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動き出す歯車


 ムーンヴェイルの企みがわかってから数日が経った。


 ゼナが痕跡を追い続けていたが、難航していた。


 「今回は難しいよ」とゼナが言った。


 「足跡がない。移動していないか、完全に隠蔽されてるか」


 「ムーンヴェイルが病で教会に来ていないみたいです」とアリアが言った。


 「でも、教会の中でも、本当に病気かどうかを確認した人間がいないようで」


 「つまり姿を消した」


 「そうなります」


 「動き出したんですね」と僕は言った。


 レインが「急ぎますか」と言った。


 「急ぎましょう。でも手がかりが――」


 全員が地図を見た。


 手がかりがなかった。



 ***************************************************


 ――古びた地下室


 古い石造りの建物の地下だった。


 外から見ればただの廃屋である。


 しかし中には、精巧な設備が並んでいた。


 一人の男が設計図を広げていた。


 白髪交じりの、痩せた男だった。

 眼光が鋭く、虚ろな雰囲気を纏っている。

 長年の研究と焦りが、体の線を削ぎ落としてきたような印象だった。


 「ルカの頭脳で、ここの問題が解決した」


 設計図の一点を指した。


 「ここさえ突破できれば、あとは時間の問題だ」


 「よかった」とムーンヴェイルが言った。


 「急ぎましょう、ガイウス殿。時間はあまりない」


 「わかっている」


 白髪交じりの痩せた男――ガイウスと呼ばれた男が資料を見た。


 長い手がゆっくりと図面の上を動いた。


 「……レインは気づいているだろうか」


 「気づいているかもしれませんね。ただ、証拠はない」


 「そうか」


 「後悔していますか」とムーンヴェイルが聞いた。


 ガイウスが「後悔などしない」と返した。


 眼光が鋭くなった。


 「エリオットは間に合わなかった」


 レインの父の名だった。


 「あいつは生涯をかけて、正しいやり方で変えようとした。真面目で、誠実で、誰より正しかった。でも間に合わなかった」


 ガイウスが唇を噛む。


 「……だから」


 「だから、わたしがやる。エリオットなら出来たはずのことを」


 ムーンヴェイルが「そうですね」と笑顔で返した。


 いつもの、何も読めない笑顔だった。


 「友のためですか」


 「友のため、などとは言わない」


 「では」


 「……弔いだ」


 ガイウスが設計図に目を戻した。


 それ以上、何も言わなかった。



 *************************************************


 ――王宮



 夜の謁見室だった。


 窓の外に、王都の夜景が広がっていた。


 王が椅子に座っていた。


 五十代後半の、恰幅のいい男だった。


 かつては威厳のある顔立ちだったのだろう。

 今もその片鱗はある。


 しかし長年、教会に抑圧されてきた疲れが、目の奥に沈んでいた。


 その対面にムーンヴェイルが静かに立っている。


 「神の力を、陛下の思うままに扱える時はついに来るのです」


 静かに言った。


 「……本当か」と王が目を見開き、言った。


 「本当です。教会が長年独占してきた力を、陛下が直接お使いになれる。その準備が、ようやく整いつつあります」


 王が少し動いた。


 「以前にも、そういう話があった」


 「存じています」


 「神の雷、と呼ばれるものだ。余がそれを知った時、使いたいと思った。しかしソル大司祭に諌められた。神聖なるものを王権のために使うことは許されぬ、と」


 「理不尽でしたね」


 「……理不尽だ」


 王の声に、長年抑えてきたものが滲んだ。


 「この国を治めているのはわたしだ。教会ではない。なのに、何か大きなことをしようとするたびに、教会が前に出てくる。民が跪くのは神に対してであり、余に対してではない」


 「そうですね」とムーンヴェイルが言った。


 「陛下は長年、神輿にされてきた」


 王が「……そういうことだ」と忌々しげに言った。


 「ですが」とムーンヴェイルが続けた。


 「今は違います。教会の中でも、変化が起きています。推進派が力を持ちつつある。そして、その流れを利用すれば、陛下が真に国を治める時代が来ます」


 「どうすればよい」


 「神の雷、いえ、神の力を。陛下が直接お持ちになればいい。教会を通さずに」


 「……それは」


 「近隣諸国に示すのです。この国には、神の力がある、と。誰も逆らえない力を持つ国として。それは教会の力ではなく、陛下の力として」


 「余の力、か」


 「そうです。わたしは裏方です。すべては陛下のお力として世に知れ渡る」


 王がしばらく黙った。


 長い沈黙だった。


 「……わかった」


 ムーンヴェイルが頭を下げた。

 笑顔のままだった。




 ***********************************************


 ――ロゴスの隠れ家



 夜、レインから連絡が来た。


 「王が動き始めています」


 「どういう動きですか」


 「近隣諸国への使節を送り始めています。内容はまだわかりませんが、教会を通さない直接の外交です」


 「ムーンヴェイルが糸を引いてるということですか」


 「おそらく」


 「タイミングが悪いですね」と僕は言った。


 「なぜですか」


 「ムーンヴェイルが王を動かし始めたということは、何かの準備が整いつつあるということです。その準備が整う前に、こちらが動けるかどうか」


 「間に合いますか」


 少し考えた。


 「なんとかします」


 「根拠は」


 「まだないですが、考えます」


 レインが「珍しいですね」と言った。


 「何がですか」


 「根拠が後回しになるのは」


 「根拠を待っていては手遅れになります」


 「そうですね。では一緒に考えましょう」


 「ゼナさん、王の動きを追えますか。使節がどこに向かっているか、何を伝えているか」


 「難しいけど、やってみる。特別手当は」


 「出ます」


 「二倍で」


 「……考えます」


 「三倍なら頑張る」


 「…2.5倍で」


 「値切るね~」


 「懐事情もありますから」


 「じゃあ、成果が出たら、褒めてくれる?」


 「は?」


 「ソータが褒めて、頭撫でてくれるんなら、やる」


 「そんなことでいいんですか?」


 「そんなことがいいの」


 ゼナの顔がほんのり赤くなっていた。

 そんなことでいいなら、安いものだ。

 

 ゼナが「言質取ったからね!」と言いながら動き始めた。



 一方、ルカは作業室に籠もりっきりだった。


 食事だけはちゃんと食べていたが、それ以外はほぼ部屋から出なかった。


 ソフィアが「デュフフ、何を研究しているんですか」と聞いた。


 「ルカの研究なのだ。邪魔するな」


 「でも心配で」


 「邪魔するなのだ」


 ◯◯するな、なのだは、するなのだの省略形が定着していた。

 効率重視なのだろう、多分。


 「……わかりました。でも食事はちゃんと食べてくださいね」


 「わかってるのだ」


 「デュフフ」


 「笑うなのだ」


 「笑ってないですよ」


 「笑ってるのだ」


 ソフィアが出ていった後、ルカは一人になった。


 資料を見た。


 自分が手を貸した部分。


 ガイウスが何年も突破できなかった問題を、ルカが解決してしまった部分。


 「……早くしないといけないのだ」


 小さく言った。


 何をしているのかは、まだ誰にも言えなかった。


 夜、ソータが一人で考えていた。


 王が動き始めた。


 ムーンヴェイルが見えないところで動いている。


 「止めます」


 小さく言った。


 核が使われる前に。


 間に合わせる。


 今日も、なんとかなったことだし――


 明日も、なんとかできるはずだ。


ここまでお読み頂きありがとうございます!


面白い!と感じた方は高評価ブックマーク感想等お願い致します。

作者のモチベーションにつながります。


次回も見て頂けると嬉しいです!


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