悪霊の祠 後編
ソフィアが古代文字の解読内容を話し始めた。
「文字の内容は情報の種類を示すフォーマットです。気象、地形、時刻、方角。この球体は何らかの情報を受け取って、音声で出力する装置だと思います」
「やっぱりそうですか」
「やっぱり、ということは予想していましたか」
「なんとなくは」
予想していたのはスマートスピーカーのようなものだ。
ノイズの波形のリズムはなにかしらの言語のもののようだったからだ。
おそらく情報をスピーカーから出すアシスタントのようなものではないかと推測した。
ソフィアと少し離れた場所に移動して、小声で話す。
「ノイズに規則性があるということは、まだ何かを出力しようとしているということです。経年劣化で音声が上手く出力できずにノイズになった。でも完全には壊れていない」
「修復できると思いますか」
「音声の出力部分だけなら、あるいは。ソフィアさん、これに奇跡を当てるとしたら、どういう種類が適していますか」
「音は振動ですから、振動を制御する奇蹟が一番近いですね。振動の制御は古くから使われている奇蹟の範囲内です」
「じゃあそれで行けそうですか」
「やってみます。ただ」
ソフィアが少し真剣な顔になった。
「修復したとして、出力される内容が何かによっては、禁忌に触れることになるかもしれません」
「その時はまた二人で考えましょう」
「はい、デュフフ」
ゼナが「また内緒話してる」と言った。
「仕事の話です」
「怪しいね」
「怪しくないです」
ソフィアが球体に手をかざすと、振動を制御する奇蹟が、球体に流れ込んだ。
ノイズが変化した。
崩れていた音が、少しずつ整っていった。
ざらついていた声が、輪郭を取り戻していった。
それから、声が聞こえてきた。
古い言語だった。ソフィアが小声で訳した。
「明日、大雨。北からの風。川の水位が上がる。低地の作物を高い場所に移すことを推奨する」
全員が黙った。
「……天気予報ですね」と僕が言った。
「天気予報?」とゼナが言った。
「明日の天気と、それに対してどう行動すべきかを伝えています。農業向けの情報なのかな?」
「悪霊の声じゃなくて天気のお告げだったってこと?」
「そうなりますね」
「死にやすくないよ全然」
「最初からそう言いたかったんですけど」
ゼナが少し間を置いた。
「じゃあ村人が怯えてたのは」
「経年劣化でノイズが増えて、何を言っているかわからなくなったからだと思います。聞き取れない低いノイズって、確かに不気味ですから」
ソフィアが「デュフフ……しかしこれ、明日の天気を予報できるということは」と呟いた。
「ここの確認をしたかったんですが」
ソフィアを少し離れた場所に連れて行った。小声で話した。
「これ、単体の装置だとは思えないんですよ」
「どういう意味ですか」
「天気を予測するためには、広い範囲の気象データが必要です。この球体一つでそれができるとは思えない。どこかに気象データを収集して処理する、もっと大きなシステムがあるはずです。この球体はその端末の一つに過ぎないんじゃないかと」
ソフィアが動きを止めた。
オタク喋りが消えた。
「……それは、つまり」
「この世界のどこかに、広域の気象データを管理する施設、あるいは気象衛星のような装置があるかもしれない。それだけじゃなく、他にも色々な情報を管理するシステムが存在したかもしれない」
「存在した、というのは」
「今も動いているかどうかはわかりません。でも少なくとも、かつてはあったはずです」
ソフィアは少しの間、黙っていた。
珍しい沈黙だった。デュフフも出なかった。オタク喋りも出なかった。ただ、静かに考えていた。
「……私も、同じことを考えたことがあります」
「本当ですか」
「禁忌の研究の中で。この世界の遺産があまりにも精巧すぎる。単体の道具としては説明がつかないものが多すぎる。何か大きな仕組みの一部だったとしか思えないものが、各地にある」
「ソフィアさんの研究と繋がりますか、これ」
「繋がります。ただ」
ソフィアがメガネの位置を直した。
「証明するためには、もっと多くの遺産を調べる必要があります。そしてそれは、教会が最も嫌うことです」
「禁忌に触れる、ということですか」
「触れます。かなり深いところまで」
少し間を置いた。
「でもやるんですよね?ソフィアさん」
ソフィアが僕を見た。
それからゆっくりと、笑った。
デュフフではなく、静かな笑いだった。
「やります。ソータさんが一緒なら」
「僕が一緒なら、というのは」
「禁忌に触れる説明を、禁忌に触れない言い方に変換してくれる人が必要なんです。ソータさんはそれができる」
「……なるほど」
「それだけですよ」
「そうですか」
「そうです、デュフフ」
オタク喋りが戻ってきた。
ゼナが「また二人で内緒話してる」と茶々を入れる。
「仕事の話です」
「毎回そう言うよね!」
「火あぶりは嫌なので」
その後、遺跡を出て村長に報告した。
「端的に言うと悪霊ではありませんでした。古代の遺産で、天気を知らせる装置です。明日は大雨が来るとのことです」
村長が目を丸くした。
「天気を……知らせる?」
「はい。増水の対策をした方がいいかもしれません」
「それは、つまり、神のお告げということですか」
隣でソフィアが「そういう解釈でもいいですよ、デュフフ」と言った。
「……そうか、神のお告げが戻ってきたか」
村長の目が潤んだ。
「長い間、誰も近づかなかった祠が、また神のお告げを届けてくれるとは……先祖が残してくれたものは、やはり本物だったか」
ゼナが「神かどうかはわかんないけどね」と言いかけた。
「それは言わなくていいです」と小声で止めた。
「なんで毎回止めるの」
「死にやすくなるからです」
翌朝、本当に大雨が来た。
村人たちが前日に対策をしていたので、被害はなかった。
村長が祠に向かって手を合わせていた。
「神のお告げ通りだった……」
ゼナが「ただの天気予報だけどね」と言いかけた。
「言わなくていいです」
「なんで」
「火あぶりは嫌なので」
なんとなく掴めてきた。
詳しい説明が必要なものはとりあえず神の奇蹟にしておいてしまえばいい。
少なくとも火あぶりは避けられそうだ。
帰り道、四人で街道を歩いた。
「報酬、銀貨二十枚だっけ?」とゼナが言った。
「そうです」
「追加報酬の交渉してきてもよかったかもね。天気予報まで教えてあげたんだから」
「依頼の範囲内だと思いますが」
「あの村長の感動した顔、見た?あれは追加報酬を引き出せる顔だったよ!」
目がドルマークになっていた。
やはりお金が好きらしい。
「ゼナさんは本当にお金の話になると目が輝きますね」
「死なないために必要なことなのだ」
少し間があった。
「ねえ、ソータ」
「なんですか」
「さっきの話、一緒に行くって言ったよね」
「どの話ですか?」
「もうっ」
ゼナが前を向いたまま言った。
「食事の話。割り勘なら、って言ったでしょ」
「言いましたね」
「……まだ有効?その話」
少し驚いた。
ゼナから確認してくるのは珍しかった。
「有効ですよ。どこか行きたい店がありますか」
「別に、どこでも」
「じゃあ次の街で探しましょうか」
「……そうしよっ」
ゼナが前を向いたまま、少し口元が動いた気がした。
微かに笑ったように見えた。
ソフィアが「デュフフ、二人で食事ですか」と言った。
「四人で行きましょう」と僕が言った。
「え」
ゼナが予想外だ、という反応をした。
「四人で」
ゼナが「……そういうこというんだ」と言った。
「まずかったですか」
「別に」
ゼナがため息をついた。
「死にやすいよ、その感覚」
「物理的にですか」
「精神的にだよ」
ヴェインが「……ご飯は美味しいところに限る」と言った。
全員で少し笑った。
街道を、四人で歩いた。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかなるだろう。
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