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それぞれの明日

 

 翌日から、後始末が始まった。


 やることは多い。

 でも、ゆっくりでいい。


 久しぶりに、そう思えた。


 ムーンヴェイルの処遇は教会の合議で決めることになった。


 「規則に則った判断を、どうか」


 レインは議会内にそう進言した。

 ムーンヴェイルのしたことは極めて自己中心的で、情状酌量の余地もなかった。

 重い処罰が下されるだろう。


 ムーンヴェイルは最後まで笑顔を取り繕おうとしていた。

 しかし、最早彼に興味を持つものはいなかった。

 皆、彼は失脚した人間であり、再起不能だろうという判断をした。


 歪んだ野望を打ち砕かれた男は静かに退場していった。



 その後、僕は王のもとへレインとともに赴いた。


 王への説明はレインが行った。


 王が「……騙されたということか」と呻くように言った。


 屈辱と安堵が混ざった顔だった。


 「被害はなかったのか」


 「ギリギリで発射が遅延されました。その間に彼が停止を」


 「……そうか」


 王がしばらく黙った。


 「ムーンヴェイルを信じた自分が恥ずかしい」


 「陛下が騙されたのは、つけ入れられる隙があったからです。その隙を作ったのは教会でもあります」


 「……以後は、教会との関係を見直す」


 「それが一番良い判断かと思います」


 「神輿にはなりたくないからな」


 「我々も良い関係を望みます」


 王が「……ご苦労だった」と言った。


 珍しく、素直な言葉だった。


 ガイウスの処遇については、レインが「罰するつもりはありません」と言った。


 ソルが「それでいいのか」と言った。


 「父が望んでいたことを、間違った形でやろうとした。罰するより、正しい形でやってもらう方が父も喜ぶと思います」


 「……甘いな、レイン」

 

 ガイウスが小さな声で言った。


 「父に似ていると言いました」


 「……そうだな」


 ガイウスが深く頭を下げた。


 「エリオットの娘に、頭を下げる日が来るとは」


 「叔父様」


 「なんだ」


 「また一緒にやりましょう。今度は正しい形で」


 ガイウスが「……ふっ」と笑った。


 長年の焦りが、溶けたような笑いだった。


 ルカが研究所に帰る日が来た。


 入口の前で、全員が見送った。


 「帰るのだ」


 「もう少し休んでいってもいいのでは…」


 小さな体で厳しい局面を乗り越えたのだ。

 もう少し休んでもいいのではないかと僕は思った。


 「まだまだやることが山積みなのだ」


 ルカはにっと笑顔でそう言った。

 中々のワーカーホリックだ。


 ルカが研究所の入口に入る前に振り返った。


 「ソータ」


 「なんですか」


 「また来るのだ」


 「行ってもいいんですか」


 「顔パスなのだ。何度でも来るのだ」


 「ありがとうございます」


 「感謝するなら」


 「土下座はもうしました」


 「……そうだったのだ」


 ルカは歩き出し、元々小さい姿が更に小さくなっていった。


 ゼナが「可愛いね、ルカちゃん」と言った。


 「聞こえているのだ!!」


 遠くからから声がした。

 地獄耳だな。


 フレイヤが僕に声をかけてきた。


 「ソータ、少し話があります」


 「なんですか」


 「今回の件で、わたくしの立場が少し変わりました」


 「騎士団長として、ですか」


 「ええ。ソル大司祭が退き、後任が選出されますので、騎士団の方針も変わります。ムーンヴェイルに従っていた者たちの処遇など、やることが多くて」


 「大変ですね」


 「大変です。でもやりがいもありますわ」


 フレイヤが僕を見た。


 「あなたが世界を守りたいと言っていましたわね」


 「言いました」


 「わたくしも、そう思うようになりましたわ。守るべきものがある、と」


 ヴェインが「……フレイヤ」と言った。


 フレイヤがヴェインを見た。


 「なんですの」


 「……よかった」


 「何がですの」


 「……お前が、そう思うようになったことが」


 フレイヤが「……あなたが言いますの」と言った。


 二人が少し黙った。


 ゼナが「いい雰囲気じゃん」と言った。


 「うるさいですわ」


 「うるさい」


 二人が同時に言って、場が和んだ。


 ゼナが僕の隣に来た。


 「ねえ、ソータ」


 「なんですか」


 「言質取ってたんだけど」


 「なんでしたっけ」


 「頭撫でてくれるって言ったじゃん」


 「あー……」


 「まさか忘れてた!?」


 「……今思い出しました」


 僕はゼナの頭を撫でた。


 ゼナは黙って撫でられるままになっていた。

 顔が赤かった。


 「満足ですか」


 「……もう一回」


 「え」


 「もう一回」


 「……はい」


 もう一回撫でた。


 ゼナが「……死にやすいよ、ソータって」と言った。


 「どっちの意味ですか?」


 「精神的にだよ」


 「そうですか」


 「そうだよ」


 でも笑っていた。

 いつもの、小動物みたいな笑い方だった。


 ソフィアがソータに声をかけてきた。


 「デュフフ、ソータさん」


 「お疲れ様でした。ソフィアさん」


 「炊飯器のことを覚えていましたよね」


 「最後に役立ちましたね」


 「あの時から、ずっと一緒に調査をしてきましたね」


 「デュフフ……よかったです」


 「何がですか」


 「ソータさんがこの世界に来てくれて」


 少し間があった。


 「だったら、良かったです」


 「良かったです。、デュフフ」


 ソフィアが笑った。


 今日のデュフフは、今までで一番柔らかかった。


 次はレインが僕にに「少し話があります」と声をかけてきた。


 込み入った話になりそうだったので、二人で静かな場所に移動した。


 「父の話を聞いてもらえますか」


 「父――エリオットさんの」

 

 レインの父、エリオット。

 先代の大司祭の一人だった人だ。  


 レインは話しだした。


 エリオットのこと。


 ガイウスのこと。


 長年教会を変えようとしてきたこと。


 エリオットが生きている間には間に合わなかったこと。


 「父が変えようとしていたことが、ソータさんが来てから少しずつ変わり始めた気がします」


 「レインさんが変えたんですよ」


 「ソータさんが居てくれたからです。わたしだけでは、とても……」


 「なら、一緒だったから出来たんですよ、きっと」


 レインが「……そう、かもしれませんね」と自分を納得させるように言った。


 レインはそのまま僕の手を取り言った。


 「これからも、力を貸してください」


 縋るような目だった。

 こんなにも頼られるようになっていたのか、と少し複雑な気持ちになった。


 「そうですね。ただ」


 「ただ」


 「帰る方法も、探します」


 レインが「……わかっています」と少し淋しげに言った。


 「でも、急いでないので」


 これは事実だ。

 帰れるなら帰りたいけれども、この世界でも、みんなが――仲間ができた。

 僕の居場所を作ってくれた。


 「これからも、よろしくお願いします」


 「こちらこそ」


 お互いに頭を下げあった。


 夜、事務所の食堂で全員が集まった。


 アリアが料理を運んできた。


 「お疲れ様でーす! 今日は特別メニューです!」


 「特別とは」とルカが通信越しに言った。


 「ルカちゃん、遠隔参加なんだ」とゼナが言った。

 

 異世界でもリモート会話ができるとは。

 ちょっと感慨深い。


 「ルカも祝いたいのだ。文句あるのだ?」


 「ないよ」


 全員で食事をした。


 ヴェインが「……ご飯が美味しい」と言った。


 「出た、いつものセリフ」とゼナが言った。


 「いつも美味しいのだ、ヴェインは正直なのだ」とルカが言った。


 「うるさい」とヴェインが言った。


 「デュフフ」とソフィアが笑った。


 いつもの食卓だった。

 

 だけど、段々と関わる人が増えてきた。


 レインも、ガイウスも、フレイヤも、ソルも。


 それぞれの場所で、それぞれの明日に向かっている。


 今日も、一日なんとかなった――

 

 と、僕は安堵し、目の前のほかほかご飯を食べるのだった。



 *************************************************************


 ――王都の王宮



 王のもとに使者が来ていた。


 隣国のノルドラント教国の使者だった。


 王は相対し、丁重に迎えていた。


 ノルドラント教国はこの国――アストリア王国よりも宗教的に古く、伝統ある国家だった。


 故に、王といえど相応の対応が求められるのだった。

 

 「此度はどのような要件で参られたのか」

  

 王が問う。


 先日の内部の混乱が伝わった事による調査ではないかと疑っていた。


 だが、使者の言葉は予想外の内容だった。


 「我がノルドラント教国より、宣戦布告を伝えに参りました」


 その場に居た皆が固まった。


 宣戦布告――すなわち、この国は戦争状態に入るということを意味した。


 

 ***************************************************************


 ――ロゴスの隠れ家



 僕は食事の後、屋上に出て夜風に当たっていた。


 眼前には王都の夜景が広がっている。


 いつもの夜景だった。


 炊飯器を直した村を思った。


 天気予報が戻った村を思った。


 温泉地の主人を思った。


 あの人たちはこれから豊かになっていく。


 その流れは止まらない。


 まだやることはある。


 各地の遺産の調査や管理。


 神秘の解放をどう進めていくか。


 そして、帰る方法。


 でも今日も――


 「なんとかなったかな」


 小さな声が口から漏れた。


 

 今日も、なんとかなったことだし――

 明日も、なんとかできるはずだ。


 と、いつものように考えていたのだが――


 この時の僕は、国を揺るがすような事件が動き始めている事に、まだ気づいていなかった。


ここまでお読み頂きありがとうございます!


面白い!と感じた方は高評価ブックマーク感想等お願い致します。

作者のモチベーションにつながります。


次回も見て頂けると嬉しいです!


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