Act.21
<Act.21 4/22(木) ??:??>
【?????】
――――二つの姿を最後に、空中に映し出されたスクリーンが融けて消える。少女の手が翳された水晶が徐々に輝きを失い、燃え盛る暖炉の炎がその蒼色に映り込んだ。
「四月はいつも通りに終わりましたわね……まあ、まだまだ始まったばかり。この時点からの変化など望むだけ無駄というもの」
分かっては、いるのですけれどね。そう呟かれた言葉はしかし音になることはなく、吐息として零れるに留まる。
絢爛豪華な調度の数々が完成された比率で配置された一室だった。窓はあるもののそこに映しだされるのは晴天でも暗雲でもなく、ただひたすらに紅に染まる大きな、大きすぎるほどの存在感を持った満月。黎明から黄昏までを一度に目にできるようなグラデーションの空の中、現実にはあり得ないような月球が誇らしげに架かるさまはいっそ夢ともいえぬほどの淡さと強烈さを併せもっていた。
奇妙な空間、しかし奇怪さで言えば部屋の主の方が断然と上であろう。一人言葉を発したのは少女、まだ二十も超えていないであろう白皙の美貌に、厭わしげにため息を吐くその仕草でさえもえも言われぬ艶やかさを身に纏う薄紅の髪の少女だった。彼女は安楽椅子に深く腰掛け、目の前に置いた水晶を通して“外”の様子を眺めていて、そしてそれがちょうど終わったところだった。
まだ始まったばかり。それは理解している。だが「どうせ今回も」という諦念と「しかし今回は」という期待がないまぜとなって焦燥する心が、どうにも落ち着いてくれなくて厭わしい。
自分がやるべきことはとうにわかっているし、今更それが変わることもない。予定を変えたところで大した影響は与えられない。無限に繰り返すこの世界の中で、唯一その回転を識る自分には大きくその流れを変える権利はないのだ。だからこそ、厭わしい。厭わしい。気でも狂わんばかりの思いがこの身を焦がしてやまない。
どうして彼女たちは、ついぞ終局に至るまでその事実に気付かないのか。記憶はリセットされる、それでも同じ人物であることには変わりがない。残滓はそこら中に散らばっている。であるにも関わらず一向に気付く様子もないのは――――およそ万能たる彼女にとっては、どうにも怠慢であるようにしか思えないのだった。
「ええ、理解していますとも。あの愚鈍たちは人間であって、わたくしは人間ではない……森羅万象の悉くから外れているからこそ、唯一わたくしだけがこの輪廻を識るのだと」
だが、それでも。
「……ままなりませんわね……」
少女は静かにごちる。千の言葉を尽くそうと決して動かない現実、それに対する焦燥を、されどそれ以上に動揺を見せることはない。
貴族の気位を損なうのは本意ではない。地球上に存在する全生物を凌ぐ至高の作品たる自分が、たかだか焦りだとかいうちっぽけな感情一つで乱れることなどあってはならない。
「ご主人様」
部屋の外、扉の向こうから声が聞こえた。男の、いやまだ少年といったほうが良い年代の麗しい声。入りなさい、と少女が返すと同時、その扉はゆっくりとひとりでに開いた。
その向こうにいたのは声に同じくまだ年端もいかぬ少年。しかしその麗しさといえば少女の隣に立ってなお引けを取らぬほどのものだった。陶磁器のように滑らかな雪の肌、一点の濁りも淀みも見えない純粋な空の色を持つ瞳、羽毛のように柔らかで、ところどころに跳ね返りを見せる砂色の髪。少女に比べればまだ未完成であるものの、それが逆に少年自体の魅力を引き出しているような、不思議な魔性の持ち主だった。
「お飲み物を、お持ちしました」
どうやら少女の給仕らしい少年は、水晶の隣に湯気の立つティーカップをカタリと僅かな音を立てて置いた。しかしそれに目くじらを立てるでもなく、少女は優雅な指運びでそれを摘み取り、紅茶を一口口に含んだ。彼女を悩ます憂鬱を、飲み込むかのようにこくりと嚥下する。
「……レン」
はい、と少年が応えた。レンと呼ばれた少年は無表情のまま言もなく主の言葉を待つ。
「次は五月ですわ。残った花は散り、始まりがまた始まった。今度は狭雲のかかる夜の月、また一つ“何か”が変わります」
その言の葉はまるで予言のように。しかしそれは、さながら悲劇の預言者カサンドラの言がごとく、誰にも信じられることはない。
呪い――――というわけではない。高貴なる彼女が受けるべき呪いなどこの世のどこにも存在しない。されど何よりも彼女自身が持つその荒唐無稽さゆえに、彼女はいかなる人物の信頼をも得られないのだ。人類が彼女を理解するには、その叡知と能力はあまりにも優れ過ぎていたし――――人類が彼女に触れるには、その可憐で華奢な身に課せられた宿命はあまりにも重過ぎた。
純粋で、かつ絶対的な隔たり。それを誰よりも痛切に感じながらもなお、少女は苦悩を決して表には出さない。
「見守りましょう。そして僅かな手がかりと選択権を与えましょう。彼女たちの輪廻が、今度こそ終わりを迎えるよう」
少女が静かにその紅玉を閉じる。けぶるような睫毛の下、見据える世界が闇に包まれ、彼女はまた束の間の夢を見る。
――――輪廻の先の、輝くような世界を。
――――花残月編 終幕




