弔いの先に
ロゴスの隠れ家にアリアから連絡が来たのは、朝だった。
「ソル大司祭が会いたいとおっしゃっています」
場がざわめいた。
「どういう意図ですか」とレインが言った。
「……わかりません」
ヴェインが「罠の可能性は」と言った。
「なくはないです」と僕は言った。
「でも今は情報が欲しい。会いましょう」
「……わかりました」とレインが言った。
ほどなく、ソルが現れた。
以前より老いて見えた。
護衛はフレイヤ一人だけを連れていた。
「……どういったご要件でしょうか」とレインが少し固い声で言った。
「話がある」
全員が座った。
ソルが口を開いた
「シャドウズが足取りを掴んだ」
皆がざわついた。
「ムーンヴェイルが今どこにいるか、判明した」
「なぜ我々にその情報を?」とレインが言った。
「君の命を狙ったことは間違いだった。シャドウズを使って君を排除しようとした。それは私の罪として受け入れる」
「……はい」
「ただし」
ソルが少し間をおいた
「わたしの信念は間違っていない」
そのまま続ける。
「神秘は管理されるべきだ。それは今も変わらない」
語気に力強さがある。
揺るぎない信念なのだろう。
「わかっています」
「わかっているか」
「はい。ただ、わたしの目的は教会の独占を崩すことです。危険なものを表に出すつもりはない。豊かさをもたらすものを、一部の者しか使えない状況を変えたい。それだけです」
「……その線引きは、誰がする」
「それは議論が必要です。今後も」
ソルが「ならば」と言った。
「わたしが目を光らせる。行き過ぎれば反対する。それでも構わないか」
「構いません」とレインが言った。
「監視役がいる方が、むしろ健全です」
ソルが少し黙った。
「……エリオットも、そういう男だったな」
「父もそうだったのですか」
「反対意見を歓迎する男だった。わたしが何度反対しても、丁寧に聞いた。腹が立つほど丁寧に」
「……そうなのですか」
「わたしが間違っていたとは思わない。だが、あの男が正しかった部分もあった」
ソルが立ち上がった。
「ガイウスも、いた。シャドウズの調査で確認した」
レインが「……やはり、そうですか」と言った。
「知っていたか」
「可能性として考えていました」
「あの男は、エリオットへの弔いのつもりだろう。だが方法が間違っている」
「……わかっています」
「エリオットの娘に頭を下げる日が来るとは思わなかった」
「頭は下げなくていいです」
「いや、これだけは言わせてくれ」
ソルが「……すまなかった」と深々と頭を下げた。
本気の謝罪だ。
元とはいえ大司祭だった人間がなかなかできるものではない。
「力を貸してください」とレインが言った。
「今回は、目的が一致しています」
フレイヤが「わたくしも参ります」と言った。
「騎士団長として、この件は見過ごせない」
シャドウズが掴んだ場所に向かった。
山岳地帯だった。
廃墟に偽装した施設が、岩壁に沿って建っていた。
「ゼナさん、警備は」
「多いよ。でも死にやすいセンサーが振り切れるほどじゃない」
「行けますか」
「行けると思う」
「特別手当は」
「今は要らないよ」とゼナが言った。
「え」
驚いた。
金の亡者のゼナがこんな反応をするとは。
「ルカちゃんのこともあるし。ソータが頑張ってるから」
少し間があった。
「……ありがとうございます」
ヴェインが「……わたしが前に出る」と言った。
フレイヤが「わたくしも」と続いた。
二人が並んだ。
「久しぶりですわね、こういうのは」とフレイヤが言った。
「ああ」とヴェインが言った。
「昔みたいに、背中を預けられますか」
「……預けてくれ」
フレイヤがふっと、笑った。
その後、難なく警備を突破した。
ヴェインの剣とフレイヤの炎の奇跡が、かつての騎士団での動きを取り戻していた。
意識して合わせているわけではなかった。
ブランクがあっても元同僚というところか。
「フレイヤ、右」
「わかっていますわ」
「速いな」
「褒めても何も出ませんわ」
「褒めてはいない」
「……褒めてもいいんですのよ」
二人の連携が続いた。
通路を抜けて、奥に進んだ。
扉があった。
開けると広い部屋に出た。
中央に、大きな装置があった。
複数の神器が組み合わさった構造だった。
どうやらここがシステム管制室のようだ。
その前に、一人の男が立っていた。
白髪交じりの、痩せた男で、眼光が鋭かった。
ガイウス――元ロゴスの研究者。
「……来たか」
レインが一歩前に出た。
「……叔父様」
ガイウスがレインを見る。
「……レイン」
「やはり、あなたでしたか」
「そうだ」
「なぜですか」
ガイウスが「なぜ、か」と言った。
「お前の父は正しかった。誰よりも正しかった。でも間に合わなかった。正しいことを正しくやり続けた結果、何も変わらないまま死んだ」
「叔父様」
「わたしには時間がない。エリオットより長く生きるつもりはない。だから急いだ。急がなければならなかった」
「父が望んでいたことは、これですか」
ガイウスは黙った。
ルカが前に出た。
「ガイウスは間違っているのだ」
ガイウスが「子供が何を言う」と言った。
「子供だから言えるのだ」とルカが言った。
「たくさんの人が死ぬ。それが弔いになるのか」
「犠牲なしに変化はない」
「エリオットはそう言っていたのか」とルカが言った。
ガイウスはまた黙った。
「父は、犠牲を出さずに変えたかった。だからあんなに時間がかかったんです。叔父様もわかっているはずです」
ガイウスの目が揺れた。
わずかな迷いが生じた。
その瞬間だった。
「お待たせしました」
穏やかな声が響いた。
ムーンヴェイルだった。
「起動は既に完了しています」
全員が固まった。
「ガイウスさんが押してくださいました。……いえ、正確にはわたしが押しました。でも記録にはガイウスさんの認証が使われています」
「貴様」
ガイウスが憤る。
「最初からそのつもりでした。あなたは便利な道具でしたよ、ガイウスさん。エリオットへの弔いという動機は、本物の熱量がありましたから」
「……わたしを利用したのか。自分の手を汚さないために」
ムーンヴェイルが「弔いの気持ちは本物だったでしょう。でも結果は、エリオットが望まなかった形になります。残念ですね」と言った。
笑顔のままだった。
「ルカさん、止められますか」と僕は小声で言った。
「やってみるのだ」とルカが言った。
ムーンヴェイルが「あまり時間はありませんよ」と言った。
そしてムーンヴェイルが何かを取り出した。
見慣れたパワードスーツだった。
僕のスーツと、同じ構造のようだった。
「……まさか、ルカさんの研究所から?」
ルカが「……誘拐の時に持ち出されたのだ」と言った。
おそらく、プロトタイプのものを持ち出したのだろう。
ルカが少し俯いた。
「ごめんなのだ、ソータ」
「謝罪は後で。今は止めることが先です」
ムーンヴェイルが「あなたのものと同じ性能ですよ」と言った。
やはりか。
しかも性能ということは、プロトタイプから改良をしているということか。
「ただし、わたしのは有線駆動です。電力の心配がない。あなたはバッテリー駆動。時間制限がある。どちらが有利かは明白です」
「やってみないとわかりませんよ」
戦闘が始まった。
同じ性能だ。
互角の争いになる。
だが、有線とバッテリーの違いがある。
ムーンヴェイルのスーツは電力切れがない。
対して僕はバッテリーの残り容量がどんどん削られていく。
その間にもカウントダウンは進む。残りのカウントは5秒。
「無駄です。あなた達には制限時間がある。どう転んでもわたしに負けはないのですよ」
付け入る隙がないまま、時間は無情に過ぎていく。
5,4,3
「はははは!終わりだ!……?なぜ起動しない!?」
カウントダウンが終わるはずのタイミングのはずだった。
だが、発射システムは起動していなかった。
残りカウント3で停止していた。
ムーンヴェイルが動揺する。
「遅延工作をしていたのだ」
ルカはインターフェースを操作しながらそう言った。
「だけど、情報を大量に処理させて時間稼ぎをしているだけだから、時間がないのは変わらないのだ」
ルカが叫ぶ。
「だから、ソータ。 いまのうちなのだ!」
わずかに得られた猶予の時間。
僕はムーンヴェイルがわずかに狼狽えて、隙ができたのを見逃さなかった。
――このチャンス、無駄にするわけにはいかない。
「ヴェインさん!」
僕はヴェインに合図をする。
こくり、とヴェインが頷く。
ヴェインがムーンヴェイルのスーツの有線コードに向かった。
フレイヤが炎の奇跡でムーンヴェイルの動きを牽制して援護する。
「騎士団長、邪魔をするつもりですか」
「わたくしは今日、騎士として動いています」
その隙にヴェインが踏み込む。
ヴェインの剣がコードを切断した。
ムーンヴェイルのスーツがバッテリーに切り替わった。
「……まあいい。それでも時間の問題です」
ムーンヴェイルの見立ては正しい。
バッテリーの残量は僕の方が少なかった。
活動限界が迫っていた。
「ソータさん、残量は」とソフィアが言った。
「もう、僅かです……」
言ったところで僕のスーツのバッテリーが切れた。
途端に身体が重くなる。
「……活動限界です」
ムーンヴェイルが「今度こそ、わたしの勝ちですね」と勝利宣言をした。
システムの遅延は、じきに終わる。
「間に合いませんよ。あなたが動けない間に、カウントダウンは終わる」
「……まだです」
僕は諦めていなかった。
まだ奥の手が――ある!
「まだ何があるというのですか」
ムーンヴェイルは勝利を確信した笑みを浮かべている。
「今です!」
ソフィアの声がした。
「行きますよ、デュフフ」
ソフィアが前に出て、奇跡を行使する。
雷の奇跡が走った。
変圧器を通じて、ケーブルがソータのスーツに繋がった。
スーツが再起動した。
「……いきます」
準備していた奥の手だ。
バッテリーの弱点を克服するために、以前使った変圧器でソフィアの奇跡を通じて電気を送れるように改良していたのだ。
その電力を有線ケーブルでつなぐことで、奇跡の行使ができる限り電力供給は続けられる。
ムーンヴェイルが「……そんなものが」と吐き捨てるように言った。
穏やかな笑顔が、初めて揺れた。
「奇跡で電力を供給できるとは」
「炊飯器がなければ思いつきませんでしたよ」
「だが有線ならば、元を狙って断てばいい!」
「ゼナさん!」
「任せて」とゼナが言った。
「ソフィアの守りはウチがやる。特別手当は後でいいよ」
再び戦闘が始まった。
今度は僕が有線で電力が安定供給されて有利。
対してムーンヴェイルのバッテリーは削られていく。
「なぜ諦めないんですか!」とムーンヴェイルが言った。
「守りたいんです」
「この世界はあなたの世界ではないのに!?」
「関係ありません」
「仲間がいるから、ですか」
「そうです」
ムーンヴェイルのスーツのバッテリーが切れた。
機能が完全に停止する。
ムーンヴェイルが「カウントダウンは止まったわけではない!」と叫んだ。
「あと少しで起動します。間に合いませんよ!」
僕はムーンヴェイルの言葉を最後まで聞くことなく、飛んでいた。
雷の奇跡によるバッテリーの回復があった。
まだ、バッテリー駆動でわずかに猶予があるはずだ。
直接、発射口に行って物理的に接続を断つ。
ついにカウントダウンが再開する。
動力部の接続ポイントに向かう。間に合え・・・!
残り1秒。
接続部分を全力で殴り飛ばす。
粉砕。
カウントゼロ。
静寂が落ちた。
時間が止まったかのような静寂だった。
僕は残りの動力を回してシステム管制室に戻った。
管制室では、ムーンヴェイルが「な……なぜ」と意気消沈していた。
システムは完全に停止したようだった。
ガイウスが「……止まったのか」と言った。
「……わたしは、何をしていたんだ」
後悔の念のこもった言葉だ。
「エリオットは、こんなことを望まなかった」
ガイウスが座り込んだ。
眼光が鋭かった顔が、急に老いて見えた。
レインが「叔父様」と声をかけた。
「……すまなかった」
ガイウスはレインを見つめて、言った。
「エリオットに顔向けができない」
「父は」とレインが言った。
「叔父様のことを、最後まで心配していました。会いたがっていました」
「……そうか」
「一緒に変えたかったと」
ガイウスが「……もう遅い」と言った。
「遅くないです。まだ、あなたは生きています」
「……レイン」
「はい」
「エリオットに似てきたな」
「……そうなのですか」
「そうだ。あいつも、最後まで諦めなかった。腹が立つほど」
ガイウスが「……ふっ」と笑った。
長年の焦りと怒りが、少し溶けたような笑いだった。
ムーンヴェイルが「……これで終わりとは思わないでください」と言った。
「まだ何かありますか」と僕は言った。
「証拠がありません。わたしが核開発をしたという証拠が。ガイウスさんの認証が使われています。核開発を行ったのはガイウスさんということになる」
そこにソルが現れ、言った。
「シャドウズが全て記録している」
ムーンヴェイルの笑顔が歪む。
「あなたが王と接触し、唆したこと。設計図を入手したこと。ガイウスを利用したこと。シャドウズはロゴスだけを追っていたわけではない」
ムーンヴェイルが「……そんな」と力なく言った。
笑顔が消えた。
初めて、本当の意味で笑顔が消えた。
うなだれるムーンヴェイルに、フレイヤが「お縄につきなさいまし」と言った。
全員が施設の外に出た。
空が明るくなり始めていた。
「終わったね」とゼナが言った。
「終わりました」
「死にやすかったよ、今回は」
「物理的にも」
「精神的にもね!!」
ルカが「ルカの遅延が効いたのだ」と言った。
「助かりました。あれがなかったら間に合わなかった」
「感謝しなくていいのだ、当然なのだ」
「ありがとうございます」僕は感謝を伝えた。
「……感謝するなら土下座」
「はい」
「え」
僕は頭を下げた。
日本人の本気の土下座だ。
最大限の感謝を伝えたかった。
ルカが「……ほんとにしなくてもいいのだ」と言った。
声が揺れていた。
ヴェインが「……終わった」と言った。
フレイヤが「……そうですわね」と言った。
二人が並んで空を見た。
「昔に戻ったみたいですわね」
「……そうだな」
「何か言うことはないんですの」
「何を」
「久しぶりに一緒に戦えて、良かった、とか」
「……久しぶりだった」
「それだけですの」
「……悪くなかった」
「悪くなかったですわ、わたくしも」
ヴェインが「……そうか」と言った。
ヴェインの兜の中は伺いしれなかったが、笑っているように見えた。
レインが「ありがとうございました」と全員に言った。
「これからが本番ですよ」と僕はレインに言った。
「まだあるの!?」とゼナが言った。
「ムーンヴェイルの後始末、王への説明、ガイウスの件、各地の遺産の管理」
「まだまだ死にやすいね~」
「でも」
「でも?」
「なんとかします」
「根拠は」
「ここまで、なんとかしきたので」
ゼナが「まあ、確かに」と言った。
「なんとかなってきたね」
全員で少し笑った。
レインが「ソータさん」と声をかけてきた。
「なんですか」
「この世界に来てよかったですか」
少し間を置いた。
「悪くないです」
「それだけですか」
「……いえ、きっと、良かったです」
レインが微笑んだ。
夜明けの光が、施設の外に広がり、風が頬を撫でていった。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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