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人の声

 

 戦場に合図の声が響いた次の瞬間、状況が変わった。

 音はなかった。

 しかし、何かが消えた。


 「……何が起きた?」という声が上がった。


 バルトスの声から奇蹟が消えた。

 さっきまで戦場全体に響いていた熱量が、ただの声になった。


 ナヴィの千里眼が急激に狭まった。

 見えていたものが見えなくなった。

 広大な範囲を見渡していた視野が、急に目の前だけになった。


 ヴァードンが自分の手を見た。

 力が落ちていた。

 普通の人間の力しか出なかった。


 「奇跡が使えません!」という叫びが戦場に広がった。


 戦場では、電磁パルスからの保護シールドを纏った鋼鉄のスーツだけが動き続けていた。



 ――ノルドラント陣営


 バルトスが「なぜだ」と叫んだ。

 声に奇跡が乗らない。


 「神の御加護はどこへ」


 「電磁パルスかと思われます」とナヴィが言った。


 「ナノマシンが一時的に無効化された。だから奇跡が使えない」


 「ナノマシン……」


 バルトスがその言葉を繰り返した。


 「……あの手紙に書いてあった言葉か」


 バルトスの顔が変わった。


 手紙の内容を思い出していた。


 「奇蹟の源を解析した結果、ナノマシンという古代の機械であることが判明した」


 あの言葉を読んだ時、冒涜だと思った。

 怒りで手紙を破いた。

 使者を追い返した。

 信仰への侮辱だと確信していた。


 「あんな戯言が真実だったというのか……」


 「今、こうして奇蹟が封じられています」とナヴィが言った。


 「ナノマシンが無効化されているから。つまり、奇蹟の源がナノマシンであることは事実です」


 バルトスが「……」と黙った。


 「信じられませんか」


 「……」


 「ですが、事実は事実です」


 バルトスの拳が震えていた。


 「わたしは、真実を冒涜と呼んで追い返したのか」


 「……そうなります」


 「神の御業だと信じていた力が」


 「機械の働きです。ただし」


 「それが神の意志かどうかは、別の話です」


 バルトスが「それは詭弁だ」と言った。


 「そうかもしれません。でも今は戦況を見てください」


 ナヴィが戦場を指した。


 ノルドラント軍が混乱していた。

 奇蹟が使えない状態で、スーツの男の相手をしなければならない。


 「不味い状況です」


 バルトスが戦場を見た。


 目が揺れていた。


 信仰の揺らぎではなかった。

 自分の判断が間違っていたという事実との対峙だった。


 ヴァードンが自分の手を開いたり閉じたりしていた。


 「……これが、奇蹟なしの俺の力か」


 普通の人間の握力だった。


 「面白い」


 不思議なことに、笑っていた。


 「奇蹟があったから強かったのか。それとも俺が強かったのか」


 自分に問いかけていた。



 奇蹟が封じられたノルドラント軍は混乱していた。


 数では勝っているが、奇蹟という最大の武器がない。


 鋼鉄のスーツは制圧を続けていた。


 ノルドラント軍から「退け」という声が上がり始めた。

 混乱が広がっていた。



 教皇レオは戦場の後方にいた。


 戦場の様子が変わっていた。


 奇蹟が使えない。

 兵士たちが混乱している。


 バルトスの声が届かない。


 「バルトス」とレオが呼びかけた。


 「なぜ戦っているの」


 小さな声だった。


 ロザリーが隣にいた。


 「レオ様」


 「ロザリー、わたしたちはなぜ戦っているの」


 「……」


 「バルトスが言ってた。神の御意志だって。でも」


 レオが戦場を見た。


 「神様は、みんなが傷つくのを望んでいるの?」


 ロザリーが「……わかりません」と言った。


 「でも、わたしは望んでいません」


 レオが「うん」と頷いた。


 「ロザリーもそう思ってるんだね」


 「はい」


 レオが立ち上がった。


 「バルトスに言う」


 「レオ様、危険です」


 「言う」


 レオが前に出た。


 「バルトス!」


 子供の声が戦場に響いた。


 奇蹟は乗っていなかった。


 ただの子供の声だった。


 バルトスが振り返った。


 「聖下、危険です。下がってください」


 「やめて」


 「聖下」


 「やめてって言ってる」


 レオの目元のの端に光るものがあった。


 「みんなが痛そうにしてる。神様はこんなことを望んでいない」


 バルトスが「これは神の御意志です」と言った。


 バルトスの声には奇蹟が乗らなかった。


 ただの言葉だった。


 レオはバルトスの声の変化に気づいた。


 「今まで、バルトスの声を聞くといつも温かくなった。でも今は普通の声」


 「聖下……」


 「神様の声じゃなかったの?」


 バルトスが黙った。


 「バルトスの声だったの?」


 答えられなかった。


 「……そうだったのか」とバルトスが言った。


 自分に向けた言葉だった。


 自分の声がレオに影響を与えていたことを、初めて理解した瞬間だった。


 「聖下、申し訳……」


 バルトスの声が揺れた。


 その時、ロザリーが前に出た。


 「聞いてください」


 ロザリーの声が戦場に響いた。


 奇蹟ではない、ただの人の声。

 でも、静寂の中でよく通った。


 「今、奇蹟が使えません。ナノマシンという機械が、一時的に停止しています」


 ノルドラントの兵士たちが聞いていた。

 アストリアの兵士たちも聞いていた。


 「奇蹟の源は、ナノマシンという古代の機械です」


 ざわめきが起きた。


 「ですが」


 ロザリーが続けた。


 「それでも、わたしは信じています」


 「神が、この機械を通じて力を与えてくださったと。人が生き残るために、神が授けてくださった知恵の一つだと」


 「奇蹟が使えない今でも、神はここにいます。でも神は、人が傷つくことを望んでいない」


 「今、レオ様がバルトスに言いました。やめてと。神様はこんなことを望んでいないと」


 「七歳の子供が、奇蹟を持たない言葉で言いました」


 「これが、真実だと思います」


 ロザリーが全員を見た。


 「神秘を解き明かすことは、神への冒涜ではありません。神が与えた知恵を理解することです」


 「アストリアの人たちが研究してきたことも、同じ目的です。知恵を理解し、広く届けるために」


 「だから、戦う理由はありません」


 「もう、戦うのは止めましょう」


 静寂が続いた。


 ヴァードンが「……」と黙っていた。


 自分の手を見た。


 「奇蹟があったから強かったのか。それとも俺が強かったのか」


 さっきの問いが戻ってきた。


 「……考えさせてくれ」と言った。


 誰に向けた言葉でもなかった。


 ナヴィが「停戦の方が合理的です」と言った。


 冷静な声だった。


 「奇蹟なしでは長期戦は不利です。停戦後に交渉に移る方が得策です」


 感情はなく、合理的な判断だった。


 バルトスが「……」と黙っていた。


 レオを見ていた。


 「聖下」


 「バルトス」


 「負けたのは、神様のせいじゃないよ。バルトスのせいでもない」


 「でも」とレオはバルトスに続けた。


 「みんな生きてるから、それでいい」


 そこには一人の子どもの笑顔があった。


 バルトスの目が揺れた。


 長い沈黙があった。


 「……帰りましょう」


 小さな声だった。

 奇蹟は乗っていなかった。

 ただの、一人の人間の声だった。


 「撤退」


 ********************************************


 ――アストリア陣営


 戦場が静かになった。


 「……終わったかな?」とゼナが言った。


 「終わりました」


 「死にやすかったよ、今回は」


 「物理的にも」


 「精神的にも!!」


  

 夕暮れが戦場に広がっていた。


 今日も、なんとかなったことだし――


 明日も、なんとかできるはずだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます!


面白い!と感じた方は高評価ブックマーク感想等お願い致します。

作者のモチベーションにつながります。


次回も見て頂けると嬉しいです!


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