源
夜、ルカの研究所に全員が集まった。
ソフィアが資料を広げた。
デュフフとは言わなかった。
ゼナが「あ、本気だ」と小声で言った。
「本気ですよ」とソフィアが言った。
「聞こえてるんだ」
「全部聞こえていますよ、デュフフ」
「一回出た」
「これが最後です」
ソフィアが全員を見て、コホンと1回咳払いをした。
「今日は大事な話をします」
いつになく真剣な眼差しだった。
「簡潔に言うと、アストリアの奇跡と、ノルドラントの奇跡は、同じ源から来ています」
静寂が落ちた。
ロザリーが「……どういうことですか」と言った。
ソフィアが解説を始める。
「ナノマシンという、極めて小さな機械があります。肉眼では見えないほどごく小さなものです。」
「ナノマシン」
「古代の技術の産物で、空気中にも、人体の中にも存在しています。精神に感応して様々な働きをする。それが奇跡の源です」
「機械、ということですか」とロザリーが言った。
「そうです」
「神の力ではなく」
「少なくとも、人の技術が作り出したものです」
なるほど――
奇蹟の、それこそ魔法のような現象は、ナノマシン由来としたら全て納得できるものだ。
僕のいた世界よりも遥かに進んだ科学技術。
それがこの世界の過去に存在した、ということだ。
ルカが「自己増殖して、自動的に数を調整するのだ」と補足した。
「使いすぎると場から一時的に減少することはあるが、常に存在して、基本的に無害なのだ」
「精神で操作できるかどうかは遺伝で決まっているのだ」とルカが続けた。
「才能があれば使える。才能がなければ神器を使えばいい。才能のない者でも神器を通じてナノマシンを操作できる」
「これが、両国の奇蹟の正体です」とソフィアが言った。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ゼナが「……死にやすいセンサーも、それなの?」と言った。
「おそらく」とソフィアが言った。
「ゼナさんはナノマシンが発する信号を感知する才能があるんだと思います」
「才能か……」
「素晴らしい才能ですよ。何度も助けてもらいました」
「……そっか」
ゼナが少し間を置いた。
「なんか、急に自分の能力がわかった気がして、変な感じ」
ヴェインが「……奇蹟が使えないのは、才能がないからか」と言った。
「そうです。遺伝的な才能がなかっただけです。あなたの剣技は、その努力で積み上げてきたものです」
ヴェインが「……そうか」と言った。
何かが解けたような顔だった。
レインが「わたしの奇蹟も、ということですか」と言った。
「はい。レインさんの才能は本物です。ただその源がナノマシンだというだけで」
「……そうですか」
レインが少し息を吐いて、目を瞑った。
「不思議な感じがしますね。変わらないはずなのに、何かが変わった気がする」
「ソータさん」とソフィアが僕に呼びかけた。
「なんですか」
「パワードスーツは純粋な機械技術です。ナノマシンとは独立して動いている。だから敵の奇蹟の影響が小さい」
「なるほど」
「ただ」とルカが言った。
「ノルドラントの奇跡使いがアストリアより多い理由が、まだ説明しきれていないのだ」
「どういうことですか」
「ナノマシンの分布や才能の遺伝だけでは、あの数は説明できないのだ。何か別の要因がある可能性があるのだ」
全員が少し緊張した。
「ロザリーさん、何か心当たりがありますか」と僕は尋ねた。
ロザリーが「……一つだけ」と言った。
「教えてもらえますか」
「ノルドラントには、代々受け継がれてきた教皇の家系があります。今は幼い子供が教皇を継いでいます」
「今の教皇は」
「レオといいます。七歳です」
「その子が何かを」
「……詳しくはわかりません。でも、教皇がいるとノルドラントの奇跡の力が増すという話が古くからあります」
ルカが「……それなのだ」と言った。
「何がわかったんですか」
「教皇が何らかの形でナノマシンに影響を与えているのだ。だから奇跡使いが多い。だから奇跡の出力が高い」
「能力の詳細は」
「まだわからないのだ。でも重要な情報なのだ」
ソータが「もう一つ聞いていいですか」とロザリーに言った。
「なんでしょう?」
「ナヴィという参謀は、かなり広範囲の情報を把握しているようでした。どうやって」
ロザリーが少し間を置いた。
「……ナヴィは奇蹟の千里眼の持ち主です。ただ」
「ただ」
「普段はそれほど広い範囲を見られるはずがないのです。わたしが知っている限り、本来の範囲はもっと限られているはずで」
「でも実際は広大な範囲を監視できていた」
「……おそらく」とロザリーが言った。
「教皇のそばにいることで、強化されているのかもしれません」
ルカが「やはりそうなのだ」と言った。
「教皇の影響でナノマシンが活性化されて、ナヴィの能力も底上げされているのだ」
「推測ですが」
「十分な推測なのだ」
「ロザリーさん」と僕は呼びかけた。
ロザリーだけが、ずっと静かだった。
「大丈夫ですか」
「……少し、時間をください」
「もちろんです」
ロザリーが「共鳴の力も、ナノマシンということですか」と言った。
「そう考えられます」とソフィアが言った。
「わたしが人の心を読めるのは、神に与えられた力ではなく」
「遺伝的な才能によるものです」
ロザリーが黙った。
目が揺れていた。
「神の力ではない……」
「一つ聞いてもいいですか」僕は尋ねた。
「はい」
「あなたがこれまで、その力で人を助けてきた事実は変わりますか」
ロザリーが「……変わりません」と言った。
「私がバルトスの本気を感じ取れたことも、ヴァードンの迷いを読めたことも、あなたが嘘をついていないとわかったことも」
ロザリーがすーっと息を吸い込む。
「……変わりません」
僕はロザリーを見ながら自分の考えを伝えた。
「機械由来の奇蹟だとしても、それが神の思し召しだという解釈は、否定できないと思っています」
ロザリーが「え?」と意外そうに反応した。
「実際に神がいて神がくれた力かどうかはわかりません。でも、神がナノマシンを通じて人に力を与えたという解釈は、この事実と矛盾しない。機械だとわかったことと、信仰は別の話だと思います」
「……そういう考え方が」
「できると思います。ただ、その解釈をするかどうかはあなたが決めることです。僕が決めることではない」
ロザリーが「……そうですね」と小さく言った。
まだ感情が揺れていたが、少し落ち着いた顔になった。
「全部を今すぐ受け入れることはできません。でも、否定したくもない」
「それで十分です」とレインが言った。
「レイン様は、すぐに受け入れられましたか」
「……時間がかかりました。今もまだ整理している部分があります」
ロザリーが「……そうですか」と言った。
少し安堵した顔をした。
「問題は、この情報をどうやってノルドラント側に伝えるか、です」と僕はロザリーに向けて言った。
デリケートな問題だ。
下手をすると信仰が崩れ落ち国全体がパニックを起こす。
「難しいです……」とロザリーが言った。
「わたしの立場では発言力がない。それに、信仰の根拠が揺らぐ情報を一度に大勢に伝えれば、混乱が起きます。バルトスのような方が暴走する可能性がある」
「段階的に、ということですか」
「信頼できる人間から伝えていく必要があります」
「ヴァードンはどうですか」と僕は言った。
千人長ヴァードン。
見る限りそんなに信仰に厚いタイプとも思えなかった。
「あの人は葛藤を持っている気がしました」
「……ヴァードンは、戦いに誇りを持っている。その誇りを否定するような情報として受け取られると、逆効果になります。でも」
「でも」
「きっかけは作れるかもしれない。ヴァードンは本質的に正直な人間です。正面から話せば、受け取ってくれる可能性があります」
「伝え方の問題ですか」
「そうです」
ゼナが「死にやすいね、交渉って」と言った。
「でも、やってみます」
「一緒にやりましょう」
「ロザリーさん」と最後に僕は呼びかけた。
「なんですか」
「バルトスに伝えられますか、この真実を」
ロザリーが少し間を置いた。
「……バルトスは本気で信じています。論理が通じない。それはわかっています」
「それでも」
「機械由来の奇蹟だとわかっても信仰は続けられる、というソータさんの言葉と一緒に伝えたい。それが唯一、バルトスに届く言葉かもしれないから」
「難しいかもしれませんが」
「わかっています。でも」
ロザリーが「やってみます」と力強く言った。
「一緒にやりましょう」
「デュフフ」とソフィアが笑った。
「デュフフ?」とロザリーが聞いた。
「なんでもないですよ、デュフフ」
「……不思議な言葉ですね」
「そうですよ、デュフフ」
ロザリーが「デュフフ」と小さく言った。
「あ」とソフィアが言った。
「感染ったのだ」とルカが言った。
「感染っていません」とソフィアが言った。
笑いが起きて場の空気が和んだ。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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