姿見の神器 前編
依頼書を持ってきたのは受付嬢のアリアだった。
「新しい依頼ですよ~」
「見せて!」
ゼナがアリアの手から依頼書をぱっと抜いた。
「僕にも見せてください」
「奢ってくれるならね~!」
「このくだり毎回やるんですか?」
「私のたゆまぬ努力が実る日がきっと来る!」
「別の方向に努力をしてください」
「ちぇ~」と言いながらゼナが依頼書を渡してきた。
目を通す。
貴族の屋敷の蔵に眠る「呪いの鏡」
触れた者が別人の姿に変えられるという。
代々封印されてきたが、最近になって封印が解けたようで姿が変わるものが目撃されるようになった。
調査と対処を依頼したい。
「呪いの鏡」とゼナが言った。
「死にやすそう」
「どのくらい死にやすいですか」
「呪われて姿が別人になったら、ウチがウチじゃなくなるじゃん。それって死んだのと同じくない?」
「哲学的ですね」
「哲学じゃなくて実害だよ」
ソフィアが覗き込んできた。
「外見を変える神器、デュフフ。文献で読んだことありますよ。古代の遺産の中に、人の姿を変えるものがいくつかあったという記録が」
「どういう仕組みですか」
「不明です。神の奇跡としか書いてなくて」
「ですよね」
ヴェインが腕を組んだ。
「呪いであれ遺物であれ、調査する」
「頼もしいですね」
「当然だ」
貴族の屋敷は村の外れにあった。
出迎えた屋敷の主人は、五十代の細身の男だった。
顔色が悪かった。
「来てくださいましたか。本当に困っていたんです」
「最近になって被害が増えたとのことですが、具体的にはどういう状況ですか」
「蔵の扉の隙間から光が漏れることが増えました。それから、蔵の周囲で奇妙なことが起きていて」
「奇妙なこと、というのは」
「使用人が蔵の前を通ったら、一瞬だけ別人の姿になったと。すぐに戻ったらしいんですが、本人はひどく怯えていて」
「接触しなくても発動するということですか」
「そうみたいで。封印が解けて、影響範囲が広がっているのかもしれません」
「わかりました。蔵に案内してください」
歩きながら、ソフィアが小声で言った。
「影響範囲が広がっているということは、神器の出力が強くなっている可能性がありますよ」
「触れなくても発動するなら、近づいた時点で変化するかもしれないですね」
「気をつけた方がいいですね、デュフフ」
笑っている場合ではない気がしたが、ソフィアはいつもこうだった。
蔵の扉の前に立った。
中から微かに光が漏れていて、一定のリズムで明滅していた。
「ゼナさん、罠や仕掛けはありますか」
「扉自体は普通だよ。ただ」
ゼナが扉の隙間を覗き込んだ。
「光が直接当たると発動するっぽい。入る時は光を避けた方がいいかも」
「どうやって避けるんですか」
「光より速く動く」
「秒速299792458m/sで動くのは人間には無理です」
「冗談だよ……って光ってそんなに速いの!?」
ソフィアさんが口元に指を当てていた。
危ない。
死にやすくなっていた。
火あぶりは嫌だ。
ゼナは冗談はさておき、と前置きして言った。
「壁沿いに素早く入る。光の角度的に、扉を開けた瞬間は左側の壁が影になってる」
「確認が速いですね」
「これが仕事だもん」
ゼナが扉を開けた。
全員で素早く左側の壁沿いに入った。
光が右側を通り過ぎた。
何も起きなかった。
「死に回避成功だね、今のところ」
ゼナはぐっと親指を立てた。
「死に回避って何ですか」
専門用語らしい。
蔵の中は広かった。
棚が並んでいて、古い調度品が置かれていた。
その奥に、台座があった。
台座の上に、鏡が立っていた。
縦一メートルほどの、楕円形の鏡だった。
縁が金属製で、複雑な模様が刻まれていた。
表面が普通の鏡とは違った。
液体のように揺らいでいて、一定のリズムで光を放っていた。
見た瞬間、なんとなく察しがついた。
いや、なんとなくではなかった。
かなりはっきりと、わかった。
これが何か、どういう仕組みで動いているか――
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