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帝國ロストヰデア  作者: 聖木霞
Ⅰ 花残月編
22/76

Act.20

<Act.20 4/22(木) 18:51>


【仄宮秋流】


 摩天楼の上でわずかに星が光る。晴天の夜空の下この場にいるのは、佇む私とベルンハルト、そして蹲ったまま時たま思い出したように嗚咽を漏らす城ケ崎に、少し離れたところで呆然としたままの元人質の女だけだった。

 ベルンハルトが軽く指を振る。すると城ケ崎の足元に溜まっている影がにわかに波打ち、やがて継ぎ目のない足枷を生み出した。それはするりと城ケ崎の足を縛り上げたが、彼本人は微動だにすることはなかった。手枷をしなかったのは、無い左手のせいでかけようにもできなかったからだろう。

 軽く、息を吐く。張り詰めていた緊張の糸が緩んだ途端、今までぎりぎりのところで堪えていた疲労がどっと押し寄せてくるようだった。ともすれば手にした相棒の太刀ですら取り落としてしまいそうなほどの倦怠感に加え、不意に目の前が霞む。

「(……ヤベッ……、)」

「っ!!」

 ぐらりと体が傾きかける。思ったよりも体に蓄積していたダメージは大きかったらしい、人質になっていた女がようやく我に返ったように声を上げるのにも、すぐさま反応を返すことができなかった。

 あの名前も知らない女を、どうあれこのまま素直に帰すわけにはいかない。始終を見られてしまった以上、殺すとまではいかなくとも何らかの処置をしないことには不都合極まりない。特に私には一応の社会的立場がある、それに響いて面倒くさい状況になるのは本意ではなかった。

 しかし体が動かない。女の走る速さは思ったよりも速いもので、私が歯噛みし、城ケ崎の傍にいたベルンハルトがようやく気付いた時には既にそれなりに遠ざかりつつあった。

 平凡な背中が見る間に路地裏の暗闇に消えていく――――そう、思ったときだった。


 ドカッ


「オイオイ一般人じゃねーの、これ。何巻き込んでくれちゃってんの請負人サンよォ、プライド意識とかそーゆーの無ェワケ?」


「! ッ……!」

「……来ないままで終わってくれるかと思っていたんだがな」

 突然倒れ伏す女に、それを無造作に小脇に抱え上げる姿が一つ。見慣れた黒衣、顔面に張り付けたデフォルトの嘲笑、そして舐め腐ったセリフと揃えば、ここででてくるのは一人しかいない。

「ハイハーイ扶桑君でーす。呼んでないって? 知ってるオマエらの迷惑そーなそのカオ大好き! クハハハッ」

 耳に響くハイテンションに遠慮なく顔を顰めるが、この局面でとうとう現れた扶桑朧は余計愉快そうに哂うだけだった。ベルンハルトが呆れたとも言いたげな顔で「何の用だ」と告げる。

「何の用? そんなん聞くまでもねーだろ、と言いたいとこだが今日は変化球。『交渉』にきたんだよ、『交渉』に」

 扶桑が大仰に右手を広げる。視線で問いかければ、その黒瞳がとろけて真っ向から私を見つめる。

「そこの脳筋請負人だけならこんなこと絶対しなかったが、そこにゃァ多少は頭の回りそうな奴がいるからな。オマエを殺すついでに任務をやってたら終わるはずも無ぇ、ってわけで今日は先に任務を終わらせに来たのさ。ゆえに『交渉』だ、ガイジン」

 視線が滑り、ベルンハルトを捉えた。ふざけたそれに彼は露骨に顔を歪め、はあと一つ嘆息する。

「生憎だが、俺は人の名前もロクに呼ばない男相手に妥協するつもりはない。ガス欠が一人いるとはいえ、俺はまだほぼ満タン状態だ。その上新月、貴様のような小僧一人くらいは軽く相手してやれるぞ」

 さらりと口にされた挑発に、扶桑のこめかみがぴくりと動く。脳筋(私がそうならアイツもそうに決まってる)のことだ、すぐブチギレることだろうと思っていたのが、予想に反して彼は激昂を表に出すことはなく、

「……ベルンハルトとか言ったよな。なァ?」

 対するベルンハルトは、それに頷くよりも前に私に目をやる。

「依頼を受けたのはあくまで秋流、お前だ。俺に交渉を受けるか否かの決定権はない」

 どうする、との無言の目配せに私はち、と内心で舌打ち。面倒くさいことこの上ないが、正論ではあった。あくまで請負人は私。依頼を負ったのも私。ゆえにこの依頼にどう決着をつけるかは、私に選択の責任があった。太刀は右手にひっさげたまま、頭をがしがしと掻いて答える。

「条件次第だ。いい加減()んのもタリィ……阿呆な条件吹っかけてきやがったらぶち殺すけどな」

「オーケー、卓にはついたな。そんじゃ俺からの条件を提示しよう」

 扶桑はどさっと乱雑に女を足元に落とし、左手をも広げる。そして右手の人差し指が立てられ、

「俺のテイクは城ケ崎の身柄。ギブはソイツの捕縛の手間賃。オマエら取立人つったよな? ってことァソイツの有り金全部が回収できりゃいいんだろ、俺が連れてく前にソイツの口座なり携帯なり好きに抜き取ればいい」

「……その女は」

「あー、コイツも手間賃ってことで俺が持ち帰って記憶とか全部吹っ飛ばしてもらうわ。それなら文句ねーだろ。オマエらは取立人のお役目を全うできて花街への義理立てもできる、俺は純粋に仕事を終わらせられる。我ながら悪い条件じゃないんじゃねェの?」

 考える。コイツの言うことには確かに一理あるし、手間賃ももらえるとなれば思った以上に公平かつ妥当な条件だ。扶桑のことだ、本心はともかく初っ端はまず吹っかけてくるかと警戒していたから意外ではある。しかし実際、それが履行されるかどうか。

「条件はまあ良い。思ったより妥当だ。だがそれが履行されるという保証は?」

 私が訝しんだことをベルンハルトがそのまま口にする。扶桑は「あー」と頭を掻き、

「ンなこと言ったって保証書一枚書いただけで信じるようなタマでもねーだろ、オマエら……別にこんなコスいところで騙したりなんかしねーよ面倒くさい。どうせ手間賃も経費だし、それよか変に花街との関係こじらせることのが厄介なんだよ明石機関ウチとしては」

 花街との関係。明石機関の一人として出張ってきている彼としては、請負人とはいえ花街と懇意である私はその代表、歌舞伎町茨衆の賓として考えざるを得ないのだろう。機関と花街がどういった関係にあるのか私は知らないしさして興味もない。だがその時々によって変化するこの複雑な街の勢力図の中に、己もまた位置していることだけは確実なのであって。であるからには、こういった流動も考慮しなければならないのは当然だった。

「わざわざ反故にする理由もない、か。……まあ良いだろう。手間賃の額は」

「一万」

「ふざけてるのかな」

「嘘だよ嘘。五万でどうだ。妥当だろ」

「七万」

「五万だ」

「七万」

「……六万」

「よし六万だ。それで手打ちにしよう」

 交渉の手腕が完全に主夫になってきているのだがコイツは一体何を目指しているんだろうか。そんな私の胡乱な視線と扶桑の「クソがー」という間延びした声も気にせず、ベルンハルトは「交渉成立だな」と意気揚々と頷く。次いでおもむろに懐からペンと紙を取り出して何事か書きつけ、

「一週間以内にこの口座に振り込んでくれ。六万な。頼むぞ」

「行動が早ェっつーかなんなんコイツ……わぁったよ、そんな目しなくてもちゃんと払うっつーの。おい仄宮、オマエもこれでいいな」

 前半のセリフについては全面的に同意だが、後半部を訊ねられ、私は一瞬押し黙った。「いや」と言葉を継ぎ、

城ケ崎(アイツ)持ち帰ってどうすンだお前」

「あン? そりゃオマエ、然るべき報いを受けてもらうにきまってんだろ。だから拷問屋オレの出番なんだ」

 何を今さらという顔で黒瞳が私を見つめ返す。それに対し、私は水蓮から承った依頼の内容を反芻して一言。

「どうせあちこちキズモノにすンだろ、ならついでだ、一つ足してくれ。あれの生殖能力を壊せ。これを以て茨衆からの依頼は完遂になる」

「うッわエグいことすンな歌舞伎町自警団……怖ェよ……わかったわかった、こうなっちゃついでだ。きっちり潰しておいてやるよ」

 一瞬ドン引きの表情を見せたものの、扶桑は次の瞬間にはへらっと笑いしゃがみこんだ。そして足元で意識を失っている女を担ぎ上げ、次いで蹲っている城ケ崎の元まで歩み寄り容赦なくその右腕を掴み上げる。扶桑は無遠慮にその上着に手を突っ込んで財布と携帯を地面に無造作に投げ捨てたのち、彼を無理やり引きずりはじめた。城ケ崎は抵抗らしい抵抗も見せることはなかったがさりとて自発的に歩くわけでもなく、その無気力具合につかつかと路地の方へと歩いていく扶桑が「重っ」と小さく零した。

「じゃあな、仄宮。今度会うときこそがオマエの死ぬときだ。せいぜい首洗って待ってることだな野良犬」

「るせ、私じゃなくてお前の命日だよ。テメーこそその小汚い首洗って待ってろ駄犬」

 寸暇も置かずにそう返せば、その黒い姿は路地裏へと速やかに消えていった。

 あとに残るのは静寂と月のない暗闇のみ。一つ嘆息を零せば、投げ捨てられたそれらを拾ったベルンハルトが「秋流」と私の名前を呼ぶ。

「帰ろう」

「……ああ」

 頷けば、不意に風がふわりと吹いた。淡い星の光を乗せた夜風は私の髪とベルンハルト――いや、この際だ。ハルトで良いだろう、多分――ハルトのコートを等しく掬い上げていった。

 黄昏の紅はとっくに姿を消し、優しい闇だけが残る。見えるネオンの方、日常の方へと、私たちは緩やかに歩を進めるのだった。

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