暗闇の刺客
アリアから連絡が来たのは、朝だった。
いつものにこやかな顔ではなかった。
「レインさんのところに、早急に連絡が必要です」
声が低かった。
「何がありましたか」
「教会の内部で、ロゴスに関する書類が見つかった可能性があります。ソル大司祭の派閥が、レインさんの部屋から何かを見つけたという話が入ってきて」
「確認は取れていますか」
「完全な確認は取れていません。でも信頼できる情報筋からです」
「レインさんは今どこに」
「教会の中に、まだいるはずです」
「身の危険がありますか」
アリアが少し間を置いた。
「……あります」
全員が動き出した。
教会の正門に向かう途中だった。
人影があった。
若い男性だった。
二十代後半か三十代前半、穏やかな顔立ちで、物腰が柔らかかった。
教会の白い服を着ていたが、大司祭の位を示す金の刺繍が入っていた。
「あなたたちがレリックの方々ですね」
笑みを浮かべながら言った。
全員に緊張が走る。
「ご安心ください。わたしはムーンヴェイル・ヴァーミリオンと申します。中立派の立場の者です」
「ムーンヴェイル大司祭」
「ええ。レインの件については、わたしも把握しています。今はソル大司祭の派閥が動いている」
「あなたは何をするつもりですか」
「わたしにできることは少ないですが、表向きの動きは抑えられます。騎士団を正式に動かすには合議が必要です。わたしが反対すれば、正面からの動きは遅らせられる」
「ただし」とムーンヴェイルが続けた。
「非公式の動きは止められません。ソル大司祭は、非公式の手段も持っています」
穏やかな笑顔だ。
でも何を考えているのかが見えなかった。
「急いでください」
ムーンヴェイルが踵を返した。
去り際に、こちらを振り返った。
「ご活躍を期待していますよ、ソータさん」
――違和感。
何かが引っかかった。
でも、今はその違和感が何かを考える時間はなかった。
「行きましょう」と僕は教会へ向かった。
教会の中に向かう途中、フレイヤと鉢合わせた。
「わたくしに会いに来てくださった――というわけではなさそうですわね」
フレイヤが言った。警戒した目だった。
「レインさんを助けに来ました」
フレイヤが警戒を強める。
「それは教会への干渉ですわ。わたくしは止めなければなりません。例え貴方であっても」
「止めますか」
フレイヤが剣の柄に手をかけた。
その場に緊張が走る。
ヴェインが前に出ようとした。
だが、そのタイミングでフレイヤは手を離した。
「……」
しばらく、何も言わなかった。
「わたくしは、今日ここにいませんでしたわ」
「…ありがとうございます」
言葉の意味を悟った僕は礼を言った。
「ソータ」
「なんですか」
「あなたは世界を守りたいと言っていましたわね」
「言いました」
「レイン様が守ろうとしているものも、あなたが守りたいものも、同じかもしれませんわね」
フレイヤが背を向けた。
「また、お会いしましょう」
去っていった。
「……フレイヤさん、いい人じゃん」とゼナが言った。
ヴェインが「……ああ」と返した。
レインのいる区画に向かう。
廊下の角を曲がった瞬間、気配があった。
「止まって」
ゼナが低い声で言った。
全員が止まる。
「死にやすいセンサーが9を超えた」
「どこから」
「前と、右側と、後ろ」
三方向だった。
暗がりから、人影が現れた。
黒い服を着ていた。
教会の騎士とは全く違う動きをしていた。
動く時に、音がしないのだ。
総勢五人。
「シャドウズか」とヴェインが言った。
「知っているんですか」
「……噂では聞いたことがある。ソル大司祭直属の暗殺集団」
シャドウズが動いた。
ヴェインが前に出る。
最初の一撃を盾で受けた。
――速い。
そして、パワーもある。
騎士団員とは質が違った。
しかし、ヴェインはそれ以上だった。
ゼナが側面に回り、シャドウズの動きを読んで撹乱する。
察知と回避が得意なゼナが、相手の動きのパターンを崩していった。
ソフィアが後方から奇跡を使い始めた。
動きを鈍らせる奇跡、視界を遮る奇跡、回復の奇跡。
それらが支援として機能していた。
五人を相手に、三人は互角以上に戦えていた。
「なんとかなりそうだね」とゼナが言いながら一人を回避した。
「なりそうですね」と僕が後ろで見ながら言った。
「また見学ぅ?」
「まだいけそうなので」
しかしその時だった。
廊下の奥から、もう一人現れた。
動きが違った。
それまでの五人と、明らかに格が違う。
ゼナが「……やばい」と小声で漏らした。
「どのくらいですか」
「センサーが振り切れた」
黒い服の男だった。
背が高く、体格がいい。
顔の半分を布で覆っていて、手に細い剣を持っていた。
おそらくは、隊長格の人間。
「全員片付けろ」
低い声で言い、場が動いた。
空気が変わった。
五人が一斉に動き出す。
隊長格が前に出たことで、連携の質が上がった。
ヴェインが押され始めた。
一人相手なら問題なかった。
しかし隊長格と他の二人を同時に相手にすることになった。
途端に劣勢に追い込まれた。
ゼナが「死にやすい! 一気に死にやすくなったよ!」と叫んだ。
ソフィアの奇跡が追いつかなくなってきた。
こちらを妨害するシャドウズの動きが巧みなのだ。
ヴェインが隊長格の攻撃を盾で受けた。
弾かれた。
ヴェインの足が床を削った。
「……重い」
ヴェインが呻くように言った。
隊長格の連続攻撃は続く。
盾で、剣で、受け続けた。
その時だった。
隊長格が盾を横から弾いた。
盾が大きく動いた。
その瞬間、別のシャドウズが頭部に向かって剣を振った。
ヴェインが回避した。
しかし、兜に当たった。
留め具が外れ、兜が床に落ちた。
音が響いた。
ヴェインが固まった。
素顔が、露わになり、一瞬だけ動きが止まった。
隊長格はその隙を見逃さない。
一瞬でヴェインの間合いに踏み込んだ。
「ソータ!!」とゼナが叫んだ。
ソフィアが奇跡を向けようとした。
しかし別のシャドウズに阻まれた。
「間に合わない!」
ソフィアの声が聞こえた。
もう、出し惜しみをしてる場合ではなかった。
スーツを展開しながら、隊長格と素顔のヴェインの間に入った。
隊長格の剣を、両腕で受け止める。
僕と隊長格が向き合った。
隊長格が再び踏み込む。
剣が振り下ろされるが、 今度は剣ごと掴んだ
べきん、とそのまま剣を握り折った。
「バカな……!」
隊長格の顔色が変わった。
これまで感情を見せなかったが、初めて焦燥が滲んだ。
困惑している。
「全員かかれ!」
隊長格が低い声で言った。
残りのシャドウズ全員が向かってきた。
センサーが全員の位置を示した。
七人、全員の動きが把握できた。
対処する。
高速で移動しながら、一人ずつ制圧した。
倒すのではなく、無力化する。
関節を押さえる、壁に押しつける、意識を失わせる。
六人を制圧した。
残りは隊長格だけだった。
隊長格は動かなかった。
剣を構えたまま、こちらを見ていた。
しばらく、沈黙があった。
「化物め……今日は退く」
隊長格が言った。
感情のない声だった。
しかし合理的な判断だった。
隊長格が廊下の暗がりに消えた。
一瞬で、姿が見えなくなった。
静寂が落ちた。
ゼナが「……終わった?」と言った。
「終わりました」
「死にやすかったよ!!」
「そうでしたね」
「センサーが全部振り切れてたよ!!」
「お疲れ様でした」
ソフィアが「デュフフ……」と笑った。
今日のデュフフは、少し震えていた。
ヴェインが「……ソータ」と言った。
「なんですか」
「今日は」
少し間があった。
「…ありがと」
滅茶苦茶小声だった。
「こちらこそ、いつも助けてもらっていますから」
「それとこれとは別だ」
ヴェインが前を向いた。
「レインを見つけよう」
「そうですね」
レインは廊下の奥の部屋にいた。
一人で応戦していた形跡があった。
壁に奇跡を使用した跡が残っていた。
しかし、今は座って息を整えていた。
「来てくれたのですね」
疲れた顔だった。
「遅くなりました」
「いいえ。このとおり無事です。ですが、増援が来ていたら危なかったかもしれません」
「シャドウズを知っていますか」とソータが聞いた。
「知っています。ソル大司祭が長年維持してきた、非公式の暗殺集団です。表には出ない。記録にも残らない」
「追い払っておきました」
「まさか…あなた方だけで?彼らは異能集団と言ってもいい、暗殺のプロですよ」
やはり相当ヤバイ奴らだったようだ。
スーツがない時に襲われたら死にやすいな…心配事が増えた。
レインに経緯を聞く。
「証拠を掴まれましたか」
「文書が一部見られた可能性があります。ただ、全容は掴まれていないはずです。最悪の事態は避けられました」
「ムーンヴェイル大司祭が表向きの動きを抑えてくれました」
レインが少し複雑な顔をした。
「……そうですか」
「ムーンヴェイル大司祭は、レインさんにとってどういう存在なんですか。今回は助け舟を出してくれたようですが」
レインが少し間を置いた。
「……判断が難しい方です」
それ以上は言わなかった。
安全な場所に全員で移動した後、レインが言った。
「これからの活動を、一部縮小しなければなりません」
「急ぎすぎると危険だいう判断ですか?」と僕は聞いた。
「そうです。ただ」
「ただ?」
「古代システムの再起動は止まりません。残された時間がどのくらいあるかは、わからない」
「優先することは何ですか」
「神秘を明らかにすることです。それが変わらない目標です」
「わかりました、一緒に考えましょう」
レインが「ありがとうございます」と言った。
今日の感謝は、いつもより少し重みがあった気がした。
外に出た。
王都の空が夕暮れに染まっていた。
ゼナが「なんか急展開だね」と言った。
「そうですね」
「死にやすくなってきたよ」
「物理的にも」
「精神的にも!!」
ヴェインが「……準備はできている」と言った。
ソフィアが「デュフフ、これから忙しくなりそうですね」と言った。
「そうですね」と僕は返した。
頭の中に、ムーンヴェイルの笑顔が残っていた。
穏やかで、柔らかくて、何も読めない笑顔。
「ご活躍を期待していますよ、ソータさん」
あの言葉が、何を意味するのかまだわからなかった。
信頼するかどうかは、もう少し様子を見よう。
今日のところは、助けてくれたようだったけど。
――あのタイミングで偶然出くわし。
テンプル騎士団の動きを止め、シャドウズの情報をこちらに伝える――
出来すぎている。
拭いきれない不信感が頭に残っていたが、考えても仕方ない。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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