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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅱ 狭雲月編
26/76

Act.24


<Act.24 5/6(金) 16:21>


【ベルンハルト・レヒト・シャルラハロート】



「おにいさん」


 夕刻。かけられた声に振り向く。手にぶら下げたいくつものビニール袋ががさりと音を立て、人通りもまばらな道の中に影を作った。

 買い物を終えようやく帰り路につこうという俺の前に現れたのは、黄昏の光に明るく照る流れるような月光紡ぎの髪を持つ、褐色の肌の小さな少女だった。体躯はようやく140㎝を超えたかという程度。齢はおそらく十やそこらで、それだけみればただの迷子か何かだと思ったことだろう。

 だがつい昨日のあの訪問があった上、手には小さな体には不釣り合いな二振りの抜身の打刀――――そしてこうもあからさまに戦意を迸らせていては、尋常ではないということは容易に察しが付く。

「……、何か用かな」

 尋常、そう尋常ではない。この世界に、これほどまでに圧殺的な戦意を、殺意を“無自覚に”振り撒ける幼女などいてたまるものか。

 表情自体は穏やかなものだ。逆光の中でもきらきらと輝く真紅の瞳はあくまで幼子のものだというのに、それが背後に負うおどろおどろしい真っ黒の気配がただただその視線を忌まわしいものに変えている。さながら本性を、本能を剥き出しにした獣を放し飼いにしているかのような――――そんな、あまりにも年齢にそぐわない錯覚を覚える。

 秋流はこんなものに素手ゴロを挑んだというのか。というか正直昨夜だって、こんな冗談じゃないゲテモノが現れたなら、その事実を俺だって察知できたはずなのだ。キッチンと玄関の距離はそこまで離れているわけではないのだから。一般人である巡にしろ、ここまで垂れ流しの殺意を前にしてはよほどの鈍感でない限りわざわざ関わろうとはするまい。

 それが何故、何故今この時にのみ冷や汗の伝う感覚すら薄れそうなほどの濃密な気配を伴って現れたのか。それはわからない――――わからないが。

「ねえおにいさん」

 買い物袋を足元に放る。伸びた影の真上に手を伸ばせば、そこからずるりと現れるのは一振りのサーベル。


「“せいはい”は、おにいさんがもってるの?」


 赤光が、束の間瞬く。

 わからずとも、今ここで逃がすわけにも殺されるわけにもいかないことだけは、理解わかる。


 にっこりと微笑んだ少女が地を蹴る。しかしその速度はといえば到底幼子の脚が可能とするものではなく、弾丸と形容しても差し支えないほどだった。彼女が蹴り、砕いたコンクリートが舞い上がった――――そう認識した次の瞬間には、彼女は既に目前に迫っていた。

 禍々しきが詰め寄る。一瞬沈み込んだそれは俺の直前で跳び上がり、左の刀を突き立ててきた。明々(あかあか)と、赤々と燃え上がる太陽を背に、血濡れの瞳がぎらりと獰猛に煌く。そして圧倒的な加速の直後に起こった、暴力的なまでの運動エネルギーの転換が、接触と共に爆発する。

 ギィッン!

「ッづ……ッ!」

 ギリギリで展開することに成功した闇の盾と打刀が激しく火花を散らす。その一撃の重さといえば空中の不安定な姿勢から繰り出されたとは思えないほどで、重力落下と共に振り下ろされた右の刀の衝撃に、びきりと盾に罅が入った。

 盾自体は影がある限りいくらでも生成できるから問題はない。問題なのはそうではなく、あの扶桑朧の“カタリナの車輪”――――突起のついた回転する木車輪でも罅一つ入らなかった盾が、たったの二撃を加えられただけで砕かれる寸前にまで痛めつけられたことだった。

 拮抗に精一杯で反撃にまで動き出すことができない。歯噛みした瞬間、しかし突き立てられた二振りの刀は少女の手の中で消滅し――――

「せぇ、のッ!」

「ッ!!」

 二つの小さな拳が、力一杯に叩きつけられる。衝撃波すら幻視しかねないほどの暴力が盾を容易に砕き割り、受け止めたサーベルが震えた。その衝撃は体を突き抜け、足元を軽く陥没させるほどだった。

 俺の肩も超えない小柄な体のどこからここまでの圧力を捻りだせるのか。その仕組みはわからない。わからないが――――暴力わんりょくだけが手ではないことを、教育おしえた方が良いだろうと俺に決意させるには十分な威力だった。

 上げた視線と、下げた視線が交錯する。途端、左足を軸にバックスピン――――纏っていた白いコートが黄昏を受けて橙に染まり、風圧と共に翻り様、踵が滞空していた少女の横っ腹を正確に射抜いた。

「んぐっ……!」

 詰まるような声をあげて、少女はそのまま空を滑って壁にしたたかに身体を打ち付けた。それを見届けるや否や、俺は空いた左手で「ぱちんッ」と一つ音を鳴らす。

 少女の足元の影が蠢き騒めき、続いてしゅるりと細長い鞭状のそれが少女の華奢な体にまとわりつく。少女が動揺している間にそれは彼女の身体をがんじがらめに覆い尽くし、顔以外をすっぽりと覆い尽してしまった。

「やれやれ、いたいけな少女にこういうことをするのは、なんというかこちらの方が加害者のような気がして気は進まないんだがね……やむを得まい。なぁ、異国の少女」

 つかつかと話しやすい位置まで歩を進め、そう声をかければ、少女はわかっているのかわかっていないのか、いまいち判別のつかない無表情でこちらを見上げた。


「何故、君たちは“聖杯”を狙う?」



<5/6(金) 16:21>


【仄宮秋流】



「なんでテメェらは“聖杯”を狙う」


 放課後――――夕刻。現れた双子の片割れ、少年の方に乱雑に問いかける。

 薄く微笑みを浮かべたその手には二振りの抜身の刀。対する私の右手にも飛燕がある。一通りの斬った張ったはとうに済み、今度は詰問トークの時間だった。

「“聖杯”を持っていることは、否定しないんですね。お姉さん」

 くすくすと、褐色の端正な顔立ちが邪気なく笑う。その笑い方があまりにも自然であまりにも無邪気なものだから、その背負う圧倒的な禍々しさと相反して猛烈な不快感を生じさせる。そのことにこの少年は気付いているのかいないのか。

「誰が持ってるなんて言ったよ。問いに答えろクソガキ」

 不快さを押し隠すこともなく露骨に表情にだして高圧的に吐き捨てても、彼がそれに怖じる様子はなかった。どう見てもせいぜいが十四、五。普通のクソガキであれば怯えているだろうものを、あまつさえにこにこと笑ったまま、まるで柳のように流すさまは尋常ではなかった。

「それはですね」

 するり、と淀みなく口から滑り落ちる言葉は。


お父さん(パパ)が、そういうからです」

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