔を見合わせてようやくにこりと笑った。




