砂漠の街
第三十五話「砂漠の街」
そのナディアという名の女性が来たのは、昼過ぎだった。
二十代くらいで、短い髪。
動きやすい服装をしていた。
そして、印象に残る気の強い目をしていた。
「ドレイク商業連合から会長のカリムより命を受けて参りました。ナディアと申します」
「山田颯太です。ソータと呼んでください」
「かしこまりました、ソータさん」
「依頼の内容を聞かせてもらえますか」
「その前に」とナディアが言った。
「謝礼をご確認ください」
書面を差し出した。
ゼナが覗き込むと同時に固まった。
「……は?」
「金貨一万枚です」とナディアが言った。
「……もう一回言って」
「金貨一万枚」
「……」
「ゼナさん?」
「生きやすいセンサーが振り切れた」
「え」と全員が言った。
「死にやすいの逆が出た。初めて」
ゼナの目が輝いていた。
一方、僕は別のことを考えていた。
金貨一万枚。
普通の依頼でこの金額は出ない。
これだけ払えるということは、それだけ困っているということか。
あるいは、それだけ大変なことをさせるつもりなのか。
「……依頼の詳細を聞かせてください」
「現地でご説明します」とナディアが言った。
「急いでいますので」
「急いでいる理由は」
「……現地に着いてからお話しします」
その間が、引っかかった。
「ゼナさん、生きやすいセンサーを出している場合ではないですよ」
「でも一万枚だよ!?」
「だから怖いんです」
「え、なんで?」
「それだけ払う理由が、気になります」
ゼナが「……あ」と言った。
「死にやすいかもしれない」
「そうかもしれません」
「でも一万枚」
「でも死にやすいかもしれません」
「……どっちなんだろ」
「行ってみないとわかりませんね」
「なんとかなる?」
「なんとかします」
出発前の準備をした。
ヴェインが装備を変えていた。
動きやすい軽装の服だった。
口元に布を巻いていた。
サングラスをかけていた。
「ヴェインさん」と僕は声をかけた。
「問題ない」とヴェインが先に言った。
「似合っていますよ」
「……うるさい」
明らかに落ち着かない様子だった。
「ヴェイン、細いじゃん」とゼナが言った。
「うるさい」
「鎧の下ってそんな感じなんだ」
「うるさい」
「デュフフ」とソフィアが笑った。
「笑うな」
「デュフフ……わたしは暑さがちょっと不安ですね」
確かに。
どう見ても暑さに弱そう。
何はともあれ。
僕達は南方に出張することになったのだった。
船に揺られること数日。
南方に着いた。
砂漠の街だった。
わかってはいたがかなり暑い。
「暑い」とゼナが言った。
「暑いですね」と僕が言った。
「暑い……」とソフィアが言った。
声が弱かった。
「ソフィアさん、大丈夫ですか」
「大丈夫です、デュ……」
倒れた。
「ソフィアさん!」
「デュフフ……大丈夫です」
起き上がったが、顔が赤かった。
ヴェインが無言で水を差し出した。
「ありがとうございます、デュフフ」
「最初からこれで大丈夫?」とゼナが言った。
「デュフフ……思った以上だったかもしれません」
街は驚くほど賑やかだった。
商人たちが声を張り上げていて、活気があった。
商店には神器が並んでいた。
装飾品、道具、武器。
値段が大きく書いてあった。
「神器が普通に売られてる」とゼナが言った。
目が輝いていた。
「アストリアでは見たことない神器がある!」
「今日は買い物じゃないです」
「わかってるけど!」
そういいながらもゼナの目はずっと神器を追っていた。
「死にやすいセンサーはどうですか」
「問題ない。今のところ」
「そうですか」
「でも人が多くて読みにくい。この街、ざわざわしてる」
「治安の問題ですかね」
「たぶん。なんか、全体的にギスギスしてる感じ」
路地を歩いていると、ごろつきに囲まれた。
荒くれ者が五人。
「よそ者か。女三人連れて随分と景気がいいじゃないか」
ナディアが「無視して先を急ぎましょう」と言った。
「おおっと、通行料だ。財布を置いていけ」
うーん、テンプレみたいなセリフ。
着いてそうそう揉め事とは……
僕は「断ります」と丁重に申し上げた。
「あ? お前、場所わかってんのか」
「わかっていますが、断ります」
「やっちまえ」
五人が動く前にスーツを展開。
即制圧に動いた。
この辺はもう手慣れたものだった。
一人目。関節を押さえた。
二人目。壁に押しつけた。
三人目、四人目。同時に対処した。
五人目が固まった。
「な……」
「五秒かかりませんでしたね」と僕が言った。
「次は断った方がいいです」
五人目が走って逃げた。
「はっはー!いやいや、強いなぁ!」
別の方向から声がした。
振り返ると、大柄な男が笑いながら立っていた。
「俺はジャミル。この街で商売してる」
「山田颯太です」
「ソータって呼んでいいか?」
「どうぞ」
「ソータ、その動き、神器か?」
「鎧です」
「体術か?」
「体術です」
ゼナが「この流れ知ってる」と小声で言った。
ジャミルが「まあいいや」と笑った。
「この街に来たなら案内してやるよ。よそ者は危ないからな」
「なぜよそ者に案内を?」
「暇だし、面白そうだから。あと」
ジャミルが少し笑った。
「ナディアと一緒ってことはカリムに連れてこられたんだろ。だったら俺の話も聞いといた方がいいと思ってな」
全員が少し緊張した。
「カリムを知っているんですか」
「知ってるよ。競合相手だから」
「カリムの依頼で来ました」
「そうか」
「じゃあなおさら、俺の話を聞いといた方がいい」
「どういう意味ですか?」
「今日のところはここまで。また今度飯でも食いながら話そうや」
ジャミルと別れて、カリムの屋敷を訪ねた。
大きな屋敷だった。
すぐにカリムが現れた。
顎鬚が立派な中年男性だった。
趣味が良いとは言えない派手な服を着ていた。
「よぅ来てくれたやないか」
大きな声だった。
「山田颯太です。依頼の件、確認させてください」
「ああ、遺跡の件やな。ちょっとした誤作動でな、調べてもらわなあかんのや」
「ちょっとした、とは」
「まあ、詳しくはナディアから聞いてくれたらええ」
「カリムさんから直接聞かせてもらえますか」
「ははは、堅いのぉ! まあゆっくりやろうやないか」
うまく話をずらされた。
「謝礼については確認しました」
「そうかそうか、あの金額でええか? 足りんようなら上乗せもするで」
「十分です。ただ」
「ただ?」
「それだけ払う理由を、きちんと教えてもらえますか」
カリムが「まあまあ」と笑った。
「商売やからな。ええ仕事にはええ金を払う。それだけのことやないか」
笑顔のままだった。
でも目が笑っていなかった。
――やはり何かある。
今日のところは顔見せ程度でまた後日という話になった。
夜になって、ジャミルが安い食堂に連れて行ってくれた。
「カリムのとこ行ったんだろ」
「行きました」
「立派な屋敷だったか?」
「立派でした」
「俺んとこはボロいけどな」とジャミルが笑った。
「でもこの飯は旨いぞ」
確かに旨い。
アストリアとは味付けが違う。
現代日本で言うところのエスニック料理的な味わいだ。
「ジャミルさんはカリムとどういう関係なんですか」
「競合相手。神器の発掘と販売をしてる。カリムと同業だ」
「仲が悪いってことですか?」
「嫌いだね。あいつのやり方が気に入らない」
「やり方とは」
ジャミルが少し考えた。
「遺跡を荒らしすぎる。金になる神器だけ持ち出して、後は放置する。それで誤作動が起きても知らんふり」
「誤作動は以前からあったんですか?」
「あったよ。でも今回は規模が違う」
「どう違いますか」
「今まではちょっと装置が動く程度だった。でも今回は」
ジャミルが声を落とした。
「区画全体が反応し始めてる。あそこは昔から入るなって言われてた場所だ。カリムが掘り始めるまでは誰も近づかなかった」
「カリムが掘り始めてから、ということですか」
「そうだ」
「カリムはそれを知っていると思いますか」
ジャミルが「さあな」と言った。
「でも」
「でも?」
「ナディアは知ってると思うよ。この子は頭がいいから。なぁ?」
ジャミルがナディアの方を見た。
ナディアは食事をしながら、何も言わなかった。
食事の後、宿に戻った。
「カリムの話とジャミルの話が食い違っていますね」と僕は皆に言った。
「カリムは誤作動って言ってたけど、ジャミルはもっと深刻な話をしてた」とゼナが言った。
「そうですね」
「どっちが本当なの」
「調べます」
「死にやすいね」
ソフィアが「デュフフ……明日は暑くないといいですね」と言った。
「砂漠ですからそれは無理かと」
「デュフフ……ですよね」
ヴェインが「……問題ない」と言った。
「何がですか」
「全部」
「本当に全部問題ないですか」
「……暑い以外は」
「暑いのは問題ないんですか」
「……問題ある」
珍しく素直だった。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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