番人の亡霊 前編
依頼書を見た瞬間、ゼナが「死にやすそう」と言った。
「亡霊って書いてある」
「亡霊は死にやすいんじゃなくて死んでるんですって」
この前もこのくだりやったな。
前回は悪霊で、今回は亡霊。
何が違うのだろう?
依頼内容はこうだった。
村の北にある古い遺跡。
長い間「番人の亡霊」が住み着いているとされていて、近づいた者は全員追い払われる。
遺跡の奥に神器があるという伝承があり、それを回収してほしい。
過去に何度か退治を試みたが、浄化の奇跡が全く効かなかった。
「浄化の奇跡が効かないアンデッド」
ソフィアが依頼書を読みながら呟いた。
「そんなものがいるんですか」
「文献では、浄化に耐性を持つ上位アンデッドの記録がいくつかありますよ。ただ、この地域でそういったものが目撃されたという記録は見たことないですね、デュフフ」
「つまり珍しい」
「珍しいです」
ヴェインが腕を組んだ。
「アンデッドであれば、斬れる」
「浄化の奇跡が効かなくても戦えますか」
「問題ない」
臆する様子もなかった。
このチームで一番頼もしいのはヴェインだと、改めて思う。
しかし何でも斬れるな、この人。
今度コンニャクを斬れるか試してみたい。
遺跡は村の北、小高い丘の上にあった。
石造りの建物で、入口が半分崩れていた。
中から冷たい空気が漏れ出ている。
村長が入口の前で立ち止まった。
「私が案内できるのはここまでです。どうかお気をつけて」
「わかりました。中の構造はわかりますか」
「奥に長い通路があって、その先に広い部屋があるとだけ。入った者が皆、その途中で追い払われて戻ってきましたので」
「追い払われる時、怪我はしましたか」
「不思議なことに、怪我した者は一人もいないんです。ただ、ものすごい力で押し戻されると」
少し引っかかった。
殺さない。怪我もさせない。ただ追い払う。
「わかりました。行きます」
遺跡の中は薄暗かった。
松明を持って、四人で通路を進んだ。
石畳の床に、古い文字が刻まれていた。
壁にも模様があった。
ソフィアが「後で読みたいですデュフフ」と言った。
ヴェインが「歩け」と突っつく。
「罠はありますか」
ゼナが床をじっと見ながら言った。
「今のところはなさそう。ただ」
「ただ」
「この床の石の継ぎ目、少し変な場所があるよ」
「変な場所?」
「普通の石畳と、明らかに素材が違う石が混ざってる。踏まない方がいいと思う」
「なぜ素材が違うとわかるんですか」
「色と光沢が微妙に違うんだよ。見慣れないと気づかないけど」
ゼナが指さした場所を見た。
確かに、言われてみれば少し色が違う石が、通路のあちこちにあった。
昔のアニメみたいなものか。
動くところはセル画で色味が違うからバレるという――
「これはなんですかね?デュフフ」
ソフィアが近づこうとした。
「死にやすいよ!」とゼナが止めた。
「センサーかもしれな――」と僕は言いかけて口を閉じた。
ソフィアと目が合った。
「……感知の仕掛け、かもしれないですね」とソフィアが代わりに言った。
よかった。
禁忌ではなさそうだった。
「踏むと何かが起動する可能性があります」
「なるほど」とヴェインが言った。
「避けて進む」
四人で、変色した石を避けながら進んだ。
そして、通路の奥から、それは現れた。
背丈は二メートルほど。
全身が黒い鎧のような金属に覆われていた。
人型だったが、どこかがおかしかった。
関節部分が、生き物のものではなかった。
パターンがある。
有機的な動きではなく、一定のリズムで動いていた。
目に当たる部分が、赤く光っていた。
村人が亡霊と呼ぶのはわかる気がした。
暗い遺跡の中でこれが現れたら、そう思うだろう。
ただ。
見た瞬間から、頭の中で何かが引っかかっていた。
「ソフィアさん」
「わかってますよ、デュフフ。浄化の奇跡、いきます」
ソフィアが手をかざし、光が広がった。
番人に触れたが、何も起きなかった。
番人が一歩前に進む。押し戻すような動きだった。
「効かないですね」とソフィアが言った。
驚いている様子はなかった。想定内だったらしい。
「ヴェインさん」
「わかっている」
ヴェインが前に出た。
ヴェインと番人の戦闘が始まった。
ヴェインは強かった。
三ヶ月一緒にいてわかっていたが、改めてそう思った。
番人の攻撃を盾で受けて、剣で返す。
押されても、すぐに立て直す。
しかし番人も強い。
剣が当たっても、怯まない。
金属製の体だから、さすがのヴェインの剣でも斬れないのかもしれない。
斬鉄剣とはいかないか。
それでも確実にダメージは入っているようで、動きが少し鈍くなっていた。
その時だった。
番人が盾に思い切り体当たりをした。
ヴェインがよろめいた。
よろめいた衝撃で、兜の留め具が外れた。
兜が、床に落ちた。
音が響く。
僕は思わず振り返った。
目が合った。
長い黒髪。
整った目鼻立ち。
頬が少し赤い。
確かに、美少女だった。
ヴェインが固まった。
僕も固まっていた。
「あ……わ……」
ヴェインは明らかに動揺していた。
でも今は戦闘中だ。
「見ましたけど、今は番人の方が」
「ひん…………」
今にも泣き出しそうな顔になっている。
いや、戦闘力と羞恥心のバランスがおかしいだろ。
「ヴェインさん、後ろ」
番人が再び動いていた。
ヴェインがハッとして兜を拾った。
でも被り直す時間はなかった。
片手に兜を持ったまま、剣を構えた。
戦闘が再開された。
素顔のまま戦うヴェインは、兜をかぶっていた時と動きが変わらなかった。
むしろ視界が広がったせいか、少し速くなった気がした。
番人の動きがさらに鈍くなった。
ヴェインが一歩踏み込んだ。剣を番人の胸部に突き立てた。
番人が止まった。
赤く光っていた目が、消えた。
静寂が広がった。
番人が倒れた後、ヴェインはすぐに兜を被り直した。
全員が番人を囲んで見ていた。
どうやら、亡霊の類ではないのは確かなようだ――
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