Act.25
「お父さん、」「だと……?」
「あたしたちを、ひろったひと」「そして僕たちを使う人」
期せずして同時に形になった問いは。
「お前ら」「君たち」
「一体、なんなんだ?」
そして、対する答えは。
「トリファ」「ウィア」
「エスカラーチェ、」
「――――白樺組の飼い犬」
<Act.25 5/6(金) 16:30>
【仄宮秋流】
ウィア・エスカラーチェ――――そう、この異国の少年は名乗った。
しかし、飼い犬。年端もいかぬ幼子が口にするには、その前につく言葉があまりに不穏だった。
即ち『白樺組』。裏社会に足を突っ込んでさえいれば、特段深い関わりをもっていなかろうと必ず名を耳にするだろう極道の名前である。関東、特に新宿に深く縄張りを持つ『飛龍組』、そして関西、特に大阪に広く縄張りを持つ『白樺組』。それくらいは情報集めに積極的でない私でも知っているほどであり、裏を返せば両組はそれほどまでに強大な権力を持っているということの何よりの証左となる。
そこまでは、まあ良いだろう。問題は、何故こんな幼子がそんな物騒な名前を口の端に上らせるのか、というただ一点のみであり。
「……そんなにあっさり、バラしていいのかよ? 自分のオヤなんだろ」
「大丈夫ですよ。僕らは、教えても構わないことしか教えられてませんから」
「……、」
お父さんと呼ぶ割には、なんともまあ淡白に過ぎる言葉だ。しかしその顔は相変わらず笑みを象ったままで、だからこそその違和感がより一層鮮明に映える。
そりゃまあ、彼の言う『白樺組』が本当に『白樺組』だとすれば、その環境が形作る「家族」「親」の形というものも、それなりに歪んだものになることだろう。だが彼の言葉を額面通りに受け取るならば、これは最早そういう関係性ではない。文字通り敵対者に対して吠え噛み付くことを期待された、「主人」と「飼い犬」の鎖に他ならない。少なくともそれが「親子」と形容されて然るべきものでは断じてないということは、私にだってわかる。
「テメェの話が本当だとして、なんだって白樺組が東京にいるってンだ。テメェらの縄張りは西の方だろ、飼い犬なのにテメェのテリトリーも覚えてねェのか?
付け足せば、彼は相変わらずにこにこと笑ったままで「“聖杯”を手に入れるためです」と答える。
駄目だった、埒が明かない。飄々と言葉を吐く間にもウィアが背中に負う黒々とした気配は微塵も鳴りを潜める気配を見せないし、かといって会話が成立しているかと言われても怪しい。真意が読めないままでは堂々巡りだ。
ならば、引きずり出す。飛燕の柄を握り直し、言葉を重ねることなく地を蹴る。
「らァッ!!」
「ッ、」
振り下ろした刀が、彼の持つ打刀二振りによって阻まれる。まだ体格にも恵まれないその膂力でよくもまあ二振りも操ることができるものだ――――感嘆はするが、するだけだ。
すぐさま身を翻し、続け様に蹴撃。左足を軸に右足の爪先を横っ腹に叩き込めば、その細い体躯は夕焼けの中に吹っ飛んでいくかに思われた。
「ッぐ、……!」
「! ……ン、だとッ!」
しかし、耐えた。ウィアは顔を苦痛に歪ませ歯を食いしばりながらもその場に踏み止まり、更には私の脚をまま切断しようと左の刃を振り上げる。
「ッ、」
勢いよく突き下ろされたそれはだが空を切り――――冷や汗が背中を伝う感覚を掻き消すように、無理矢理に引き寄せた右足を今度は鳩尾へと突き入れる。
今度こそ的確に、間違いなく入った感触があった。少年の身体が衝撃にびくりと震え、ぎこちなく停止するところを容赦なく斬り倒す――――そう、思って刃を振るった時だった。
「落地降り、禍津祝い、罪穢を奏して聞し召せと白すッ!!」
――――恐ッ
まず最初に、本能が撤退を選んだ。あまりにも異様に過ぎた気配の膨張に、「受け止める」でも「受け流す」でもなく、戦闘本能がまず真っ先に「退く」ことを選んだのだ。
それほどまでに、それは異様で異常で、そして何より威圧に過ぎた。
さながら獣。今まで持ち合わせていた人間の倫理観などという矮小なものを根本からかなぐり棄て、降臨した暴虐の王に全てを委ねたかのような。
びりびりと肌が震える。少年の矮躯から立ち上る圧倒的で虐殺的な殺戮の気配が、より濃密になっているのを魂が感じる。
あまりにも、凄まじい。そうとしか形容のしようが無かった。たった一文の祝詞をきっかけにして、まるで世界までもが黄昏へと堕ちていくかのような――――そんなどうしようもない、錯覚。
しかし、それでも。
「ッ――――!!」
戦士の本能が在った。怖じるだけではないそれが吼え猛り、寸でのところで斬撃を受け止める。
ぎり、と至近距離で瞳がかち合う。紅緋色の光の中で、気のせいではないその眼光は確かに真紅をしていた。瞳孔まで鮮やかに血で染め上げられた、まるきり獣の瞳。口裂けと見紛うほどに歪められた口には、肉を噛み千切る鋭い牙を幻視するかのような。
「ぐる、」
「ッ、テメ……ッ!!」
一体このクソガキが何をしでかしたのか、その仕組みは一切わからない。しかしその理性まで吹き飛ばしたかのようなツラに負けるほど、私も落ちぶれてはいなかった。
膂力は認めよう。だがそれだけでは勝負は――――闘争は終わらないことを、しっかりとその脳味噌に刻んでやる。
「気張って受け止めろよ、クソガキィッ!!」
双剣が、黒と紅の刀身が夕暮れに煌いた瞬間。
ギィンッ!!
漆黒が、少年の手を離れて、くるくると。
宙を舞って――――とす、とコンクリートに刺さった。
「……あ」
放心したかのような少年の間の抜けた声。同時にその瞳から血の如くの真紅が薄っすらと引き――――元の瞳に戻っていった。
「まだ、やるかよ」
ちゃき、と刃の切っ先をその首筋に当てる。鋭利な白銀が暮れかけの橙に揺らめき、当てた先の肌に鮮血が一筋浮かんでは流れ落ちる。私が一振りすれば簡単に首が落ちる状況で、しかし少年はなおも微笑んでいた。
「――――いいえ。今日は、撤退といきます。それでは、ご機嫌よう」
す、と少年が身を引く。まるで闇討ちを恐れていないかのように無防備な背中を見せ、その姿が遠ざかっていく。
そして、矮躯が完全に見えなくなり、じりじりと蟠っていた黄昏も地平線の向こうに消えた頃。
「……ッンだよ、アレ……」
私が首を奪らなかったのはそうしては情報が得られないからというのもあるし――――単純に、これ以上アレの相手をしたくなかったからだった。それをきっとあの小憎たらしい少年も理解して、だからあっさりと逃亡を選んだ。
たった一瞬とはいえ、相対したあのあまりにも異常に異端を重ねた濃密な殺意の気配。初見でアレの相手は、正直いって非常にしんどかった。思っていたよりもあの異国の少年少女の抱える異常は生半可なものではなく、であるからには相応の展開がこれからにも待っているはずだった。
しかしそれでも、小休止。飛燕を静かに扇子に戻し、徐々に紫へと覆われ行く空を仰いで瞑目する。橙が沈みきるまでの束の間、私はずっとそうしていた。
――――突き立った刀はいつの間にか消え。そうして邂逅は一段落し、幕は次なる状況へと流転する。




