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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅱ 狭雲月編
34/76

Act.32

<Act.32 5/8(日) 23:30>


【仄宮秋流】


 ――――剣閃が街灯の光に煌き、鋭く甲高い音が絶えず響き渡る道の上、足下には影が忍び寄り兄妹の足を捉えんと這い回った。

 私の飛燕とハルトのサーベルが放つ銀の光と、兄妹がそれぞれ持つ紅緋と漆黒の刀身が持つ目に痛い光彩が、まるで夜闇を斬るようにそこらじゅうを舞い踊る。その様はきっと、見ているだけならばある種剣舞のような荘厳さ、剣呑を纏う神々しささえ覚えたかもしれない。

 しかしそれらと――――あまりに禍々しいその二対の双剣、そして二体の“獣”を相手取らなければならない私たちとしては、そのような悠長な感慨に浸っている時間などコンマ一秒たりともないのだった。


 カァンッ!!


「チッ、すばしっこいったらありゃしねェ……ッ! おいハルト、どうにかできねェのかアイツらッ」

「尽力は、しているがね……一人相手なら大したことがないが、二人揃うとこうまで厄介とは。誤算だった」

 切羽詰まった私の声に反し、口調だけはのんびりなハルトがそう返す。しかしあっさりとしているのは口調だけで、その手元は双剣の迎撃と共に彼の自前の影の操作にと非常に忙しない。だが彼と背中合わせにしている私も、刀一本だけとはいえ常に細い縄一本での綱渡りを強制されているような緊張をようやくぎりぎり保っているという状況で、有り体にいってしまえばつまりは形勢不利に陥っているのだった。

 エスカラーチェ兄妹は、常に揺らめくような獣の気配を纏って、その血濡れと見紛うような真紅の瞳をぎらつかせながら私たちに襲い掛かっていた。その矮躯から生み出される速度はおよそ人間のものとは思えないほどで、事実その脚力に耐え切れなかったコンクリートはあちこちで無残にも剥がれている。そのすばしっこい体と、打刀を二本も同時に操る桁外れの膂力に、私たちは防御に専念せざるを得ない状況に追い込まれていた。

 そして専念するにも、前回城ケ崎満と戦った時のようなドーム型の防御幕をハルトが展開しようものなら、即座に刃が差し込まれ唖然とするほど鮮やかな手際で妨害されてしまうものだから、体制を立て直す暇もないのだった。

 ならばどうするか。私とハルトの脳裏に浮かんだ発想は、きっと同じだっただろうと思う。

 私に必要なのはたった一瞬の『溜め』。刹那の集中すらも許さない黒と紅の刃の驟雨を阻み、まとめて吹き飛ばす『威力』を生み出すための須臾。


 ――――カンッ!!

 私の脳天に振り下ろされた紅緋の刃が、白銀を照り返すサーベルに跳ね返されたその音が虚空に響いた瞬間。



「<蘭帝>――――<我龍走破>」



 言の葉が静かに零れ落ち、そして刀身を這う魔力が振り抜かれると同時に龍を象る。

 たった一つの挙動が刹那を縫い、瞬きのうちに爆発を伴って空を滑り――――私の真上に刃を振りかざしていたウィアに直撃し、真後ろにいたトリファもろとも巻き込んで盛大に跳ね飛ばす。二つの矮躯はほとんど前振りなしに呼び出された龍の襲来に成す術なく直撃を受け、そのまま派手な音を上げて既に明かりの落ちたビルの側壁に衝突した。

「やった、か?」

「……わざわざフラグを張るんじゃあ、ねェっつの」

 ハルトが呟き、私ははあ、と一つ息を吐く。猛襲は退けた。すんでの一撃だったとはいえ、衝突音からして決して小さくないダメージは入ったはずだと煙の向こう側を凝視する。

 並の人間ならばコンクリートの壁面にもつれながら激突すれば骨の一つや二つは軽く折れる。その状態で戦闘続行は私でも御免被りたいし、仮に可能だったとしても動きが鈍ることは確実だ。


 しかし、それでも。


「落地降り、――――」


 幼い声たちが拙くも紡ぎだした言葉には明確な聞き覚えがあり。


「――――禍津祝い、」


 煙の向こう側から聞こえ始めた祝詞は本物で。


「罪穢を奏して、――――」


 しまった、と歯噛みした時にはもう遅く。


「――――聞し召せと白す」



 ――――――――ぞん



 立ち昇った濃密な殺意は、紛れもない“化物ホンモノ”の気配だった。

 煙すらも彼らを嫌がり恐れて遠巻きにさざめく。そんな錯覚さえ覚えてしまうほど、彼らは禍々しいに過ぎた。

「ッ、……とんでもない、な……!」

 ハルトが呻く。それほどまでに、彼らがその身から発する気配は異様だった。闘気、殺意、重圧、それら既存の言葉では到底表しきれないような『脅威』であり『驚異』。

 私だって、何度も何度も修羅場を潜り、死の線を潜ってきただけの経験はある。だからこそ踏み止まれる胆力というのも、一般人よりはあると客観的に判断している。しかし、それをして、なおも「逃げたい」と思うほどの抑圧を、彼らは纏っていた。

 人間的な叡知によって着色された圧力であったならば、まだ何千倍もマシだっただろう。だがそうではない。彼らが持つそれは、例えるならば太古を闊歩した恐竜ダイナソー、それか最早天が降らせた災い(ディザスター)とでも言うべきものだ。


 決して目を合わせてはいけない。悟られてはならない。気付かれればあとは、微塵の容赦も寸分の躊躇もなく食い荒らされ踏み荒らされるのみ。矮小な人間にできることは、ただただ目の前の猛威が過ぎ去ることを地に伏して待つことだけ。その足が脳天を掠めようと、その咢が鼻先にちらつこうと、決して歯向かってはいけない。

 そんな極めて原始的な暴力と、――――――――私たちは向き合わねばならない。


 つくづく割に合わない依頼を請け負ったものだ。飛龍はおそらく、これを知っていて「言い値で構わない」などとふざけたことを抜かしたのだろう。冗談じゃない、こんなのを殺すでもなくただ「捕縛しろ」などと、生きて帰るよりも難しい。

 状況は最早、「私たちがいかにここを生きて潜り抜けるか」にシフトしていた。


 ――――ダンッ!!


 両手に紅緋の打刀をひっさげたトリファが、弾丸そのものと見紛うかのような速度で迫る。ただただ純粋に煮詰められた殺意の塊が息を吐く間もなく迫り、反射的に逃げ出そうとしてしまう足を根性でコンクリートに食い込ませ、刃を振るう。

 視界に血色の光が瞬き煌く度に、立て続けに金属音が鳴り響いた。一つを認識したと思った瞬間には既に三つが放たれていて、ぎりぎりのところで本能が仕事をしてくれているおかげで重傷は負っていないが――――しかし、着実に足や腕、全身のいたるところを寸刻みにされている心地だった。

「く、ゥ……ッ!!」

「――――ぐる、」

「本当に、……狼そのものだなッ!」

 ハルトはといえば、そちらはそちらで漆黒の二振りを振るうウィアをいなすことで精一杯の様子だった。いなす、といっても実際はぎりぎりで弾くことを繰り返しているに過ぎない。拮抗とは言い難く、つまり先ほどの状況を打破するつもりがよけい悪化しただけだった。

 このまま攻防を続けていたところでジリ貧は免れない。彼らは私たちを殺すまで寸刻みを続けるだろうし、その前に私たちの体力と集中が切れてジ・エンドだろう。どうあがいても詰み、四方どころか八方も全て塞がった、まさしく万事休す――――

 そう、思った瞬間だった。



 ――――――――たぁん



「――――…………う?」


 煌く紅緋。

 飛び散る鮮血。

 そして、飛来したのは一発の弾丸。


 たぁんッ! たぁんッ!! たぁんッ!!!


「あ……う……ッ」

「……は……ッ?」

 連続して響いた、本来この場には存在し得るはずのない破裂音――――銃声に思わずぎくりと体を硬直させた直後、私に致命的な刃を浴びせんと迫ったトリファ・エスカラーチェが呆けた顔で崩れ落ちていった。

「トリファッ!!」

「秋流ッ! 退くぞッ!」

 同時にあがったウィアの声とハルトの声で、ようやく私も我に返る。私が一歩飛び退いた瞬間にウィアがこちらには目もくれずトリファの身体を抱き起こし、彼女の名を呼びながら揺さぶり始めた。

 あまりにも、唐突だった。銃弾が飛来したと思しき方向に目をやるも、既にその暗がりに何ら姿はない。溢れ始めた血臭はとめどなくあたりを冒し、ハルトに手を引かれ踏み出した足が「ぱしゃり」と血溜まりを踏み躙る。

 突然の姿なき闖入者に感謝する間もなく、その場を離れる。去り際ちらりと振り返った視界に映ったウィア・エスカラーチェの横顔は、――――欠け始めた月に縋るかのような、ただの少年のものだった。

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