豊穣の神器 後編
神器の説明は最低限にした。
ソフィアが理解できる範囲で、禁忌に触れない言い方を探しながら。
ソフィアは説明を聞きながら、みるみる目を輝かせていった。
「なるほど、なるほど、デュフフ……それなら底部の刻印も納得できますし、蓋の密閉構造も……」
「ソフィアさん」
「はい」
「禁忌、大丈夫ですか」
ソフィアが少し考えた。
表情が真剣になった。
オタク喋りが消えた。
「……熱を使うという説明なら問題ないです。神の恵みが熱に変換されるという解釈ができます。ただ電力に相当するものが必要という部分は、奇跡の一種として説明しないといけないですね」
「雷の奇跡が使えますか」
「大丈夫です。使えます」
「それともう一つ」
台座の奥の壁際を指した。
ほこりをかぶった箱型の装置が、ほとんど壁と同化していた。
「あれも関係していると思います。確認させてもらえますか」
ソフィアが装置を見た。目が輝いた。
「デュフフ……これは、つまり……」
「声」
「す、すみません」
二人で装置に近づいた。
しゃがんで、装置をよく見た。
複数の端子がついていた。
神器と同じ刻印が一部に施されている。
端子から細い管のようなものが伸びていた。
その先が――外れていた。
神器の底部に繋がるはずの管が、外れていた。
ソフィアに耳打ちした。
「これを繋ぎ直して、雷の奇跡で電流を流せば動くと思います」
「……それだけでですか?」
「それだけです」
ソフィアが少し間を置いた。
「つまり数百年間、繋ぎ直せば動いたのに」
「誰も気づかなかった、ということになりますね」
つまり、あれだ。
「コンセント抜けてませんか?」ってヤツだ。
機械が動かないときの真相で1、2位を争うヤツ。
ソフィアがメガネの奥の目を細めた。何かを堪えているような顔だった。
「デュフフを堪えてます」
「……頑張ってください」
しばらくして、後ろから「フォカヌポゥ!」という声が響いたが、僕は聞こえないふりをした。
結局吹き出してしまったらしい。
依頼人の村長が青い顔でやってきた。
「神器の使い方はわかりましたか。今年も儀式ができなければ、村は――」
「わかりました」
僕は村長に言った。
ゼナとヴェインが同時に僕を見た。
「え、わかったの?」とゼナが言った。
「なんとなく、最初から」
「最初から!?」
「すぐには言えない事情があって。でも全部要件は揃ったので」
ソフィアが「デュフフ」と笑った。
「すぐ言えない理由を作ったのはこの世界の文化なんですけど」と小声で言った。
「それはそう」ゼナが突っ込む。
ヴェインが兜の奥から「……そうか」と静かに言った。
村長を少し遠ざけてから、作業を始めた。
装置と神器を繋ぐ管を接続し直す。
外れているだけだった。
本当にそれだけ。
「準備できました。ソフィアさん」
「はい」
ソフィアが村長を振り返った。
「村長、神器の復活に際して、神聖なる奇跡を行使いたします。少し離れていてください」
「奇跡を……はい、わかりました」
村長が数歩下がった。
ソフィアが装置に向かって手をかざした。
静かに、しかし確実に、雷の奇跡が装置に流れ込んだ。
装置が唸りを上げた。
神器の底部が赤く光り始めた。
村長が「おお、奇跡だ……」と呟いた。
神器の蓋を開けた。中に水と米を入れた。蓋を閉め、ボタンを押す。
しばらく待つと、ピーッという音と共に蓋が開く。
炊き上がった白米の湯気が、遺跡の中に広がった。
村長が膝をついた。
「神の奇跡だ……豊穣の神器が、食物を生み出した……先祖の伝承は、本当だったのか……」
目に涙が浮かんでいた。
ゼナが「普通のご飯でしょ?」と言いかけた。
「それは言わなくていいです」と小声で止めた。
「なんで」
「死にやすい気がするので。社会的に」
ソフィアが袖を引っ張った。
「ソータさん、後で仕組みを詳しく教えてくださいですよ」
「わかりました」
「デュフフ」
ヴェインが静かに「……ご飯だな」と言った。
村長はまだ膝をついて拝んでいる。
炊き上がった米を一口食べた。
「……うまい」
帰り道、村長から礼として受け取った米袋を担ぎながら、四人で村を出た。
夕暮れの街道だった。
「ところで」とゼナが言った。
「接続が外れていただけってどういうこと?あの神器、ずっと動いてなかったんだよね?」
ソフィアを見た。
「村の外なので大丈夫ですよ」と小声で言った。
「……そうです。接続が外れていただけでした」
「過去に誰かが外したってこと?」
「たぶん自然に外れたんだと思います。長い年月で」
「それに誰も気づかなかった」
「繋がっているはずの装置があることを、誰も知らなかったんだと思います。ほこりをかぶって壁と同化してたので」
ゼナが少し間を置いた。
「つまり」
「つまり」
「長い間、ちょっと確認すれば動かせたのに、誰も確認しなかった」
「そういうことになりますね」
ゼナが「死にやすいね」と言った。
「物理的には死なないですけど」
「精神的に死ぬね」
ソフィアが「でも伝承は正しかったわけですよ! 穀物と水を捧げると食物になる、これは事実だった! 数百年間信じ続けた村人の勝利ですよデュフフ!」と力説していた。
「外で言えない話が多いね、うちのチーム」とゼナが言った。
「そういう仕事ですから」と僕が言った。
ヴェインが前を歩きながら「……ご飯は美味しかった」と言った。
全員が少し笑った。
夕暮れの街道を、四人で歩いた。
米袋を担ぎ直す。
異世界に来て三ヶ月。
帰る方法は、まだわからない。
言いたいことをすぐに言えない世界で、言い方を探しながら生きている。
それは少し面倒くさいけれど。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかなるだろう。
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