宣戦布告
朝、アリアが飛び込んできた。
いつもの元気な声ではなかった。
「大変です、街が騒ぎになっています」
外に出ると、王都の空気が違った。
市場で人々が不安そうに話し合っていた。
怒号が飛び交っていた。
「戦争になるのか」
「神秘解放のせいだ」
「違う、教会が悪い」
「やはり神秘に触れるべきではなかったのではないか」
最後の声が、少し刺さった。
炊飯器を直した村を思った。
天気予報が戻った村を思った。
温泉地の主人を思った。
あの人たちが豊かになっていく流れは正しかったはずだ。
だが、今はその流れが戦争の口実になっている。
複雑だった。
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――王の間
王が一人で窓の外を見ていた。
五十代後半の、恰幅のいい男だった。
長年教会に神輿にされてきた疲れが、目の奥に沈んでいた。
「またか」
誰もいない部屋で一人呟いた。
ムーンヴェイルの件で少し変わったはずだった。
教会との関係を見直すと決めた。
なのに今度は戦争の旗頭にされようとしている。
「余は戦いたいわけではない……」
窓の外の王都を見た。
でも、宣戦布告を受けた以上、動かざるを得なかった。
それが王というものだった。
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――アストリア王国教会
僕達は教会に到着した。
既にソルとレインとフレイヤが集まっていた。
ソルが「やむを得ない部分もある」と言った。
「ノルドラントは一枚岩で狂信的だ。長年の記録を見れば、交渉の余地がない相手だということはわかっていた」
「こちらから仕掛けるつもりはありませんか」とレインが言った。
「ない。防衛に徹する。ただし」
「向こうが動いてきた時の準備は必要だ」
「同意します。ソル大司祭、今回も力を貸してください」
「言われなくてもそのつもりだ」
フレイヤが「騎士団は既に動いています」と言った。
「国境付近への配備を始めました。わたくしも前線に出ます」
「フレイヤさんが自ら?」と僕は驚いた。
「当然ですわ。騎士団長ですから」
当然と言えば当然なのだが、身近な人が戦争に行く、という感覚は僕には当然ではなかった。
ロゴスの拠点に全員が集まった。
「状況を整理します」と僕は皆に向けて言った。
「ノルドラント教国は奇跡の使い手が多い。戦力的にアストリアは不利です」
「死にやすいね」とゼナが言った。
「ただ」
通信越しにルカの声が入った。
「奇跡全般の解析を進めていて、面白いことがわかってきたのだ」
「どういうことですか」
「まだ言える段階ではないのだ。でも重要なことなのだ。ソフィアと一緒に急いで解析を進めているのだ」
「デュフフ、楽しみですね」とソフィアが言った。
目がオタクになっていた。
「楽しそうだね、二人とも」とゼナが言った。
「こういう時が一番楽しいのだ」
「緊急事態なんだけど」
「だから急いでいるのだ。邪魔するなのだ」
「はいはい」
ヴェインが「……解析が進めば、何かわかるということか」と言った。
「そうなのだ。今は待つのだ」
「レインさんから話があります」とアリアが言った。
全員がレインを見た。
「国から、ロゴスとレリックに正式な協力要請が来ました」
「断れないよね?」とゼナが言った。
「断ったら戦争が終わった後に立場がなくなります」
「政治的に死にやすい」
「そうですね」
「どうする?」とヴェインが言った。
僕は少し考えて、方針を決めた。
「協力します。ただし」
「戦い方はこちらで決めます。最前線で消耗するつもりはない。調べながら、守りながら、解決策を探します」
「解決策というのは」とレインが言った。
「戦争を終わらせる方法です。武力で勝てたとしても、それが終わりではない。根本的な原因を解決しないと、また繰り返します」
「ノルドラントと和解できると思いますか」
少し間を置いた。
「可能性はあると思っています。そもそも、戦争をしたい人なんてのはそんなにいないはずです」
「それは、そのとおりだと思いますが」とレインが言った。
「レインさんはノルドラント教国につながりはありませんか?」
「教会同士のつながりがあるのでその線なら」
「では、そのつながりで交渉の窓口を作ってほしいです」
その時、ゼナが突然立ち上がった。
「……見られてる」
全員が止まった。
「どこからですか?」と僕は尋ねた。
「……わからない。でも確実に見られてる。死にやすいセンサーが、物理的な危険じゃない何かを拾ってる」
「どういう感覚ですか」
「……じっとりした感じ。いつもの死にやすいとは違う。もっと遠くて、でも確実にこっちを見てる感じ」
ソフィアが「デュフフ……」と言った。
オタク喋りが消えていた。
「物理的な監視ではない、ということですか」
「多分。なんか気持ち悪い」
「ノルドラントの情報収集能力は高いという話がありました。既にこちらの動きを把握しているかもしれない」
「どこまで知られてますか」
「わかりません。でも」
少し間を置いた。
「最悪、全部知られていると思って動いた方がいいかもしれません」
ゼナが「死にやすいよ、見えない目で見られるのは」と言った。
レインが「ロゴスの情報管理を厳しくします」と言った。
「話せる情報と話せない情報を分けましょう」
方針が決まって、この日の話し合いは終わった。
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――ノルドラント教国 教会
ナヴィが報告書を閉じた。
千里眼のナヴィ。
ノルドラント教国の参謀。
冷たい目をした長身の女性だった。
「アストリア側が気づいたようです」
「何にだ」とバルトスが言った。
福音のバルトス。
ノルドラント教国軍の最高司令官。
壮年の立派なヒゲを蓄えた声の大きい男だった。
「監視されていることを。察知した者がいます」
「それは問題か」
「問題ありません」とナヴィが言った。
「気づかれても、何を見たかまではわかりません。こちらが把握している情報の全てを開示する必要もない」
ナヴィが手元の資料を静かに見た。
「山田颯太」という名前があった。
召喚の記録。スーツの構造。有線接続による弱点の克服。仲間全員の能力。全部揃っていた。
ナヴィはその資料を、別の書類の下に静かに置いた。
バルトスには見せていなかった。
「次の動きは」とバルトスが言った。
「前線を動かします。フレイヤ・フレイムハートが国境付近に向かっています」
「炎の奇蹟を使った戦い方をする騎士か」
「はい。ただ」
ナヴィが少し間を置いた。
「もう一人、来るはずです」
「誰だ」
「見ていればわかります」
ナヴィが窓の外を見た。
冷たい目だった。
「誰が来ようと俺の敵ではないがな」
ヴァートンがふてぶてしく言った。
千人長ヴァートン。
ノルドラント軍の千人長。
大柄の男。
目には好戦的な光が宿っていた。
隣の部屋から、その様子を伺う者がいた。
共鳴のロザリー。
ノルドラント教国の司祭。
こげ茶色の髪色の若い女性だった。
彼女は扉越しに、この会話を聞いていた。
「……また戦いが始まる」
小さく言った。
ロザリーには伝わっていた。
バルトスが本気だということが。
ナヴィが何かを隠しているということが。
そしてヴァードンが、どこかに迷いを抱えているということが。
「止めなければ」
ロザリーが言った。
でも方法がなかった。
まだ。
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――ロゴス本部
夜、僕は屋上に出た。
見られている感覚が、まだどこかにあった。
ゼナが感じ取った「じっとりした感じ」。
相手はこちらのことを知っている。
どこまで知っているかはわからない。
でも。
こちらも、相手のことを知ろうとしている。
ルカとソフィアが何かを掴もうとしている。
ゼナが見られていると気づいた。
レインがつながりを持とうとしてくれている。
ヴェインがいる。
みんながいる。
「なんとかします」
決意した。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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