悪霊の祠 前編
朝から雨模様だった。
王都の事務所に戻った翌日、ゼナが受付嬢のアリアから依頼書を受け取ってきた。
「ソータ、新しい依頼だよ」
「見せてください」
依頼書に手を伸ばすとゼナはふいっと手を躱した。
「お昼おごってくれるなら」
「依頼書を見せるのにおごりが必要なんですか」
「交渉だよ」
「交渉の余地はないです」
ゼナが「ちぇ、つまんなーい」と言いながら依頼書を渡してきた。
目を通す。
村外れの祠から不気味な声が聞こえる。
村人が怯えている。
悪霊を祓ってほしい。
報酬は銀貨二十枚。
「悪霊ですか」
「死にやすいね~」とゼナが言った。
「死にやすいというか、既に死んでますね。悪霊が実在するなら、ですけど」
そもそも、お化けやら幽霊の類はこの世界に存在するんだろうか?
アンデッドモンスターのようなものはいるらしいけど…
ソフィアが興味深そうに覗き込んできた。
「祠の遺物ですかね、デュフフ。声が出る神器、いくつか文献で見たことありますよ」
「声が出る神器」
「はい。古代の遺産の中に、音を発するものがいくつか報告されています。使い方は不明なものがほとんどですけど」
「なるほど」
ヴェインが腕を組んだ。
「悪霊であれば私が斬る。遺物であれば調査する。どちらでも対応できる」
「頼もしいですね」
ていうか、悪霊って斬れるんだ…
「当然だ」
シンプルな答え。
このチームで一番シンプルな思考をしているのはヴェインだと、最近わかってきた。
村に着いたのは昼過ぎだった。
雨は上がっていたが、空は重かった。
村長が出迎えてくれた。
五十代くらいの、心配性な雰囲気の顔をした男だった。
「来てくださいましたか。本当に助かります」
「状況を教えてください」
「祠は村の東外れにあります。ここ最近声が聞こえ始めて、最初は神のお告げかと思ったんですが、だんだん不気味な声になってきて……今では誰も近づかなくなりました」
「声はどんな声ですか」
「低くて、ざらざらした感じの声です。何を言っているかはわからないんですが、聞いていると気分が悪くなるような」
「わかりました!調査してきます!」
ゼナはビシッと敬礼をして、村長に向かって愛想よく笑った。
「てことでぇ、報酬の銀貨二十枚、前払いでもらえますかぁ?」
「ゼナさん」
「交渉だよ」
「後払いでいいです、すみません」
祠は村の東外れにあった。
石造りの小さな建物で、扉に縄が張られていた。
近づいてはいけないという印だろう。
周囲の草が妙に伸びていた。
しばらく人が近づいていないということだ。
近づくにつれて、音が聞こえてきた。
低い、ざらついた音だった。
音というより雑音に近い。
ノイズ、と表現した方が正確だった。
一定のリズムがあるような、ないような。
音を聞いた瞬間、何かが引っかかった。
「ソフィアさん、少し」
祠の手前で、ソフィアに耳打ちした。
「なんですかソータさん」
「あの音、聞こえますか」
「聞こえますよ。不気味ですねデュフフ」
「不気味、というより」
少し考えた。
「ランダムじゃないと思います」
ソフィアが目を細めた。
「……どういう意味ですか」
「完全にランダムなノイズなら、もっと均一なはずです。でもあの音、波がある。強くなる時と弱くなる時が、一定の間隔で繰り返してる気がして」
「……」
ソフィアが少し間を置いた。オタク喋りが消えていた。
「中を見てから、また話しましょう」
「はい」
「ヴェイン」
ソフィアが振り返った。
「外で警戒をお願いします。中は私たちで見ます」
「わかった」
ヴェインが祠の外に立った。
それだけで周囲の空気が変わった気がした。
頼もしいとはこういうことだと思った。
縄を外して、扉を開けた。
中は薄暗かった。
石造りの小部屋で、奥に台座があった。
台座の上に、球体があった。
直径三十センチほどの、金属製の球体だ。
表面に細い溝が幾何学的なパターンで走っていた。
中心部が空洞になっているらしく、内側から微かに光っていた。
表面のところどころに、古い文字が刻まれていた。
そして確かに、音を発していた。
低いノイズが、球体の表面から滲み出るように出ていた。
今回も見た瞬間、なんとなく察しがついた。
いや、なんとなく、ではない。
かなり確信に近い。
でも確認したいことがいくつかあった。
ソフィアが球体に近づく。
目が輝いていた。
「デュフフ……この溝のパターン、音を特定の方向に増幅させる構造ですよ。かなり精巧な作りです」
「文字は読めますか」
「古代語ですね。少し待ってください」
ソフィアが文字を読み始めた。
その間に、ゼナが僕の隣に来た。
「ねえ、ソータ」
「なんですか」
「二人きりになったね」
「ソフィアさんいますけど」
「集中して聞こえてないじゃん、あの人」
確かにソフィアは球体に顔を近づけて完全に別世界に入っていた。
ゼナが少し声を落とした。
「これが終わったら、二人で食事でも行こーよ。ソータの奢りで」
「ゼナさんっていつもそれ言いますよね」
「そういう挨拶だよ~。本当に奢ってくれるとは思ってない」
「じゃあ経費で落とせるか聞いてみましょう」
「経費で落ちないなら行かないってことぉ~?」
ゼナがむくれた。
「いや、割り勘なら別にいいですけど」
「こんなに可愛い子が自分から誘ってるのにっ」
ちらっちらっとポーズを取りながら健康的なボディラインを見せつけてくる。
だが基本的に小動物っぽいので性的な感じはあんまりないのだ。
可愛らしくはあるのだけど。
「まぁ、はい。ありがとうございます……」
ゼナがじっと僕を見つめてくる。
何か言いたそうだったが、言わなかった。
「……いいよ」
「何かまずかったですか」
「別に」
「そうですか」
ゼナがため息をついた。
小さく、自分だけに聞こえる程度の声で「死にやすいなぁ、この人」と言った。
「聞こえてますよ」
「独り言です」
そんなやり取りをしている間に、ソフィアが振り返り言った。
「わかりましたよ、ソータさん」
古代文字の解読が終わったようだ。
さて、僕の予想が合っているなら、この神器は――
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