潜伏
翌朝、レインから連絡が来た。
「事態が大きく動いています。緊急で議会を開いて対応をしないといけません」
「ちょっと待ってください。今は危険です。命を狙われたんですよ?」
「しかし……このままでは事態は悪化していく一方です」
少し考えた。
「一旦、ルカさんの研究所に身を潜めましょう」
「……なるほど。あの場所なら、外部から見つかることはないでしょう。ただ」
「ただ」
「ルカが承諾してくれるかどうか」
「聞いてみます」
研究所に連絡を入れた。
ルカが出てきた。
「何の用なのだ」
「レインさんが身を隠す必要があって、研究所を使わせてもらえますか」
「レインが来るのだ?」
「お願いできますか」
ルカが少し間を置いた。
「……まあ、仕方ないのだ。ただし、条件があるのだ」
「なんですか」
「土下座しに来るのだ。レインが直接」
「……わかりました、伝えます」
レインに伝えると、「わかりました」と言って、その日の夕方に研究所に来た。
入口でルカが待っていた。
レインが迷わず床に膝をついた。
「よろしくお願いします」
ルカが固まった。
「ちょ、ちょっと待つのだ! 冗談なのだ! 本気にするななのだ!!」
レインが顔を上げた。
「冗談でしたか」
「冗談なのだ! 察してほしいのだ!!」
「失礼しました」
レインが立ち上がって、服の埃を払った。
何事もなかったような顔だった。
ルカが「…レインはたまに冗談が通じないのだ」と小声で言った。
「聞こえましたよ」とレインが言った。
「……わざと言ったのだ」
「そうですか」
ルカが「入るのだ、仕方ないのだ」と言って研究所の中に消えた。
「レインさん」
「なんですか」
「土下座しなくてよかったんですよ」
「せっかくなので一度やってみたかったんです」
「え」
「冗談ですよ」
「……レインさんも冗談を言うんですね」
「ふふ、たまには」
レインが研究所の中に入っていった。
研究所に全員が集まった。
ルカが「狭いけどここを使うといいのだ」と言いながら、部屋を一つ空けてくれた。
「ありがとうございます、ルカさん」
「礼はいいのだ。土下座でもいいのだ」
「遠慮します」
「……いつかするのだ」
「デュフフ」とソフィアが笑った。
「ソフィアは笑うな、なのだ」とルカが言った。
ゼナが「閉じ込められてる感じ、死にやすいね」と言った。
「物理的には安全ですよ」
「精神的にだよ!!」
ヴェインが研究所の内部を確認して回っていた。
「外に出なくていいんですか」とソータが聞いた。
「今は中でレイン様をを守るのが優先だ。外の状況はアリアから伝わる」
「そうですね」
しばらくして、ソフィアとルカが資料を広げて何かを話し始めた。
「緊急事態なのに研究していいんですか」とゼナが言った。
「研究は止まらないのだ」とルカが言った。
「緊急事態だからこそ急ぐのだ」
「そういうものですか」
「そういうものなのだ」
夕方、レインと僕が二人になる時間があった。
「少し聞いてもいいですか」とソータが言った。
「なんですか」
「今回、腑に落ちないことがあって」
レインが「同じことを考えていました」と言った。
「シャドウズが動いたタイミングですか」
「そうです。わたしが部屋を出てすぐに動いてきた。まるで、わたしの動きを把握していた人間が別にいたような」
「盗聴だけでは説明できない」
「ええ。もう少し内側に、情報源がいる気がします」
「ムーンヴェイル大司祭は」
レインが少し間を置いた。
「……今は判断できません。疑いたくはないですが、疑わずにいられない部分があります」
ソータも同じだった。
でも証拠はない。
夜、全員で食事をした。
ルカの研究所に食料を運び込んで用意したものだ。
「ご飯が美味しいのだ」とルカが言った。
ヴェインが「……同意する」と言った。
ゼナが「こんな状況でもご飯は美味しいね」と言った。
「そういうものですよ、デュフフ」とソフィアが言った。
レインが「……そうですね」と静かに笑った。
「レインさん、笑うんですね」とゼナが言った。
「笑いますよ」
「なんか意外」
「そうですか」
「普段が真面目すぎるから」
「ゼナさんに言われるとは思いませんでした」
「どういう意味ですか!?」
全員で少し笑った。
教会の大司祭が、ルカの研究所でご飯を食べている。
ルカが「お代わりするのだ」と皿を山盛りにしていた。
どこに入っていくんだその量。
ヴェインが「……美味しかった」と言い手を合わせた。
極端な顔見知りも以前ほどひどくはなく、見知った人間であれば素顔で食事くらいはできるようになっているようだ。
数ヶ月前には想像もできなかった光景だった。
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――ソル・ギルバートの執務室
そこで、大司祭ソル・ギルバートは待っていた
もう一人の大司祭レインに刺客を送り、その結果報告がそろそろ入る頃だ。
――禁忌に触れようとするものは、消さなければ。
その思考を遮るように、執務室に配下の者が入ってきた。
「報告いたします。レイン大司祭の行方がわかりません。教会の中にはいないようです」
白髪の老人が眉を顰めた。
皺の深い顔に、権力欲と知性が同居していた。
「シャドウズは」
「撤退しました。相手の中に、常軌を逸した戦闘力を持つ者がいたとの報告で」
「レリックの者か」
「はい。しかし騎士でも聖職者でもない。出自不明です」
ソルが指を机に叩いた。
「レインを捕捉することが先決だ。教会の外に出たとすれば、どこかに潜伏しているはずだ。心当たりを当たれ」
「はい」
配下が出ていった。
部屋が静かになった。
ソルが窓の外を見た。
王都の夜景が広がっていた。
「レイン……お前は間違っている。神秘を解き明かすことがどれほど危険か、お前はわかっていない」
一人呟いた。
その時、扉がノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは、ムーンヴェイルだった。
穏やかな笑みを浮かべていた。
「ソル大司祭、夜遅くに失礼します」
「中立派が何の用だ」
「お力になれることがあるかと思いまして」
ムーンヴェイルが部屋に入った。
扉が閉まった。
「実は、心当たりがあるんですよ。レインの潜伏先に」
ソルが目を細めた。
「なぜ君が知っている」
「わたしは中立派ですから。両方の動きを把握するのも仕事でして」
「……続けろ」
ムーンヴェイルが話し始めた。
その顔は変わらなかった。
穏やかで、柔らかくて、何も読めない笑顔のままだった。
ソルが「信用できるのか、その情報は」と言った。
「わたしを信用できないと」
「君の思想はどっちつかずだ」
「そうですね」
ムーンヴェイルがふっと笑った。
「ではこう言いましょう。わたしはレインが失脚することを望んでいない。それだけです」
「目的は」
「安定ですよ。教会が揺れることは、誰にとっても良くない」
「……わかった。情報を寄こせ」
ムーンヴェイルが紙を一枚、机の上に置いた。
「ただし」とムーンヴェイルが言った。
「命は取らないでください。それだけは譲れません」
「……約束しよう」
ムーンヴェイルが出ていった。
部屋が静かになった。
ソルが紙に視線を落とす。
「古代遺産調査組合の関連施設、郊外の遺跡転用建物……」
ソルが立ち上がった。
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――ルカの研究所
研究所での食事の後、僕は一人考えていた。
ムーンヴェイルへの違和感が消えなかった。
レインも腑に落ちないと言っていた。
でも確証がない。
頭の中で、もう一度あの場面を思い返した。
教会の正門前。
ムーンヴェイルが現れた。
「ご活躍を期待していますよ、ソータさん」
名前を呼んだ。
――違和感。
ソータさん、と呼んだ。
誰に名前を聞いたのか?
レインはムーンヴェイルに僕の名前を教えたのか。
翌朝、レインに確認した。
「ムーンヴェイル大司祭に、僕の名前を教えましたか」
レインが少し考えた。
「……教えていません」
「確かですか」
「確かです。ロゴスの協力者の個人情報は、誰にも明かしていません。ムーンヴェイル大司祭にも」
「ゼナさんやアリアさんが教えた可能性は」
「ないと思いますが」
全員に確認した。
ゼナが「教えてないよ。あの人に会ったのあの時が初めてだし」と言った。
アリアに連絡を入れた。「教えていません」と即答だった。
ヴェインが「……私も会ったことはない」と言った。
ソフィアが「わたしも、デュフフ」と言った。
誰も教えていなかった。
では、なぜムーンヴェイルは僕の名前を知っていたのか。
頭の中で、いくつかが繋がった。
ムーンヴェイルが名前を知っていた。
名前を知るためには、召喚の記録にアクセスできる必要がある。
召喚に関わった組織、あるいは古代システムにアクセスできる人物でなければ、僕の名前を知ることはできない。
ロゴスはそれを知っていた。
ソフィアの改造に割り込んで、召喚の対象を指定したのはロゴスだった。
でも、もし。
ロゴス以外にも、召喚の記録にアクセスできた人物がいたとしたら。
古代のシステムに別の経路でアクセスしていた人物がいたとしたら。
「ムーンヴェイル大司祭は」
僕は静かに言った。
「古代のシステムにアクセスできる」
はっきりと確信した。
――あの人は敵だ。
でも今は動けない。
証拠がない。
そしてあの人は、こちらの動きを把握している。
「なんとかします」
小さく言った。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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