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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅱ 狭雲月編
25/76

Act.23


<Act.23 5/5(木) 20:21>


【仄宮秋流】


「……なァ」

「なんだ」

「早すぎねェかお前の居所バレんの」

 先の急な来訪から約一時間と半。その慌ただしさもどこ吹く風、腹も満たされ(夕飯は天麩羅だった。油ものじゃあ通りで手が離せないわけだクソッタレ)すっかりぐーたらモードに入った私たちだったが、それだけは訊かねば気が済まずついに口火を切った。

 あの少女の口から出た「“聖杯”の守護者」というキーワード。それは即ち彼女――――及び、彼女をバイクで拾いに来たわけのわからん少年が、件の万能の願望機を狙ってやってきた忌むべき刺客であるということの何よりの証左であり。傍らでテレビを眺める吸血鬼の青年が来日してまだほんの二カ月しか経っていない、だというのに既に家まで割れているとは、なんというか巻き込まれた側として怠慢だと責めたくなる私の気持ちも理解してほしい。

「とはいうがね、秋流。あの性悪の二家が差し向けた刺客にしては幼すぎると思わないか。お前の言う通りだというなら、年齢もようやく十に届くか届かないかといったところだろう。バイクとか抜きんでた身体能力はこの際考えないとして、年端もいかない子供にお前は人殺しの仕事を任せるのか?」

「いや性悪の二家とか言われても私は知らねェよ……」

 だがまあ、仮にどれだけ暗殺で名が売れていたとしても、見た目があれでは頼むのも躊躇われるというのが実際だろう。私でさえ依頼人から微妙な顔をされることもままあるほどだ、それが幼子では余計だろう。見るからに貴族といったナリのコイツの親戚筋なのだ、翻意を起こした件の二家も、資金力という点で出し惜しみする必要はあるまい。優れた暗殺者を選び取るための情報力という点で劣ることも、あまり考えにくい。ならば普通はもっとまともな「殺し屋」を雇うなりなんなりしそうなもので、つまりあの異国の少年少女はキナ臭さの塊なのだった。

「大体なァ、私はその残る二家についてなんら聞かされちゃいねェんだよ。理解を強いるならまずそこらへんの義務を履行すべきだ、そうは思わねェか」

 ジト目で横を見る。慣れた様子で私の肩に腕を回した奴は、私の言に「ふむ」と一つ頷きを返す。

「それはその通りだな。ここらで一つ、ドイツ吸血鬼御三家についても少しは触れておくとしよう」

 背景知識だ、と彼が語るには。


 ドイツ吸血鬼御三家――――それは主家であり“聖杯”を直接担う守護者格・シャルラハロート家に、守護者を護衛することを義務付けられたベルマリア家・ランペドゥーサ家を加えた三家のことを指す。

 歴史を紐解けば、この三家は“聖杯”による守護の任を仰せつかるよりも前から依然として存在する、つまりは「由緒正しき」などという言葉では到底片づけられないほどの名家であるということになる。彼の先祖が生まれ持って授かった力は、「日の光を浴びることができない」という逃れられない弱点を帳消しにしてなお余りあるほどの絶大なものであり、多少格の劣る分家であろうと、あるいは主家にせよ混血が進んだとしても、他種族と比較した時の優位性は微塵も揺らがなかったという。

 ゆえにだからこそ“聖杯”の守護者に選ばれ、彼らはその唯一にして絶対だった弱点すら克服することに成功した。夜の王者は同時に朝の覇者となり、しかしそれでも彼らが貴族としての威厳と自覚を蔑ろにすることはなかった。


貴族(Adel)の義(verpflicht)(et)というやつさ。高貴の自覚があるからには、その分を弱者に対する庇護という形で示さねばならない。それが連綿と続いてきたからこそ、今でも俺たちは名家と呼ばれているのだし――――“聖杯”も俺たちを選んだんだろう」

 穢れを――――醜い争いが己に及ぼす汚さを厭い、“聖杯”は自らの守護を彼らに託した。その理由というのは確かに、彼ら吸血鬼の能力の高さも一因であったことだろう。

 だがそれだけではない。己の血に誇りを持つこの青年は、彼らの根底に確かに横たわり受け継がれてきた高潔さにこそその因があると言っている。……実際のところがどうなのかは、私のあずかり知るところではないが。

 本心が視線に出ていたのか、私のそんな胡乱な目とかちあった奴は心底心外だと言わんばかりにその碧眼を吊り上げた。

「疑っているな。まあ良いさ、そんな目をしていられるのも今のうちだ。いつかわかる」

「急な来客を『もてなせ』とけしかけた男に、高潔さなんざ求めるのは酷だろうとの私の判断だ。反論は」

「俺たちの大事な大事な“聖杯”がかかっているのに、なおも平和に行きましょうなどという世迷言をほざくたわけがいるものか。それとこれとは話が別だ。抗う力のない弱者には与えよう、だが奪う力を持つ強者に施しを与えては、それこそ義務に反する」

「……、そうかよ」

 貴族の与える恩恵は、あくまで弱者のもの。強者に与えてはそれこそ不平等である――――その主張は、まあ確かに間違ってはいない。間違ってはいないが、それに行動が伴うかどうかいうのは別の話だ。

 それはともかく。問題はそのベルマリア・ランペドゥーサの二家がどういった類のものであるかという話である。

「二家ともよく主家であるシャルラハロートに仕え、代々の“聖杯”守護者を護ってきたときいているがな。……時が進めば心も変わろう、それは俺たちとて同じだ。大きすぎる欲にとり憑かれた老害どもがその簒奪を企てた結果が、今の俺というわけだ」

 語る彼の表情には、どこか自嘲めいた色が見えた。それもそうだと今さらながらに気付く。彼にとっては身内の恥を語らされているも同然、自分をこんな辺境の地にまで追いやった元凶とはいえ、語る心中はいかに複雑なものか。

 しかしそれを推し量る気にはならなかった。私にとってはそんな感情の機微などどうでも良い。必要なだけの情報を、必要なだけ得るだけだった。

「よくある翻意さ。なまじその大きすぎる力を長年間近で見てきたからだろうな。特にベルマリアの女狐連中とランペドゥーサの現当主には、こうなる前から度々衝突してきたこともある」

「お前の親父との仲は」

「お察しの通り、お世辞にもよかったとはいえないな。性格が合わなかったんだ、性格が。……あいつが既に当主になっていれば、あるいは俺がお前と出会うこともなかったかもしれないな」

「なんだその心トキメクシチュエーションは。『あいつ』ってなァ、テメェの身内かよ」

「レイズン・ニヴェル・ランペドゥーサ、現当主の一人息子で、俺の幼馴染さ。二家が揃って反旗を翻した時、ランペドゥーサ家の中で唯一俺の味方についてくれた馬鹿のことだよ」

 そう言う彼の表情は、少し穏やかなもののように見えた。気心の知れた幼馴染。親友のために家の方針にさえ逆らったという馬鹿な男。顔も知らない海の向こうの彼に、一瞬思いを馳せれば奇特だと思う一方で、まあ、それはそれで悪くない響きであるような気もした。

「で、とうのそいつは」

「俺の両親も俺も、一緒に帝国へ渡ろうとは言ったんだがな。頑として聞かず、向こうに残ったよ。それ以来音信不通さ。両親も、レイズンも、……生きているかさえ」

 言葉が沈み込む。いつもと変わらないような口調で紡ぎ出された言葉は、しかしだからこそ隠し切れはしない空虚さを伴ってテレビの音に混じる。

 誰かの生死を案じる心。それはきっと貴重なもので、既に在庫切れの私にとってはゆえに理解しきれないものではあった。されどその空虚を無碍に引っ掻き回すのもやはり趣味ではなく、結果、返す言葉を持たない私の視線はCMへと切り替わったテレビへと向く。

 垂れ流しのそれ。映るのは、元々やっていたアイドル業に加え、最近は新人俳優としても名の売れてきた二宮灰にのみや・かいの姿。彼の新曲の宣伝だった。三十秒足らずの短いCMながら、彼の唇が紡ぐ歌声は、傍らの吸血鬼が零した小さな小さな溜息すら淡く絡め取り、解いていくかのように柔らかかった。

 アイドルにもテレビにも興味はさしてないが、だから彼のことは嫌いではなかった。彼が編み上げる歌は、私のような人間にも、素直に良いと思えるようなものだったから。

「……二宮灰の曲だけは、いつも素直に聞くな。お前は」

 まるでほかのアーティストの曲を素直に聞かないかのような言い草だった。だがまあ、あながち間違いではない。だが、

「それは、お前もだろ」

 ふ、と吸血鬼が笑む。つんとそらせた視線の先で、窓の外から見える街の明かりが、流れる旋律に合わせて月架の中で揺れているような気がした。

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