番人の亡霊 後編
ゼナは完全に動きが停止した黒い鎧の番人を見下ろして観察していた。
「アンデッドじゃないよね、これ」
「血も出ないし、骨もない」
「金属の塊ですよ」とソフィアが言った。
「なぜ浄化の奇跡が効かなかったんでしょうね?」
僕はソフィアと少し離れた場所に移動して、ソフィアの耳元で「生き物じゃないからです」と告げた。
「アンデッドというのは、かつて生きていたものが死後も動いている状態ですよね。これは最初から生き物じゃない。だから浄化が効かない」
「……つまり、自分で動く人形、ということですか」
「そうです。何かの仕組みで動いている。プログラム、というか」
ソフィアが「禁忌ですね」と小声で言った。
「おっと。外では言えないですね」
「村人への説明は」
「亡霊ではなく神の番人だった、くらいでいいと思います。浄化が効かなかったのは、神のしもべ的な存在だったから、という解釈で」
「上手いですね、デュフフ」
「怒られますか、教会に」
「触れ方次第です。神の番人という解釈なら問題ないと思います」
「じゃあそれでいきましょう」
ゼナが「また内緒話してる」と言った。
「仕事の話です」
「毎回そう言う!」
「火あぶりは嫌なんですよ」
奥の部屋に辿り着いた。
台座の上に、神器があった。
直方体の金属の箱だった。
表面には無数のスイッチのようなものが並んでいる。
中心部に、丸い穴が開いていた。
「これは――」
「制御装置ですかね」とソフィアが小声で言った。
「番人を動かしていた装置だと思います。穴は……動力源を入れる場所かもしれないです」
「外して持って帰れますか」
「できると思います」
作業しながら、ソフィアに小声で話した。
「これも単体じゃないと思います」
「やはりそう思いますか?」
「番人を動かすためだけの装置にしては、スイッチが多すぎます。もっと多くの何かを制御するために作られた装置の、一部分じゃないかと」
「この前と同じ話ですね」
「そうです。この世界のどこかに、色々なものを管理する大きなシステムがあったはずで、各地の遺産はその端末だったんじゃないかと」
ソフィアが制御装置をじっと見た。
「……調べたいですね」
「調べましょう。でも急がなくていいです。一つずつ、確実に」
「はい、デュフフ」
遺跡を出ると、村長が待っていた。
「亡霊は……祓えましたか」
「亡霊ではありませんでした。神の番人です。非常に強力な存在でしたが、今は眠っています」
「神の番人……」
「奥の神器も回収しました。こちらです」
制御装置を渡した。
「これが……神器」
村長が両手で受け取った。
「長い間、番人が守り続けていたわけですか。先祖が残してくれた遺産を」
「そういうことになりますね」
村長の目が潤んだ。
ゼナが「番人じゃなくて機械の人形だったけどね」と言いかけた。
「それは言わなくていいです」と小声で止めた。
「毎回止めるよね」
「火あぶりは嫌なので」
帰り道に入ったところで、ソフィアが言った。
「そういえば」
「なんですか」
「さっき、ヴェインさんの兜が外れましたよね」
空気が変わった気がした。
「外れましたね」
「見ましたか、ソータさん」
「見ました」
「どうでしたか」
「……美少女でしたね」
ヴェインが「聞こえている」と言った。
「すみません」
「き、聞こえているとは言ったが……や、やめろとは言って、いない……」
ヴェインの声が、少し震えていた。兜の奥で何を考えているのかはわからなかった。
ソフィアが「デュフフ……そうでしたか、気づきませんでしたよ。女性だったんですね」と言った。
「他人に興味なさすぎでは?」
オタク特有のアレなのだろうか。
興味のあること以外は空気のような。
「あまり考えたことなかったです。ヴェインさんはヴェインさんなので」
「それはそれで失礼では」
「褒めてますよ、デュフフ」
ゼナが黙っていた。
「ゼナさんは」
「……そんな気はしてたよ、なんとなくは」
「なんとなく?」
「薄々」
ゼナも生き死にに関することじゃないからあまり興味がなかったんだろうな、と
一人で納得した。
ソフィアよりは社交性があるから、もしかしたら女の子なのかも、程度に思っていたのだろう。
「ねえ、ソータ」
「なんですか」
「君はいつから知ってたのかね」
「三ヶ月前から」
ゼナの目が少し細くなった。
「三ヶ月前って、来た直後じゃん」
「兜が外れかけた時に見えたので」
「……」
「まずかったですか」
「別に」
「そうですか」
「……このエロガッパ」
ゼナが小声で言った。最後の方はほとんど聞こえなかった。
「え、なんか言いましたか」
「独り言!」
「そうですか」
ゼナが前を向いた。少し早足になった気がした。
ソフィアが「デュフフ、ゼナさん怒ってますね」と小声で言った。
「怒らせましたか、僕」
「怒ってるんじゃないと思いますよ」
「じゃあなんですか」
「さあ、デュフフ」
笑いながら言った。
教えてくれる気はないらしい。
ヴェインが前を向いたまま、静かに言った。
「……さっき」
「なんですか」
「素顔で戦っても、気にしないでいてくれた。それは」
少し間があった。
「悪くなかった」
絞り出すように言った。
やはり過去に何かあったのだろうな、と思いつつも詮索するようなことはしたくなかった。
地雷を踏み抜いてしまうかもしれないし。
夜、宿の食堂で四人で食事をした。
「そういえば」とゼナが言った。
「結局食事、まだ行ってないね」
「そうですね」
「割り勘で、って言ったよね」
「言いましたね」
「今日のこれがそうじゃないんですか」
食堂を見回した。四人で囲む夕食だった。確かにそうとも言えた。
「はぁ~。マジはぁ~」
ゼナはクソデカため息をついてテーブルに突っ伏した。
「……ダメでしたか?」
なんだかわからないが地雷を踏んでしまったらしい。
ここはフォローしないと。
「……ゼナさんが何か食べたいものがあれば追加注文しますよ」
ゼナが少し間を置いた。
「……肉、追加で」
テーブルに突っ伏したまま指で個数を示す。
「わかりました」
そのまま追加注文をする。
ゼナが肉を受け取って、少し笑った気がした。
よく見えなかったが、たぶん笑っていた。
ソフィアが「デュフフ、ゼナさん嬉しそうですね」と言った。
「そうですか」
「そうですよ」
ヴェインが「……お肉美味しい」と言った。
みんなで笑いあって、食卓を囲んだ。
今日もなんとかなったことだし――
明日もなんとかなるだろう。
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