分断
今回の戦場は、前回よりもノルドラント領土側に近かった。
国境近くの山岳近辺まで戦線が移っていた。
「これ、引き込まれてるね」とゼナが言った。
「……確かにノルドラント軍の動きが少し不自然です」
僕も引き込まれている感覚があった。
ゼナが言うなら裏付けになる。
「死にやすいセンサーがそう言ってる。ここ、深く入りすぎてる」
「でも、今は引き込まれながらも対処するしかない」
「嫌な感じがするんだよね」
「嫌な感じ?」
「いつもの死にやすいと違う。なんか、全体的に設計されてる感じ」
ヴェインが「……罠か」と言った。
「可能性が高いです」
「なのに行くのか」
「行かないとアストリア軍の防衛ラインが崩れます。行きながら対処するしかない」
「……わかった」
「気をつけましょう、全員」
前線に出た。
ノルドラント軍が来た。
多数の奇蹟が飛んでくる。
前回と同じ、複数属性の同時攻撃。
スーツを展開した。
センサーが情報を流す。
動きながら制圧していく。
「やはり来たか」
低い声がした。
前線の中央に、一人の男が立っていた。
大柄の男だ。
全身から圧力が滲んでいた。
「……あなたが千人長ヴァードン、ですか」
ノルドラント軍のデータとして名前は頭に入っていた。
千人長ヴァードン。
力の奇蹟を使うノルドラント軍の特記戦力。
「そうだ。お前が例の鎧か」
「そうです」
「やっと会えた」
笑みを浮かべながらヴァードンが動いた。
正面からぶつかった。
重い。
スーツを着ていながら人間相手に重みを感じたのは初めてのことだった。
スーツの出力とヴァードンの筋力が拮抗した。
センサーがそれを示している。
互角かそれ以上だった。
関節を押さえようとした。
いつもの制圧方法だ。
でもヴァードンの力が強すぎた。
押さえる前に弾き飛ばされた。
「どうした」とヴァードンが言った。
「いつもみたいに動けないのか」
「やりにくい相手ですね」
「そうか。でもお前も同じだろう」
ヴァードンが笑った。
戦闘狂の笑いだった。
――純粋に戦いを楽しんでいる。
この人はそういうタイプの人間だ。
「久しぶりに手応えがある」
ヴァードンのテンションが上り、力と力がぶつかり続けた。
膠着状態が続いた。
だが、、センサーがヴァードン弱点を示していた。
筋力がスーツと同等でも、防御力はそうではないはず。
急所への一撃は通る可能性がある。
でも。
迷った。
ヴァードンは悪人ではないかもしれない。
戦場にいる人間だが、命令に従っているだけかもしれない。
今は敵として戦っているが、それだけの理由で殺す権利が自分にあるのか。
何より。
――僕は人を殺したくない。
「……」
一瞬、動きが止まった。
その瞬間だった。
轟音が響き、上から岩が落ちてきた。
地形を利用した罠だった。
事前に仕掛けてあったものが、このタイミングで発動したようだ。
岩が僕ととソフィアを、ゼナとヴェインから切り離した。
完全に分断された。
同時に、落下の衝撃でケーブルが引っ張られた。
べきん、と音がした。
ケーブルが切れた。
バッテリー駆動に切り替わった。
「……ケーブルが」
「ソータ!」とゼナが叫んだ。
岩の向こうから声が聞こえた。
「聞こえます。無事ですか」
「無事! そっちは!?」
「無事です。ソフィアさんも」
「デュフフ、大丈夫です」
ヴァードンが岩を見た。
「……ナヴィの仕掛けか」
声のトーンが変わっていた。
戦闘の熱が、少し冷めていた。
苛立ちが滲んでいた。
「卑怯なやり方だ」と小声で言った。
ヴァードンが僕の方を見た。
ケーブルが切れた。
バッテリーも減り続けている。
仲間とも分断された。
今が好機だったはずだ。
でもヴァードンは動かなかった。
「……退け」
低い声で言った。
「え」
「今ここで終わらせても面白くない。次は正面から戦いたい」
ヴァードンが剣を下げた。
「ナヴィの罠で勝っても、俺の勝ちじゃない。覚えておけ、鎧の男。次は邪魔なしで戦う」
――なるほど。
そういうタイプか。
僕等が危機的状況なのは間違いない。
ここはこの話に乗っておこう。
「……わかりました」
「名前を聞いていなかったな」
「山田颯太です」
「ソータか」
ヴァードンが「行け」と言った。
「ゼナさん、ヴェインさん、聞こえますか」と僕は声をかけた。
「聞こえる!」
「そちらはそちらで別方向に逃げてください。合流地点は後で連絡します」
「……わかった」とヴェインが言った。
「ソフィアさん、捕まっていてください」
「デュフフ、わかりました」
ソフィアを抱えて、跳躍した。
スーツの跳躍力を最大限に使う。
飛ぶのではなく、跳ぶ。
山を越えるように、高い場所に移動した。
一回の跳躍で、かなりの距離を移動できた。
「すごいですね、デュフフ」とソフィアが言った。
「今は話しかけないでください、集中しているので」
「デュフフ、すみません」
バッテリーがどんどん減っていく。
「あと何回跳べますか」とソフィアが言った。
「二回か三回です」
「十分ですかね」
「なんとかします」
国境を越えて、ノルドラント側の領地に入っていた。
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――落石の分断地点
ゼナとヴェインが走っていた。
ノルドラント兵が追ってきていた。
「右に反応してる!」とゼナが叫んだ。
ヴェインが即座に動いた。
前に出た。
右から来た二人の兵士を、剣の腹で弾き飛ばした。
殺さずに、でも確実に無力化した。
一瞬だった。
ゼナが死にやすいセンサーで動きを読む。
ヴェインがその情報を受けて前に出る。
二人の息はぴったりだった。
「ヴェイン、後ろ三人!」
ヴェインが振り返らずに動いた。
後ろの気配を察知して、剣を構えた。
三人に飛びかかられた瞬間に全員を弾き飛ばした。
「……問題ない」
「すごいじゃん!」
「当然だ」
「当然って言えるのがすごい」
走りながら、ゼナが「ヴェイン、ちゃんと強いね」と言った。
「わかっていたはずだ」
「いや、そうじゃなくて。なんか、本当に頼れるなって」
ヴェインが少し間を置いた。
「……ゼナも、よく動いている」
「死にやすいからね」
「それが強さだ」
ゼナが「……ありがとね」と言った。
二人で走り続けた。
角を曲がった先に、行き止まりがあった。
「死にやすい!!」
「落ち着け」
ヴェインが壁を見た。
剣で壁の一部を叩いた。
音が変わった。
「……薄い」
もう一度、今度は力を込めて叩いた。
壁が崩れた。
「行け」
「えっ」
「早く」
ゼナが先に通り抜け、ヴェインが後から通り抜けた。
崩れた壁の向こうは、別の路地だった。
「どうやって気づいたの」
「……長年、戦場にいた」
「経験ってすごいね」
「まぁ、な」
その時、連絡が入った。
ソータからだ。
「無事ですか」
「無事だよ! ソータは!?」
「無事です。ノルドラント側の村にいます」
「え!?」
「助けてもらいました」
「誰に」
「ロザリーという人に」
ゼナが「……ロザリー」と繰り返した。
「知っている人ですか」
「知らない。でも」
ゼナが少し間を置いた。
「死にやすいセンサーが、悪い反応を出してない」
「それなら」
「信じていいと思う。ソータ、大丈夫」
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――ノルドラント領内の小さな村
小さな村の外れに降り立つと、すぐにバッテリーが切れた。
「……活動限界です」
途端に身体が重くなった。
ソフィアが「大丈夫ですか、ソータさん」と言った。
「大丈夫です。でもしばらく動けません」
少し間があった。
「ソータさん」
「なんですか」
「……怖かったです」
「え」
「岩が落ちてきた時。分断された時。デュフフって笑ってましたけど、本当は」
「ソフィアさん」
「怖かったです。ソータさんがいなかったら、どうしようかと」
「いますよ、ちゃんと」
ソフィアが「デュフフ」と言った。
今度のデュフフは少し違う音がした。
「安心しました」
「そうですか」
「そうです、デュフフ」
「ここはノルドラント領内ですよね」
「そうなりますね」
「死にやすいですね、デュフフ」
「そう、ですね」
「でもソータさんが大丈夫と言うなら」
「なんとかします」
人の気配があった。
村の人間が集まってきていた。
怯えた顔だった。
「何者だ」という空気感だった。
僕は村の人達に呼びかけた
「僕達は敵ではありません!逃げてきただけです」
人垣の後ろから、一人の女性が前に出た。
こげ茶色の髪だった。
若い、穏やかな顔をした女性だった。
「怪我はありますか」
「ソフィアさんが少し」
「見せてください」
女性が近づいて、傷に手を当てた。
癒しの奇蹟のようだ。
ゆっくりと傷が癒えていく。
「ありがとうございます」
「あなたたちはアストリアの人間ですか?」
「……そうです。戦場から引き離されて、ここまで来ました」
「今夜はここにいてください。追われているなら、外は危ない」
「助けてくれるんですか?」
「傷ついた人を放っておけないので。それと――」
女性が少し間を置いた。
「……あなたが戦場で誰も殺さなかったと聞きました」
「見ていたんですか」
「見ていた人間から聞きました」
少し間があった。
「私はロザリーといいます」
「山田颯太です。ソータと呼んでください」
「ソータ」
ロザリーがその名前を繰り返した。
「話を聞かせてもらえますか。いろいろと」
「わかりました。でもその前に」
「なんですか」
「仲間に連絡を取らせてもらえますか。心配しているはずなので」
ロザリーが「どうぞ」と言った。
夜、ロザリーの家の一室で僕は一日を振り返っていた。
ヴァードンと戦った。
殺すという選択肢が頭をよぎった。
迷った。
その迷いが分断を招いた。
でも。
ヴァードンは逃がしてくれた。
正々堂々戦いたいという武人のプライドから。
「あの人は」
小さく言った。
「悪い人ではないかもしれない」
ソフィアが「デュフフ……ロザリーさんも、悪い人ではないですね」と言った。
「そうですね」
「意外なところに、突破口があるかもしれませんよ」
「そうかもしれませんね。なんとかします」
今日は、なんとかなったのかわからなかった。
でも。
――明日は、なんとかできるはずだ。
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