宣言
朝、アリアから緊急連絡が入った。
「シャドウズが大規模に動いてこちらに向かっています」
いつものにこやかな声ではなかった。
「どのくらいの規模ですか」
「……百人単位という話です」
場がざわついた。
「百人」とゼナが言った。
「はい」
「死にやすいセンサーが振り切れた。というか壊れた」
「壊れましたか」
「比喩だよ!!」
「わかってます」
レインが「この場所がバレたということですね」と静かに言った。
僕ととレインが目を合わせた。
言葉はなかった。
でも同じことを考えていた。
誰かが密告したのか、それとも入るところを尾行されたか。
経緯はどうあれ、ここにシャドウズが来る。
ルカに状況を伝えた。
ルカが「ここはルカの研究所なのだ!」と叫んだ。
いつもの尊大な口調とは違った。
本気で怒っている。
「絶対に守るのだ!」
「ルカさんは安全な場所に」
「逃げないのだ! ルカも戦うのだ!」
「どうやって」
ルカが「研究所の仕掛けがあるのだ」と言った。
「古代遺跡の防衛システムを改造して組み込んであるのだ。外部からの侵入を遅らせることができるのだ」
「起動できますか」
「ルカを誰だと思っているのだ」
「所長ですね」
「そうなのだ。任せるのだ」
ルカが走っていった。
「ルカちゃん、頼もしいね」とゼナが言った。
「頼もしいですね」
「小さいのに」
「小さいのに」
まもなく、シャドウズの襲撃が始まった。
研究所の隠蔽が解けたわけではなかった。
でも外部から人が集まってくる気配が、ゼナのセンサーに引っかかっていた。
ゼナが目を閉じて、探る。
「来る。かなり多いね」とゼナが言った。
「どのくらいですか」
「数えきれない」
ルカが防衛システムを起動した。
研究所の外壁に仕掛けた装置が動き始めた。
侵入者の動きを遅らせて、足止めする。
「時間を稼ぐのだ」とルカが言った。
「ソータのスーツで対処している間に、ルカが別の手を用意するのだ」
「別の手、とは」
「説明する時間はない、任せるのだ」
ルカがまた走っていった。
「私は話を聞いていますので、いざという時は私が説明します。デュフ」とソフィアが言った。
ソフィアは知っているらしい。
それでも、しっかり説明を聞いている時間はない。
ヴェインが前に出た。
ゼナが側面に回った。
ソフィアが後方で奇跡の準備をした。
そして、シャドウズが現れた。
数が違った。
これまでの比ではなかった。
研究所の入口から、通路から、次々と現れた。
ヴェインが前に出て囮になる。
ゼナが動きを読んで撹乱した。
ソフィアが奇跡で支援した。
でも――数が多すぎる。
出し惜しみできる状況ではなかった。
僕はスーツを展開した。
装着。
オールグリーン。
センサーが敵の数を示す。
総数八十七人。
時間が保つかどうか――いや、考えてる間に一人でも無力化するべきだ。
最高速度で一人ずつ制圧していく。
いつも通り、倒すのではなく、無力化する。
関節を押さえる、壁に押しつける、意識を失わせる。
このスーツの性能ならば負けることはない。
時間との戦いだった。
「残り何人!?」とゼナが叫んだ。
「六十人以上います!」
「まだそんなに!?」
スーツの出力を速度に回して最大にする。
残り3分
五十人。
残り2分
三十人。
残り1分
二十人。
その時、体が重くなった。
「……活動限界です」
動きが止まった。
まだ二十人以上のシャドウズが残っていた。
三人だけでは対処できない数だ。
「どうする!?」とゼナが叫んだ。
「ソータさん!」
ソフィアの声がした。
「ルカと、準備していた切り札があります」
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――二日前の夜
研究所でソフィアとルカが作業室で向き合っていた。
「研究所の電力を使えばどうなのだ」とルカが言った。
「バッテリーの代わりに、外部電力を直接供給する。有線になるが、電力が続く限り稼働できるのだ」
「どうやって接続しますか?」
「ルカに任せるのだ」
深夜まで二人で作業した。
「できたのだ」とルカが言った。
「ただし有線なので、動ける範囲が限られるのだ」
「防衛戦なら問題ないですね」とソフィアが言った。
「そうなのだ。デュフフ」
「デュフフは私のですよ」
「感染ったのだ」
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「研究所の電力に繋ぎます!」とソフィアが言った。
「どうすればいいですか!?」
「用意してあるのだ!」
ルカが走ってきた。
太いケーブルを引いていた。
小さな体で、必死に運んでいた。
「これを使うのだ! 有線になるが電力が続く限り動けるのだ! 研究所の予備電力をフルで使うのだ!」
「ありがとうございます!」
「土下座は後でいいのだ!」
ケーブルを接続する。
ブン、と再び光が灯り、スーツが再起動した。
「……行きます」
動ける範囲は限られた。
でも研究所の中での防衛なら十分だった。
残りのシャドウズの制圧に向かう。
ケーブルが多少邪魔だが、制圧には問題ない。
いける――
一人ずつ、確実に制圧した。
二十人が十人になった。
十人が五人になった。
五人が、止まった。
隊長格らしい人物が全員を見回した。
長い沈黙があった。
「撤退する…」
低い声で言うと、シャドウズが消えた。
静寂が落ちた。
全員が座り込んだ。
ルカが「防衛成功なのだ!」と言った。
声が少し震えていた。
「ル、ルカの力をもってすれば、と、と当然なのだ!」
声は震えていて、目は赤くなっていた。
「ルカさん、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫なのだ。目にゴミが入っただけなのだ」
「そうですか」
「そうなのだ!」
強がってはいるが震えていた。
無理もない。
本来こういう反応が普通だ。
見た目的にも。
ゼナが「死にやすかったよ~!!」と叫んだ。
「物理的にも精神的にも!!」
「お疲れ様でした」
「特別手当を要求する!!」
こういう時でも現金なのだった。
らしいといえばらしいけど。
ヴェインが「……よく守り切った」と言った。
「ヴェインさんのおかげですよ」
「みんなのおかげだ」
珍しく、そういう言い方をした。
「ここはもう使えないですね」と僕は研究所を見渡して言った。
「場所がバレた以上、ここには戻れない」
全員が次の潜伏先を考え始めた。
「アテがある人いる?」とゼナが言った。
返事はなかった。
そりゃすぐにそういう場所は思い浮かばないよな…。
その時、レインが立ち上がった。
「教会に戻ります」
全員が「え」と言った。
「議会が開かれています。逆に今がチャンスです。逃げ続けていると、私が不在の間に失脚させられることは目に見えている」
「だけど、危険です」
「議会中の教会で、大司祭を暗殺することは難しい。逆に、議会の外の方が危険です。先ほどそれがわかりました」
「策はあるんですか」
「あります」
レインが全員を見た。
「…ずっと言えなかったことを、言います」
ルカが「……行くのだ」と言った。
「ルカさん?」
「ルカの研究所を守ってくれた。だから、行ってこいなのだ」
「ありがとうございます」
「土下座は帰ってきてからでいいのだ」
「帰ってきたらします」
「本気にするなのだ!!」
するな、となのだ、がくっついて省略形になった。
レインは冗談の通じない真面目な人だ。
止めてもきっと無駄だろう。
このまま逃げてもジリ貧。
ならば、逆に向かっていったほうが希望が見えるかもしれない。
僕たちが護衛する形でレインを教会まで送ることにした。
教会の正門に着くと、 フレイヤが立っていた。
「来ると思っていましたわ」
「通してもらえますか」
フレイヤが少し間を置いた。
「わたくしは今日、騎士団長として正門に立っています」
全員が緊張した。
「ただし」
フレイヤが続けた。
「議会中は大司祭はいつでも教会に入れるという規則がありますの。それは騎士団長であっても覆せません」
「そうですか」
「どうぞ」
フレイヤが道を開けた。
全員が通った。
ゼナが「フレイヤさん、絶対いい人じゃん」と小声で言った。
「うるさいですわ」とフレイヤが言った。
でも口元が少し動いていた。
「……気をつけてくださいまし、ソータ」
小声だった。
「ありがとうございます」
議会が行われている大広間に入った。
広かった。
教会の大広間は、これまで見た遺跡とは違う重厚さがあった。
石造りの柱が並び、天井が高かった。
議会の出席者たちが、全員こちらを見た。
ソル・ギルバートが立ち上がった。
「レイン! なぜここに」
ムーンヴェイルが座ったまま、静かにレインを見ていた。
レインが前に出た。
「発言の機会をいただけますか」
慣例として、大司祭は議会で発言権を持つ。
止めることはできない。
ソルが「……手短に」と言って座った。
レインが話し始めた。
「古代システムの再起動が始まっています。各地の遺産が動き始めています。これは事実です」
広間が静まった。
「神秘を解き明かすことは禁忌である、と言う方がいます。そうかもしれません。でも、禁忌にしたまま放置することで、多くの人が犠牲になっています」
「昨日、百人以上の人間が一般人の居住区に近い場所で戦闘を行いました。なぜかわかりますか。古代システムについて知ろうとしている人間を、消そうとした人間がいるからです」
ソルが「それはお前が禁忌に触れようとしているからだ!」と叫んだ。
「そうです。わたしは禁忌に触れようとしています。なぜなら」
レインが全員を見た。
「神器を直してもらった村があります」
「天気予報によって、水害を免れた村があります」
「温泉の恵みがもたらされた町があります。古代の神器が使えるようになることで、生活が豊かになった人々がいます」
「その人たちの豊かさを、禁忌という名前で奪い続けることが、神の御心だとは思えません」
広間が完全に静まった。
「神秘を明らかにすることは危険です。わたしもそれは認めます。しかし、神秘を隠し続けることも危険です。古代システムが再起動している今、隠し続けることの方が、より大きな危険になるかもしれません」
「だからわたしは、神秘を明らかにすることを求めます。段階的に、慎重に。でも、確実に」
レインが頭を下げた。
「以上です」
沈黙が落ちた。
ソルは不機嫌そうに「禁忌に触れることを許可するつもりはないぞ」とレインに言った。
レインはソルに視線を向けて「合議にかけます」と返した。
「ソル大司祭は反対。わたしは賛成。ムーンヴェイル大司祭の判断を仰ぎます」
全員がムーンヴェイルを見た。
ムーンヴェイルが立ち上がった。
ゆっくりと、拍手をした。
一回、二回、三回。
「素晴らしい演説でした、レイン大司祭」
穏やかな笑みだった。
「わたしは賛同します」
ソルが「ムーンヴェイル! 貴様、中立派ではなかったのか」と叫んだ。
「中立派としての判断です。レイン大司祭の言葉に、合理性を感じました」
ムーンヴェイルがレインを見た。
「おめでとうございます、レイン大司祭。合議の結果は二対一です」
レインが「……ありがとうございます」と言った。
声が少し震えていた。
ムーンヴェイルがこちらに近づいてきた。
「よかったですね、ソータさん」
また名前を呼んだ。
「ありがとうございます」と返した。
表情を変えなかった。
ムーンヴェイルも表情を変えなかった。
穏やかで、柔らかくて、何も読めない笑顔のままだった。
「これからが本番ですよ」とムーンヴェイルが言った。
「…そうですね」
「お力になれることがあれば」
「その時はよろしくお願いします」
ムーンヴェイルが「ええ」と言って離れた。
ゼナが「なんで賛成したんだろ」と小声で言った。
「わかりません」
「死にやすいよ、あの人」
「…同感です」
直接の害意や殺意のようなものは感じない。
でも、ねっとりとまとわりつくような嫌悪感を感じる。
――ムーンヴェイル大司祭
何を考えているのか――
教会を出た後、全員で少し立ち止まった。
「勝ちましたね」とソフィアが言った。
「今日のところは」と僕は返した。
「うまくいきすぎて怖いけど」とゼナが言った。
「慎重にいきましょう。不安要素もありますし」
「不安要素?」
「…いえ、気の所為だといいんですが」
ひとまず、教会の合意は得た。これでロゴスの存在が明らかになっても問題視されることはなくなったはずだ。
これから少しずつ神秘を明らかにしていける環境になっていくだろう。
ヴェインが「……警戒は続けた方がいい」と言った。
「そうですね」
レインが「ありがとうございました」と言った。
全員に向かって。
「これからが本番ですよ」とレインが言った。
「なんとかします」
「なんとかなるか、ではなく?」
「なんとかします、です」
レインが小さく笑った。
王都の夕暮れが、教会の建物の向こうに広がっていた。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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