戦場
国境付近の街は、静かだった。
戦争前特有の静けさ。
いつもの賑やかさがなかった。
市場の店は閉まっていて、子供の声もしなかった。
人々が荷物を持って、街の奥へ奥へと移動していた。
「死にやすいセンサーが反応してる」とゼナが言った。
「どのくらいですか」
「まだ遠い。でも確実に来てる」
ピリピリした空気を感じながら、僕達は前線に向かった。
前線につくと、フレイヤが騎士団を率いていた。
いつもと様子が違った。
レリックに来る時のフレイヤではなかった。
完全武装の騎士団長だった。
凛とした立ち姿だ。
赤みがかった長い髪が風になびいていた。
目は前線を見据えていた。
「フレイヤさん」と声をかけた。
「ソータ」とフレイヤが振り返った。
少し間を置いた。
「かっこいいですね」
フレイヤが固まった。
「……え」
「騎士団長として立っているフレイヤさんは、かっこいいと思います」
フレイヤの頬が赤くなった。
「……な、なんですの、突然」
「思ったので言いました」
「そういうことを、急に」
「おかしかったですか」
「おかしくはないですわ、でも」
フレイヤが「もう、ですわ」と言った。
顔を前線に戻した。
でも耳が赤くなっていた。
ゼナが「死にやすいよ、ソータの無自覚が」と小声で言った。
「何がですか」
「なんでもない!!」
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――ノルドラント軍陣営
バルトスが兵士たちの前に立っていた。
「神の御加護のもと、我々は進む!」
声に奇蹟が乗っていた。
福音のバルトスの由来となった、バルトスの持つ奇蹟。
その声は聞いたものの士気を増幅させる。
広域に声が響いた。
聞いた兵士の目が変わっていく。
肩の力が入る。
奇蹟の出力が上がる。
「神秘を冒涜する者どもに、神の裁きを」
兵士たちが応えた。
バルトスの声は本物だった。
狂信とも言える信仰。
ヴァードンが腕を鳴らした。
「早く戦場に行きてぇな」
「焦るな」とナヴィがなだめた。
「予定通りに進む」
「なんか知らんがとてつもなく強い奴が来るんだろう?」
「来るはずです」
「なら早い方がいい」
ナヴィが「焦る必要はない」と苦々しくもう一度釘を差した。
「情報は揃っています」
ヴァードンが「そうかい」と言った。
好戦的な目が前線に向けられていた。
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――アストリア王国陣営
ノルドラント軍が動いた。
炎が来た。
氷が来た。
雷が来た。
風が来た。
複数の属性の奇跡が同時に飛んでくる。
バルトスの演説効果で出力が底上げされていた。
フレイヤが炎の奇跡で応戦したが、数が違いすぎる。
騎士団が後退し始めた。
「押されていますわ」とフレイヤが言った。
フレイヤにしては珍しい余裕のない声だった。
じわじわと追い詰められていた。
ゼナが「ソータ」と呼びかけた。
いつもと違う声だった。
「センサーが、フレイヤさんに反応してる」
「どういう意味ですか」
「……死にやすい。すごく死にやすい。物理的に、今すぐ」
センサーが仲間の危機を拾っていた。
前線を見た。
フレイヤが複数の奇跡に囲まれていた。
炎で応戦しながら、氷と雷を同時に受けようとしていた。
「……助けに行きます」
このままではまずい。
僕の勘が考えるより先に体を動かしていた 。
「全員下がってください」
一気に前に出た。
スーツを展開した。
フレイヤが「ソータ!?」と驚きの声を上げた。
「後ろにいてください」
センサーに情報が流れる。
敵の数、位置、奇跡の属性、動きのパターン。
炎は熱源として。
氷は温度変化として。
雷は電磁波として。
全部センサーに映った。
すべての攻撃を高速で避けながら、一人ずつ制圧した。
倒すのではなく、動けなくする。
関節を押さえる、意識を失わせる。
殺さずの無力化。
「なぜ効かない」という声が上がった。
「神秘が通じない!?」という声も上がった。
突然の圧倒的武力の出現にノルドラント軍はパニックになった。
ほどなく、ノルドラント軍の前線が崩れ始め、撤退の合図が鳴った。
静寂が落ちた。
フレイヤが呆然と見ていた。
「……また、助けられてしまいましたわね」
「無事で良かった」
「鎧ですの?」
「鎧です」
「体術ですの?」
「体術です」
フレイヤが「……もうなんでもいいですわ」と言った。
少し間があった。
「……ありがとうございます、ソータ」
「どういたしまして」
フレイヤの頬が赤かった。
先ほどとは違う理由で。
ゼナが「また惚れ直してるじゃん」と小声で言った。
「そうなんですかね?」
「どう見てもそうじゃん!!」
ヴェインが「……問題ない」と言った。
誰も聞いていなかったが、言った。
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――ノルドラント陣営
バルトスが「何なのだ、あれは」と驚愕の声を発した。
動揺していた。
演説が、止まった。
「神秘が通じない。あのような存在が、なぜアストリアに」
バルトスが忌々しげに拳を握る
「神への冒涜か……神秘を否定する力を持つ者が現れたということか」
「そういうことになりますね」とナヴィが言った。
メガネの奥の目は至って冷静だった。
ヴァードンが「……面白い」とニヤリと笑った。
好戦的な目が輝いていた。
「あれと戦いたい」
「まだその時ではありません」とナヴィが言った。
「なぜだ」
「時間はあります。情報は揃っています。次の戦闘で、分断します」
「分断?」
「あの鎧の人間と、仲間を引き離す。それだけで十分です」
バルトスが「できるのか」と言った。
「それだけの手札は十分にあります」とナヴィが言った。
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――ノルドラント陣営後方 救護室
ロザリーが負傷した兵士の傷を癒していた。
「なぜ神秘が通じなかったんだ」と兵士が呻いた。
ロザリーには伝わっていた。
「共鳴のロザリー」の共感能力だった。
この兵士は「神秘が通じない者がいる」という事実に、信仰的な恐怖を感じていた。
「神の力が否定された」という感覚。
「神秘が通じなかったのではないかもしれません」とロザリーが言った。
「どういうことですか」
「あの鎧は、奇蹟ではない別の何かです。奇蹟が負けたのではなく、別の力があっただけです」
兵士が「……そうなのか」と言った。
兵士が少し楽になった顔をした。
ロザリーは内心で考えていた。
別の力。神秘ではない何か。
そしてもう一つ、気になることがあった。
あの力を持つ者は、戦場で誰も殺さなかった。
動けなくする。
意識を失わせる。
無力化。
一人も殺していなかった。
「……会ってみたい」
ロザリーが小さく言った。
教会のつながりで、アストリア側と接触できるかもしれない。
でも今は、まだ方法がなかった。
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――アストリア王国陣営
僕は戦場から戻った夜、一人で考えていた。
今日は勝てた。
でも一回勝っただけだ。
ゼナから「見られている感覚」がまだ続いていると聞いた。
相手はこちらのことを知っている。
どこまで知っているかはわからない。
なんとも言えない不安感が襲ってきていた。
でも。
「なんとかします」
小さく言った。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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